第24話 生意気なガキを『わからせる』大事なお仕事



 マキナは【最大脅威異界カテゴリー5】突入の装備を整え。

 協会が彼女のために急遽準備した五体の『パペット』を連れて、脱出時よりだいぶ縮小された境界ボーダーを見上げ、ひとりごちる。


「この大きさなら半日で閉じれるかな…………」


「ハッ!厄介ごとを起こした『戦劇無双』さまは物知らずだな。半日どころかその半分以下の時間で閉じれんだよ」


 先ほどまで誰もいなかった空間から嘲るような声が聞こえる。

 マキナがチラ見するとそこには生意気そうな少年が空間の裂け目から現れる所だった。



「きみが同行するAランクの『空間系稀人』?たしか高森タカモリくんだっけ?若すぎない?」


「歳はアンタも同じだろうが。僕が選ばれたのは一番優秀だからだ。っていうーか、反論はねえのかよ?ああ、事実だからなにも言えねーよな。あーあ、ほんと余計な仕事ふやさないで欲しいよ」



 なにも言い返さない彼女に気をよくしたのかタカモリと呼ばれた少年はどんどん勢いづき、聞かれてもないことをどんどん喋っていく。



「僕たち貴重な『空間系』はほんとに忙しいんだ。要人を遠距離に運んだり、重い物の運搬で毎日大忙し。それに重要な境界ボーダーの閉鎖作業をできるのは空間を操れる僕たちだけ!AAAランクなんかよりもずっと重要な存在なんだ!雑事に煩わらせないでほしいね!」



 少年に同意を示すように、境界ボーダーの周囲で作業を進める同系統の能力を持つ稀人たちが頷く。その目には自分たちを以外を見下す目があった。

 そんな態度をいままで幾度も見てきたマキナは内心で呆れる。


(ほんと空間系の人たちって他人を見下すの好きだよねー)


 一般的に稀人はその『力』から驕り高ぶる者が多いと言われている。

 個人の資質に依存して多種多様な『力』を持ち、そのほとんどが強靭な身体を持つからだ。


 そんな傲慢な者が多い中でもさらに厄介な存在が『空間系』。


 大雑把にカテゴライズされた『戦闘系』・『医療系』・『精神系』・『支援系』……など多くの系統がある中で『空間系』のみが『星幽アストラル界』に干渉が可能なのが理由にある。


