第23話 過去の過ち。同じ轍を踏む。



「――――行方が分からなくなったのは、AAAランクの『百々目闘鬼どどめとうき来道幸路ライドウ・ユキミチ、『夜叉:暗夜業やしゃ・あんやぎょう夜須群黒子ヤスムラ・クロコ、『四界走破しかいそうは因幡博都イナバ・ハクト三名と、AAからBランクまでの精鋭パーティ九名。他にも低ランクの協会員が多数です」



 ただならぬ事態が起きた事を察したマキナは【緊急依頼】を受け。

 放棄した都市の境界ボーダーの周囲にある。軍によって設営された仮設基地内で説明をで受けていた。



「失踪した場所は【最大脅威異界カテゴリー5】――――別名を【第七災厄≪激動の怠惰≫】。彼らが調査していた場所はすべて境界ボーダー直下の仮設本部から離れた場所ですぐに戻れない位置にいました。私たち協会は、そこになにかが潜んでいると推測しています」



 高ランク稀人の相次ぐ失踪という異常事態に、カテゴリー5内で調査をしていたすべての人員は撤収して監視用ドローンのみ残している。


 監視ドローンが映すカテゴリー5内は静寂に包まれており、高ランク稀人の失踪者がでた場所とは思えなかった――――そう思えてしまうのが、その場所の恐ろしさを引き立てていた。



「私たちがそれに気づいたのは彼らからの定期連絡が途絶したからです。不審に思い、ドローンで様子を見にいかせたらそこに誰もいませんでした。彼らは誰もが連絡をする暇もなく消息を絶ったのです」



 説明しているのは協会内でも地位が高い支部長の男性で、淡々と話しているように見えるが、自分でも説明内容が信じられないのか顔に出ている。


 高ランクの稀人がなにも出来ずにやれれるなんてありえない、と。



「この場合に考えられる状況はふたつ。正体不明の攻撃でなにも出来ずにやられてしまったか、もしくは――――」


「空間系の能力で囚われてるか、だよね?」



 ここまで口を閉じて説明を聞いていたマキナが口を開いた。

 その顔にはここに来てからずっと苛立ちが浮かんでいる。

 支部長の男性もマキナがなぜ苛立っているか分かっているから、その話題に触れずに話を進めていく。



「は、はい。なのでマサキ・マキナ様には、高ランクの空間系稀人を彼らが失踪した地点まで連れていき異空間に囚われているなら救出を、そうでないなら生死の確認をしていただきたく思っております」


「ねえ?」


「な、なにかご質問が?」


「なんでこんなことになるまで?」


「ッ!?そ、それは…………ッ」


「言いにくいなら言ってあげるよ?あの異界にある資源――――高純度の『無機アストラル・マテリア』が惜しくなったんでしょ?」



『無機アストラル・マテリア』。

 それは生物由来の『有機アストラル・マテリア』と対になる物質だ。


 保有エネルギーを消費しても時間が経てば回復する再利用可能な『有機アストラル・マテリア』とちがい、『無機アストラル・マテリア』は使いきりだがそれでも需要が高い。万能エネルギーに万能素材など、使用用途は無数にある。


 人類が滅亡寸前から復興できたのはコレによるものが大きい。

 いまの世界に必要不可欠な物で、それが生み出す富は莫大だ。


 高純度のものならなおさらで、それがゴロゴロ転がるカテゴリー5内はこともあって、宝の山に見えた――――見えてしまった。

 百年前の人類と同じ道を辿っていることも知らずに。


 マキナは欲に目が眩んだ者を咎めるように追及を続ける。



「予想じゃあ三日前には境界ボーダーは閉じてるはずなんだ。?わたしが関係した事故で境界崩壊が起こって、その中の脅威がどんなものか伝えてたよね?」


「は、い。そのように聞いております…………」



 マキナが不機嫌な理由はここにある。

 彼女はカテゴリー5が解放されたのは自分のせいでだと白状していた。

 アスラを探す際に立ち寄った放棄都市で高純度の『無機アストラル・マテリア』に喜ぶ協会職員を見て危機感を覚えたからだ。



 資源欲しさに境界ボーダーの閉鎖を遅らせるかもしれない、と。



 自分が情報を伝えなくても通常通りに対応すればなにも問題ないと思っていた。

 あれだけの『星獣』を討伐した後だから脅威度は低くなっていると思っていた。

 手だけ見えた『王』が現れても高ランクが揃えば討伐も可能だと思っていた。

 空間系の能力者総出ならすぐに境界もすぐ閉鎖できるだろうと思っていた。



 だが、現場の緩んだ雰囲気を感じ取って考えは変わる。



 だから、その場で指揮していた人物に境界崩壊が起こった経緯とそのなかで遭遇した脅威をアスラのことも含めて説明した。なんらかの処分覚悟で。


 その後、彼女はいままでの功績を鑑みて、困難な依頼の処理など軽い処分をで済まされたが放棄した都市からは離されてしまった。


 いま思うと、カテゴリー5から得られる利益を渡したくないが為に離されたのだと彼女は理解している。



「わたしの説明じゃあ脅威が伝わらなかった?それともAAAランクが勢ぞろいすれば脅威なんか怖くないって思ったの?なんでッ――――犠牲がでる前にやめなかったのッ!!!」



 涙声のマキナの怒声が空気を震わす。

 無用な犠牲を出さないために報告したのだ。

 そのために処分も粛々と受けたのだ。

 それも全部が無駄に終わってしまったが。



「本当に申し訳ございません…………」


「……こっちこそ、ごめん。あなたに当たっても仕方ないのに…………」



 マキナは理解していた。

 目の前にいる支部長の男がマトモな部類であると。

 利益に目が眩んだやつらの同類ではないと。

 怒らせると分かり切った内容を伝えるために貧乏くじを引かされた者だと。


 彼は彼女がここに来た時からずっと真摯に対応していた。

 それがわかっていても彼女は止められなかった。


 いまのマキナの心に余裕がなかった。


 いなくなった『アスラ』の存在が思ったより大きかったのだ。

 亡くなった妹に似た少女の楽しそうな顔が思い浮かぶたびに心が軋む。



「…………本当にごめんね。依頼はちゃんと受けるから」


「ありがとうございます――――どうか無事で帰ってきてください」



 踵を返して境界に向かうマキナを支部長は姿が見えなくなるまで見送った。



 彼女が向かう先は脱出時とは状況が変わった魔境。

 見えない敵が獲物を狙う脅威と暴威が潜む伏魔殿。

 餌がくるのを今か、今かと待ち望む無慈悲な狩場。

 世界に滅亡をもたらす災厄の女王が君臨する世界。

 そして――――



 英雄が囚われた希望が眠る地。



 探し人との再会の時は近い。



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