第22話 足りない、足りない。もっと……もっとだ


 マキナに【緊急依頼】のメッセージがくる少し前。

 静寂に包まれた『最大脅威異界カテゴリー5』内。


 索敵に長けたAAAランク。

百々目闘鬼どどめとうき来道幸路ライドウ・ユキミチは少数精鋭を率いて境界ボーダーから離れた場所を探索していた。

 そして――――イラついていた。



「チッ。なんでを前にして、この僕が端を探さなきゃいけないんだよ…………」



 ユキミチは、高い建造物の上から『力』で作り上げた紫結晶の『目』を大量に飛ばしていた。

 視界とリンクしたそれを自由自在に動かし、くまなく、見落としがなく、少しでも情報を得ようと広範囲に広げながら――――不満を隠さない顔でボヤく。



『そうですね、ライドウさん。ほんとツイてねぇっス。境界ボーダー直下にある仮設本部のやつらはカテゴリー5に生える高純度『無機アストラル・マテリア』を掘りまくってるんすよね?不公平だなぁ…………』


『あとで追加報酬をくれるって話ですけど、絶対あっちのほうが稼げますもんね』


『わざわざ馬鹿でかい工業用昇降機つかって連日、外に運び出してんだよな。あいつら目的忘れてんじゃね?』



 ユキミチの近くに浮かぶ通信マテリアからも文句の声が聞こえたきた。 

 それもそのはず。なぜなら、配置場所の不満もそうだが一番の気に入らないことは、


 探索して一週間。なにも成果が得られていない。

『王』や『女王』どころか星獣の一匹たりとも見つけることが叶わなかった。



「協会の無能共がッ。無駄足踏ませやがって……ッ。少しは情報を集めてからAAAランクぼくたちを動かせというんだッ」



 当初、ライドウは伝説に謡われる災厄の地『最大脅威異界カテゴリー5』で境界崩壊が起きたと聞き、自分の生活を守る為に事態の終息に動いた。


 だが、結果は現状の通り。なにもない。

 通信マテリアで探索に関係ないおしゃべりできるくらい暇であった。


 そんな中、情報という言葉に通信先の相手がなにかを思い出したように声をあげる。



『情報と言えばなんだが、このカテゴリー5ってなんて呼ばれてた知ってるか?』


『知らねっス。…………いや、なんか聞いたような?』


『なんか情報共有で流れてきたかもです。たしか――――?』



「――――【第七災厄≪激動の怠惰≫】だよ。大罪の名前が付いた大仰なやつ」



 ユキミチの答えに、それだ!という声を出す。



『そういえば聞いたかもっス。え?というか『怠惰』?もしかして敵さんが見つかんないのってどこかでサボってるからっス?それって無害なんじゃあ?』


『はぁ~……そんなわけないでしょう。『人類史の悪夢』と呼ばれている場所ですよ?なんらかの脅威が潜んでるはずです。それに【激動】がどういう意味なのかもわかりませんし』


「災厄を乗り切っても人類は滅亡寸前まで追い込まれたからね。データとか人とか失うものが多すぎてマトモに詳しい情報が残ってないらしい。――――そこから予想して、大昔の人類をそこまで追い込んだ脅威がここにいるってのが協会の話だ」



 だけどね。と、ユキミチは続ける。



現代いまは、昔とはちがう。僕たち『稀人マレビト』の数も質も段違いだ。昔の人は封じることしかできなかったけど、進化した僕らはちがう結果を得られるんじゃないか?僕らなら――――伝説の【七つの災厄】を崩壊させることだって可能かもしれない」


『おおー!そうしたらオレたち歴史の教科書に名前が載るっすか!?』



 不敵に笑うユキミチ。それは自分の力を信じて疑わない傲慢で典型的な稀人の姿がそこにあった。

 通信相手のもその結果に可能性を感じているのか、嬉しそうな声をした。



「歴史に名が残るか…………いいね。残してやろうじゃないか!この僕の名を!それだけの価値がぼくにはある!ロートルの【不落世界】も、脳筋の【絶禍絶拳】も、それに変わり者の【戦劇無双】なんかよりずっとね!」



