第28話 祈りよ届け。願いよ届け。世界を越えて
【第七災厄≪激動の怠惰≫】
それは大昔に現れた原初の『
もっとも危険が少なく、もっとも穏やかで、もっとも調査がしやすい。
そして――――もっとも一度の襲撃で人を殺した異界。
百年前の人類はここを有効活用しようとして失敗した。
そこは『
広さは最大規模であり、生息する星獣も通常種のみで討伐も可能範囲。アストラル・マテリアの産出も多く、当時から警戒されていた『王』や『女王』の存在も確認されなかった。
『アストラル・マテリア』の有用性に気づき始めた百年前の人類にとって調査・研究をするには適した異界だった――――その時までは。
のちに世界を脅かす『傲慢』や『憤怒』などの他の『カテゴリー5』が地獄のような環境で猛威と暴威を振るうなか。『怠惰』と呼ばれる前のこの異界はずっと沈黙を貫いていた。
そして、世界が災厄の脅威に対応するなか。
新しい災厄【第六災厄≪絢爛たる暴食≫】が現れたあとに原初のカテゴリー5は動いた。いままでの沈黙をなんだったのかというぐらい激しく。
のちに『怠惰』と呼ばれる場所で調査や研究、その護衛をしていた沢山の人間が全て呑まれた。そことは違う『夜の世界』へ。
被害は甚大で、世界中が『災厄』の対応で限界な状態のなか行われた凶行が決め手になり、滅亡まで追い込まれることになった。
その後、沈黙を破った原初のカテゴリー5は猛り狂ったように暴れ回る。
撃滅しても、殲滅しても、一週間すれば元に戻る。尽きぬ怪物の群れ。
災厄の中で最弱だが、討滅しても同胞を喰らいすぐに
『女王』が君臨するのは怪物たちの理想郷。果てなき夜天の世界。
許可なきものは入れない絶対守護の不可侵の領域。
星獣を生み出す元凶に誰も辿り着けず、
この出来事から、そこは数少ない史料にこう記されている。
最初に現れながら災厄が揃うまで動かなかったことから【怠惰】。
どの災厄よりも怪物の発生頻度が多く、激しく襲撃することから【激動】。
災厄を起こしたのは最後になったことから【第七災厄】。
【第七災厄≪激動の怠惰≫】と記されたいた。
ただ、【怠惰】については加えてこう語られている。
そこの怪物は嗜虐性が強く。愉悦を優先させて遊ぶことから怠け者なのだ、と。
絶対優位性をもつ『女王』の余裕が末端まで現れて相手を見下すのだ、と。
そんな末端に弄ばれながら空間系稀人のイッセイは異界を跳ぶ。
どうにか外からの救援を連れてくるために。
【理想郷】に囚われたマキナを助けるために。
だが――――
同じ空間系能力を持つ『女王』はそれを許すほど甘くはない。
▼
「クソがああああああああああッ!!!」
【理想郷】をひとり脱出してしまったイッセイは、無人で怪物の住処の異界を叫びながら転移していた。狙った場所とは別の場所に飛ばされながら。
(あの【理想郷】と違って『跳べる』のにッ!なんで見当違いの場所に跳ぶんだよ!?それに外と連絡もつかない!くそッ!!)
イッセイは知る由もないが、この『
ここはいま『女王』の『力』で外と空間の断絶をされており、通信も繋がらなくなっている。完全に袋のネズミ状態だ。
そして、やっている事はそれだけじゃない。
ネズミを追い立てる猟犬も放っていた。
突如、イッセイのそばに星獣が現れる。
「はぁ、はぁ。さっきからッ!
イッセイは狼型星獣の牙を狙いと違った場所に転移して躱す。
何度目かわからない虚空からの襲撃に吐き捨てるように言う。
度重なる殺意をぶつけられた少年は息を乱し、全身から汗をかき、精神的に疲弊し、疲労困憊という有様だった。
いずれ捕まる。その可能性が少年の脳裏によぎる。
少年に意識に以前までの
――――もういいから。外に逃げよう。『力』を全開にすれば、なにかの干渉を振り切れるはずだよ。
(うるさい…………)
――――あの【理想郷】に残ったAAAさまが心配?別にいいだろ。所詮は他人だよ。なによりも優秀な僕が生き残るのが優先さ。
(うるさい……ッ)
――――そうだ。外に助けを呼びに行くんだ!
(うるさいんだよッ!それをした結果なんて分かり切ってるだろうが!)
――――上にあの【理想郷】の脅威を伝えたら、そのまま
(ふざけるな!そんなことさせないようにこうやって跳び回ってるんだろうが!連絡が途絶えたことを不審に思った外がアクションを起こすのを待ってんだよ!)
