墓前
「ようやく、お姉ちゃんのお墓参りができるのですね」
御樹は小さく息を吐いた。姉の御琴が亡くなってからしばらくの間、高宮の敷地に入ることはもちろん、墓参りすら許されていなかった。
その手には献花用の花が握られている。
御琴に最後に会ったのは、いつだっただろうか。外見的には特に弱っているようには見えなかったが、常に堂々としていた雰囲気は消え去り、覇気がなくなっているように感じられた。
「ごめんね、御樹。私が死んだらあなたには大変な思いをさせることになると思う」
寝床で上半身だけを起こしている御琴は一瞬だけ目を伏せると、少し申し訳なさそうに言う。
「どういうことですか」
そんなことを言われるとは思わず、御樹は思わず聞き返していた。
「きっと、私が死んだらあなたは高宮の家に呼び戻される。あの家でのあなたの扱いを思うと、それはあなたにとっては良いことではないわ」
御琴はそこで、一旦言葉を切った。
「もう少し、生きられると思っていたのだけどね。せめて、あなたがあの家のしがらみから離れられるくらいまでは、生きたかった」
御琴の言葉からは、どこかやりきれないという思いが伝わってくる。
「……お姉ちゃん」
それを聞いて、御樹は言葉を詰まらせる。最後の最後まで、自分のことではなく御樹のことを思ってくれることが感じられたからだ。
「私もあなたも、あの家に生まれてしまったから、余計なしがらみに囚われてしまったわね。本当に、ままならないわ」
御琴は小さく首を振った。
「でも、こんなことを嘆いても始まらないわね。こんな状況でも、生きていくしかないもの。だから、あなたは自分らしく生きなさい。それが難しい、ってことはわかっているけど」
「はい」
御樹はぐっと唇を噛み締める。高宮の家に戻ったとしたら、自分らしく振る舞うなんてことはもちろん、家に雁字搦めにされてしまうだろう。
そんな状況で、自分らしく振る舞うことができるとは思えなかった。
「ちょっと話過ぎて、疲れたわね。休んでもいいかしら」
やはり、体が弱っているのだろう。御琴はゆっくりと横になった。
「わかりました。お姉ちゃん、どうかお大事に」
それが最後に交わした言葉になった。
高宮の家は地元の名家ということもあってか、墓もそれなりに威厳があるものだった。墓地の奥に墓があるのも、そのせいだろうか。
「あれ?」
御琴の墓前に来ると、先客がいたので御樹は小さく声を上げた。一族の人間かと思ったが、命日でもないのに墓参りする人間がいるとも思えない。
その後ろ姿からは男性、それも少年といっていいくらいの年であろうことくらいしか判断できなかった。
ただ、ブレザーを着ていたことから学生であることは予想できる。
御琴は自分があまり長く生きられないことを知っていたから、積極的に他人と関わろうとはしていなかった。
だから、御琴と年齢的にあまり変わらない人間が墓参りに訪れていることに、御樹は疑問を抱いていた。
「また、来るよ。いつになるかはわからないけど」
少年は一通りのことを終えたのか、そう言って墓石に背を向けた。
そこで、御樹と少年の目が合った。
見た目からして、御樹より少し年上だろうか。よく見ればこの地域の高校の制服だったから、高校生だということはわかる。
「……御琴?」
少年は御樹を見ると、まるで死人が蘇ったのを目の当たりにしたような顔になっていた。
「姉の、知り合いの方ですか」
少年が御琴の名前を口にしたので、御樹は御琴の知り合いなのだろうと推測していた。
「姉? 君は、御琴の妹……」
そこで、少年は御樹に対して疑念の視線を投げかける。
「御琴のお母さんは、御琴を産んでからそう経たないうちに亡くなった、って聞いているよ。それなのに、妹がいるなんて……ああ、必ずしも、それがないとは限らないか」
そう言いかけて、少年は何かに気付いたような表情になった。
「はい、わたしと姉は、母親が違います」
少年を肯定するように、御樹はそう言った。
「母親違いの妹、か。それにしては御琴によく似ているね。一瞬、御琴と見間違えてしまったよ」
「そう、ですか」
少年に言われて、御樹は複雑な気持ちになっていた。以前から御琴とよく似ている、それなのにどうしてお前は、と言われ続けていたことを思い出したからだ。
「何か、不快にさせるようなことを言っちゃったかな」
御樹の様子を見てか、少年がそう言ってきた。
「あ、いえ。そういうわけでは」
御樹は慌てて首を振った。
「そういえば、まだ名前を名乗ってなかったね。俺は宮瀬閑斗。この制服を見ればわかると思うけど、相南高校の生徒だよ。君はその制服から見て、啓志女学院の生徒かな」
閑斗はそう名乗った。
「わたしは、鈴川御樹です。あなたの言うように、啓志女学院に通っています」
「鈴川? 御琴の性は高宮だったよね」
御樹が名乗ると、閑斗は疑問の声を上げた。
「色々とあって、鈴川の家に養子に出されましたので」
「……そういうこと、か。どうりで、御琴と一緒にいても君の存在に気付かなかったわけだね」
閑斗は何かを察したのか、一瞬嫌悪するような表情を見せる。
「あの、姉とはどういった関係だったのですか。姉は、自分があまり長く生きられないことを知っていました。だから、あまり他の人と関わらないようにしていたはずです」
それを見て、御樹はそう聞いていた。
閑斗がある程度御琴のことや、高宮家の事情を知っていたことから、御琴と浅からぬ関係だったことが推測できたからだ。
「世間一般でいうなら、彼氏彼女の関係、といったところかな」
「おね……姉と、お付き合いしていたのですか」
御樹は人付き合いを極力避けていた御琴に、付き合っていた相手がいたということに驚かされていた。
「半ば、俺の方から押しかけたというか、ちょっと強引だったかな、って今でも思うけど。でも、御琴は仕方ないわね、って笑いながら受け入れてくれたよ」
閑斗は懐かしいような、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「そうだったのですか」
それを見て、御樹はどう言葉をかけていいのかわからなかった。ただ、御琴が全くの孤独ではなかった、ということがわかって良かったとも感じていた。
「御樹ちゃんも、御琴のお墓参りに来たのかな。なら、俺がいつまでも邪魔したらいけないね」
「待ってください」
そのまま立ち去ろうとする閑斗を、御樹は引き留めていた。
「あの、できれば、姉の話を聞かせてくれませんか。もちろん、あなたが迷惑でなければ、ですが」
閑斗が自分の知らない御琴のことを知っている、そう思うともっと話を聞きたいと思っていた。
「わかったよ。でも、まず御樹ちゃんもお墓参りを済ませたらどうかな。話をするのは、その後でも構わないよ」
「はい」
閑斗に促されて、御樹は御琴の墓前に花を添えた。そして、膝立ちになってそっと両手を合わせる。
お姉ちゃん、わたしにどこまでできるかわかりませんが、精一杯やってみます。どうか、見守っていてください。
心の中で御琴にそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。
「お待たせしました」
「もういいのかな」
「はい」
「こんな所で立ち話もなんだし、場所を変えようか。近くに公園があったかな」
「わかりました」
二人は近くの公園へ向けて歩き出した。
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