 ヒートアップして語る姿はどこか劣等感を感じさせる。



「無能ばかりがもてはやされるのは間違ってる!なあ!君たちもそう思うよな!」



 通信先の相手に同意を求める。

 彼我の力関係を考えれば肯定の返事しかできない――――が、反応なし。



「おい?無視するなんていい度胸して――――ッ!?」



 『目』を通して精鋭たちが待機していた場所を見た。



 そこには誰もいない



 そこにたしかにいたはずなのに。

 さっきまで普通に話していたはずなのに。

 会話中でも警戒は怠っていなかったのに。

 広範囲の索敵領域に侵入者はいなかったのに。



 精鋭たちはなにかを残すことなく姿を消していた。



 音もなく。

 怪しい影もなく。

 声をあげる暇もなく。



 初めから存在しなかったように。



「フッ!」



 ユキミチは即座に戦闘態勢を取る。

 滅紫のアストラル光も全開にした。

 彼は傲慢な性格をしていても歴戦の稀人だ。

 呆けたりはしない。


 遠く離れた仮設本部に緊急連絡も忘れなかった。

 だが――――



 通じない。



 さっきまで通じていたはずなのに全く反応がない。



(くそッ!なにが起きてるッ!?)



 内心で毒づくユキミチは、不可解な状況に冷や汗が止まらない。

『目』で全周警戒をしてるはずなのに、見えない何かが近づく気配がする。

 ギチギチという音も聞こえ始め、どんどん近づいてくる。

 その音は聞くものが聞けばこう答えるはずだ。



 馬鹿にする笑い声が聞こえる、と。



 得体にしれない恐怖に耐えきれなくなったユキミチはその場から逃げた。

 建造物から飛び降り、都市に二十人しかいない強靭な稀人の足で駆けて。

 ひたすら駆けて、走って、逃げて、逃げて、逃げて。

 離れない気配の恐怖に屈して、叫んで、助けを求めて、絶叫して。

 そして――――




 異界から、世界から――――この世から姿を消した。




 AAAランク『百々目闘鬼どどめとうき来道幸路ライドウ・ユキミチは歴史に名を刻むことはなかった。



 ▼



 どこでもあり、どこでもない場所で『最大脅威異界カテゴリー5の女王』――――


【ウル=アルケディア】は待望の時が間近に迫り、歓喜に震える。

 今度こそに邪魔をされず『新たな王』が再誕する、と。


 その周りには食事に必要のないもの。

 血痕のついた稀人の戦闘服がいくつも散乱していた。



『もう少シ、あとモウ少しデ生まレル』



 待ち焦がれた時。

 この『王』が誕生すれば百年前に果たせなかった大願が――――



 ――――お前の企みは必ず潰します。



『ッ!?!?!?』



 思い出すのは、かつて小さな暴力の化身から言われた言葉。

 この場所から出れなくなった恐怖の言葉。



 ――――どれだけ隠れようとも。どれだけ策謀を巡らそうと、どれだけの時が経とうとも、アスラは諦めません。


 ――――サッサと、諦めタホウが楽になるぜババア。



『シュラめッ!シュラめッ!シュラどもメッ!!!』



 汚泥のような煮詰まった憎悪の声が辺りに響く。




 ――――絶対にお前を




『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアァッ!!!』



 その時に受けた恐怖を打ち消すように咆哮する。



 このままじゃ足りない。あの修羅を圧倒するには全く足りない、と。

【ウル=アルケディア】はさらに求める。

『新しい王』を高めるエサを。



『マダ足りないッ!モット栄養価の高いエサがイルッ!!』



【ウル=アルケディア】の見つめる先にはヒトの形をした『アストラル光』。

 その身に宿した稀人の『灯火』に狙いをつけていた。

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