 自分たちにしかできないことに自信を持ち、それができない他を見下す。

 希少度が高いのがその考えを増長させており、選民意識が強い一団になっていた。

 だが――――



「だから、いなくなったザコどもなんか放っとけばいいんだよ!死んでようが生きてようが知ったことじゃない!この僕が危険な場所に――――「ねえ、キミ」



 危険な場所に行くことが少ないせいで『危機意識』がなかった。

 自分が猛獣の前で踊っている自覚がなかった。

 いまのマキナの前で命を軽く扱う発言は禁句だった。



 後悔は――――遅かった。少年の視界からマキナが消える。



「え?――――がッ!?」


「ちょっと、お話ししようか」



 なにが起きたのか分からないまま、タカモリは地面に引き倒されていた。

 目にも留まらない速さでマキナが首根っこを掴んで倒したのだ。

 暴力に耐性のない少年は目を白黒させる。


「!?!?!?」


「きみがになったのは、周りの環境が染まっただけなのかもしれない。きみは環境の被害者かもしれない」


「な、なにを……というか、放せ……ッ」


「だけどね。これだけは覚えておいて」


 タカモリは体を押さえる手を剝がそうと暴れる――――が微動だにしない。

 そんな抵抗をする少年を無視してマキナは諭すように語りかける。



「いなくなっていいなんて軽々しく言わないで。帰りを待つ人もいるんだよ」



 大事な人がいなくなって悲しむ人もいる、と少年に伝える。



「生きてようが死んでようが関係ない?それがわからずに苦しむ人もいるんだ」



 生死不明が一番きつい、と何年も中途半端に希望を持たされた者は語る。



「なにより――――助かる人がいるかもしれないんだッ!!!うだうだ言わずにさっさと支度をしなよッ!!!」



 緋色のアストラル光がもれ髪が輝く。

 伝わる『心の光』の感情は『怒り』――――そして、『悲しみ』。

 マキナは過去を思い出し感情を押さえられなかった。


 真正面から怒られたことのないタカモリはまごつきながらも反抗心を見せる。

 少年は素直に謝ることを知らなかった。



「お、おまえが……!境界崩壊おこしたきっかけ作ったんだろ!なにを偉そうに語ってんだ!」


「そうだね。だから、責任を取るためにわたしは依頼を受けたの。でもね?」



 苦し紛れでマキナを責めるが、それは悪手だった。

 それは自分にも返ってくる言葉だからだ。


「この境界崩壊はとっくに閉じてるはずなんだ。空間系稀人きみたちはなにやってたの?」


「そ、それは……」


「きみ最初に言ったよね?わたしの予測よりも早く閉じれるって。じゃあ、なんで今の今までこの境界は開いてるの?」


「――――協会や軍のやつらが閉めるなって……言ったから…………」


「そうだね。そいつらも悪いね。じゃあ、その時に反対した人はこの中にいる?」


「……………………」


 タカモリも、その場で閉鎖作業をする他の空間系稀人たちも気まずそうに黙る。

 それが答えだった。


「いい加減気づきなよ。行方不明者が出たのはきみたちにも関係あるんだと。きみたちが閉鎖を訴えれば上も意思を――――」



「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!うるさーーい!!!」



 癇癪かんしゃくをおこしたように叫んだタカモリは『力』を使い、離れた廃墟の上に空間移動した。いままで掴んでいたマキナの手が空を切り、地面に当たる。




「な、なんで僕が責められなくちゃいけないんだよ!!!全部、上のやつらとザコなAAAランクがわ、悪いんじゃないかッ!!!僕は従っただけだッ!!!」



 高い場所から自分が悪くないと吠える少年にマキナはため息をしながら、さっき会ったばかりの支部長の男に連絡する。連絡用マテリアに男の顔が映る。



『――――マサキ・マキナ様?出ていかれたばかりですが何か問題が?』


「ちょっと聞きたいんだけど、指さす場所にある廃墟って必要?」


『…………いいえ。利用はしてないのでなくても問題ない建物ですが――――なにをやるんですか?』


「ん。教育」



 連絡を切ったマキナは一跳びで廃墟の下に着地して、左右の五指を開いて構える。


「?なにをやる気だ?」


 追ってきたらすぐ逃げる準備をしていたタカモリは地上にいるマキナの行動が気になってのぞき込む――――逃げるならこの瞬間しかなかった。


 少年は見た。

 マキナの体から膨大過ぎる緋色のアストラル光が立ち昇ったのを。



「ちょっとお騒がせしますよ!」



 軽く周囲に警告。

 左右の五指から『力』で練った結晶の糸を一気に伸ばし、左右に振り抜いた。


 一瞬の静寂。


 周囲はマキナが建物を切り裂いたことに気づく。

 廃墟にいくつもの線が入り、ゆっくりズレて――――崩れた。



「は?はあぁ!?はあああああああああ!?!?!?」



『力』で空間移動する余裕もなく、タカモリは空中に投げ出される。

 咄嗟な判断も、冷静な思考も出来ない少年は空中でもがいて――――



「はい。捕まえた」



 マキナに空中で横抱きでキャッチされた。俗にいうお姫様抱っこで。

 危機的状況からの救出に少年の胸が高鳴る。俗にいう吊り橋効果だ。


 呆ける少年にマキナは自由落下しながら尋ねる。



「そういえば、きみの名前ってなんだっけ?」


「え?一生イッセイ……高森一生タカモリ・イッセイ…………です」


「そっか。ねえ、一生イッセイくん。これでもまだ思う?」


「へ?え、と……なにが?」



 質問の意図が分からないイッセイの聞き返しにマキナは言い換える。



「これでもAAAランクがザコだと思う?」



 自信に満ちた彼女は凛々しく見え。

 傲慢な少年はこの日、『わからされた』。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 暗い雰囲気の話が続いたのでちょっと軽めの話を挟みます。






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