第27話 理想郷の怠惰なる住人



 前話に『星幽界の女王』の説明を前半に追加しました。

 ↓以下、本編です。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 現実離れした光景だった。

 イッセイはマキナに指示されたことを行いながら呆然とその光景を眺める。


 たった一人の女の子が全方向から大挙して押しよせる怪物の大波を押しとどめていた。彼女の『力』で五体の人形を操って。


 緋色のアストラル光を立ち昇らせた彼女を中心に『戦劇』が演じられていた。

 獅子奮迅の活躍で怪物たちを鎧袖一触に殲滅する緋色の糸が繋がった人形は――――いや、『英雄』たちの姿に少年は見覚えがあった。

 それは――――



「――――暁の英雄へ―ロス・オーロラ…………」



 【第七災厄≪激動の怠惰≫】の境界ボーダーを閉じるため異界に残り、侵攻を防いだとされる歴史上の偉人たち――――稀人で構成された特殊作戦隊『アカツキ』。

 その活躍を描いた【暁の英雄へ―ロス・オーロラ】という映像作品に出てくる俳優の顔に似ていた。その俳優が演じる英雄たちは――――


 爆炎を操る隊長、綺羅星キラボシ

 おそるべき怪力、磐座イワクラ

 自称剣神で達人、万天バンテン

 正確無比な砲兵、廿楽ツヅラ

 そして――――史料がほとんど残ってない、性別も名前もわからない人物。


 なんらかの『力』で部隊を支援していたとされる、【名無しナナシ】。


 五名の英雄たちが映像作品と同じ『力』を振るい、怪物の猛威を退けていた。


 これがマサキ・マキナの稀人としての特殊技能――――【物語の再現】。

 彼女だけに許された『独自能力オンリーワン』だ。



「これがAAAランク……これが人類最高戦力…………」



 イッセイはいままで安全な場所で仕事をすることが多く、AAAランクに接する機会がなかった。会うとしてもAAランクまで。その実力を見て大したことないと感じていた。


 それを基準に考えていたからひとつしか変わらない最高ランクのマキナをを出会い頭に侮っていた。いまでは「アレに喧嘩を売るなんてバカすぎる」と考えている。


 少年は伝説に語られる英雄たちの活躍に、マキナの横顔に目を奪われていた。


 人の身を得た人形たちが怪物たちを爆破し、押し潰し、切り裂き、吹っ飛ばし、傷ついた味方を癒し、怪物たちを蹂躙していく。

 それを操るのはまだ幼さが残る女の子で、戦う彼女はとても凛々しく見えた。


 まるで『劇』を見にきた観客のように少年は魅入られる――――が、マキナの声で現実に戻される。



「イッセイくんッ!!!脱出に集中ッ!!!」


「ッ!?ごめん!!!」



 見惚れてる場合じゃないと、イッセイは自分の役目に戻る。



(AAAランクさまが――が頑張ってんのになにやってんだ僕は!)



 山吹色のアストラル光を立ち昇らせながら、少年は必死に空間の綻びを探す。



(入ってきたばかりなんだ、どこかに――――あった!)



 空間系稀人特有の感覚が真新しい空間の裂け目をみつけた。



(この空間の主のせいか『力』が使いにくい――――ならッ!!!)



 身体の奥に秘めた『星光』を全開にする。見えない干渉の力に抗うように。

 そして――――開く。人ひとりが入れる小さな穴が。


「マサキッ!!!開いたぞ!!!だけど、長くは持たないからな!!!」


「ナイス!さっさと逃げよう!イッセイくん、先に入って!すぐ追うから!!!」


「ああ、わかっ――――ッ!?」



 イッセイは脱出口に入った瞬間に見た。

 マキナとイッセイを隔てる巨壁が地面から現れたのを。

 まるで見計らったようなタイミングで生えたソレを。

 そして、聞いた――――地面から響く嘲笑うような鳴き声を。


 ひとり脱出したイッセイはすぐに戻ろうとした。

 しかし――――



「なッ!?!?」



 目の前で弾けるように空間の穴は消えた。想定外の事態に呆然とする。

 なにもなくなった空間を見つめて、ふと頭にこの状況に合う言葉が思い浮かぶ。



「分……断…………?」



 ありえない、と少年は思った。

 『星幽界の女王』にそんな知恵があるとは聞いたことがなかった。

 悪意を以って策を練るなんて知らない。そう顔に出ていた。


 そもそも分断するならなぜ最初からやらなかった?そんな考えが思い浮かぶが、少年にはその前にすべきことがあった。



(そんなことより!マサキのとこに戻らないと!!)



 再度、穴を開けようと試みた瞬間。気づく。

 稀人の優れた五感が周囲に潜む数えきれないほどの怪物の気配に。

 嘲りを感じる気配に。嬲ろうとする気配に。

 分断した意図に。

 それは――――



「まさか…………遊んでるのか?」



 正解。というように怪物たちは動き出した。



「くそッ!」



 荒事に慣れていない少年は『力』を使って必死に逃げる。

 マキナのことを救出する余裕はもうなかった。


 異界を舞台にした狩りが始まる。



 ▼



 【理想郷】に残されたマキナはそびえ立つ巨壁を睨み。溜息を吐く。

 それ見た怪物たちは距離を取り、再び彼女を嘲る目で見る。



「ほんとに性格が悪いね。ここの主は」



 マキナは薄々感づいていた。

 相手の動きに遊びが含まれているのを。


 なぜなら、怪物たちの態度もそうだが、最初に現れた巨大な生物が出てきたのは一度だけでそれ以降出ていない。やろうと思えばいつでも戦闘に介入できたのに、だ。


 そのことから彼女は納得する。ここの名前の由来に。



「なるほど『怠惰』ね。こっちを押しつぶせるだけの物量がありながらそれをしない。『激動』は星獣を生み出す周期の早さかな?なるほど、なるほど~――――」



 【理想郷】の怠惰な住人に向けてマキナは言い放つ。



「――――上等だよ。精々、バカにすればいい。人の恐ろしさをその身に教えてあげるから」



 英雄を宿した人形を伴いマキナは征く。

 外に出たイッセイが助けを呼ぶことを期待して。


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