――――数が少なくて優秀な
「うるせええええええええ!!!そんなわけあるかあああああああ!!!」
その考えにイッセイは我慢できずに沸騰し、絶叫した。
以前までの
いままで感じたことない自己嫌悪を感じていた。
(僕なんかがマサキより価値があるなんてあるもんか!アイツは――――)
思い浮かぶのは最初の出会いからいままで。
イッセイが見てきた稀人の中でマサキ・マキナは誰とも違っていた。
どれだけ強くてもを驕らず、侮らず、対等に相手を見る。公平さ。
どれだけ特異の能力を持っていても人を助けるために使える。高潔さ。
どれだけの危地でも諦めず、戦うことができる。凛々しい姿、勇ましさ。
いつからかおかしい事をおかしいと思わずに、周りに染まっていた自分なんかより生き残るべきだ、と今のイッセイは思っている。
(――――誰より生き残るべきやつなんだ!だから、誰でもいいから救援が来るまで時間を稼いで、さっきの【理想郷】にまた穴を開けるんだ!そしたら――――)
――――そんなこと考えてる場合じゃないと思うよ。
イッセイの頭部に衝撃が奔る。
「がッ!?」
いつのまにか後ろに現れていた大熊型の星獣の一撃が少年の頭部に振り下ろされていた。血しぶきが宙に舞う。
意識が飛びそうになり朦朧とする少年の目に二撃目を振りかぶった星獣が見えた。
「ぐっ……『跳べ』…………!」
倒れながら『力』を使い星獣を遠くに跳ばそうとした。
だが、頭部を損傷したせいで制御が効かない。
暴走した『力』が辺り一帯に働き、無差別にモノを跳ばす。
そのあおりをくらった大熊型星獣は体の半分を跳ばされ絶命した。
一歩間違えばイッセイがそうなるかもしれなかったが、運よく『力』の影響を避けることができた――――が、運はそこで尽きていた。
倒れた少年を囲むようにたくさんの星獣が現れた。逃亡を開始して一番の数だ。
身動きできない少年の恐怖心を煽るようにわざとゆっくり近づいてくる。
それを見ながら遠のく意識で少年は想う。マキナのことを。
(ごめん…………なんの役にも立てなくて……本当にゴメン…………ッ)
涙が浮かぶ。
【理想郷】に取り残されたマキナの結末を想像して。
「だれか……だれでもいいから……助けてください……マサキを助けて……」
涙がこぼれた。
傲慢に、自分の為だけに生きてきた少年は初めて誰かのために祈ることができた。生涯最期になる瞬間に誰かのことを想うことができた。
だが、その祈りは届くことはない。
ここは無人の異界。助けの声を聴くものはいない。
ここは怪物たちの楽園。命乞いを聞くものはいない。
この世界は悲劇の舞台。すべてを救う
そんな現実にとっくに気づいてる、とイッセイは諦観の表情を浮かべ。
ゆっくり目を閉じ――――ようとしたとき、聞こえた。
どこからともなく焦りを含んだ声が響く――――歌が響く。
――――故郷は遥か遠く。彼岸のかなた。
意識しなければ聞き取れないような途切れ途切れで聴こえる歌。
星獣たちはその歌に反応していない。聴こえているのはイッセイだけだ。
――――暁の戦士は征く。夜明け前に旅立とう。
それは澄んだ声の勇猛な歌。
頭を損傷したせいで一時的に『力』が暴走状態のイッセイはここではない別の空間の声を拾っていた。少年は震えながら声の聞こえるほうに手を伸ばす。
それは怪物たちには悪あがきに見えて、嗤う。
――――熱くなれ。
まるで勇気がでるような、安心感がでるような歌。
少年はもう少し頑張ってみようと思えた。
姿の見えない歌の主をに意識を向ける。祈りが届くように、願いが届くように。
「――――≪防人よ。
わずかだが空間に穴が開く。
少年は届くかわからない、か細い声で助けを求める。
「助けて……どうか…………マサキ・マキナを助けてくだ……さい…………」
薄れゆく意識でイッセイはたしかに聞いた。
「わかりましたッ」
短くとも頼もしい少女の声を。
使命と、決意と、そして――――憤怒を孕んだ声を。
空間を破砕する音が鳴り響き、怪物たちの断末魔が響く。
意識が落ちる少年が最後に見た光景は――――
(――――星幽界の王…………?)
果てしなく巨大な白亜の巨神と傍らに浮いた極光に輝く少女の姿だった。
―――――――――――――――――――――――――――――
『千丈の堤も蟻穴より崩れる』
反撃ターンです。
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