第21話 消えた英雄。忍び寄る悪意
『イクサバ・アスラは最初から決めていました。この世界に帰還したと気づいた、その時から――――元の場所に戻ると。確実に外から【境界】を封鎖させると』
『誰よりもその場所に潜む存在の脅威を知っていたから』
『誰よりもその存在に手を出せないことを知っていたから』
『そして――――』
『誰よりも気高く、誇り高く、優しすぎたから…………』
『自分が異界に残り、その脅威の【真の恐ろしさ】から人の世を護る――――そう、最初から決めてたのです』
『それが幾百、幾万、幾億――――永劫に続くであろう年月を異界で戦い続けると理解していても』
『化物になった自分の役目だと。人の世にいるべきじゃないと。そう思っていたのです――――人の気も知らず、バカだよね』
『――――と、ゴメン。えーと、話を戻すね』
『アスラはその異界を確実に封鎖させる為。異界に舞い戻り、そこに潜む脅威の手駒を炙り出そうとしました。いつも通りに』
『しかし、潜む存在――――大罪の名を冠する【七つの災厄】のひとつ』
『【激動の怠惰】に君臨する星獣たちの母。【『女王』ウル=アルケディア】は狡猾でした』
『アスラとの百年の闘争において一度も使わなかった切り札を切ったのです』
『それをいままで使わなかったのは時間稼ぎにしかならないから』
『それをいまさら使うと決めたのは時間稼ぎ出来れば十分だから』
『策に嵌り、アスラは現世からも異界からも姿を消してしまいます』
『その日、異界にいた者は聞きました。異界に響き渡る歓喜の嗤い声を』
『ここからが始まりです。悲劇の幕開け――――百年前におきた悪夢の再来が』
『悲劇を止める英雄は一体どこに――――?』
▼
――――どこ?
「どうした、団長どの?――――え?白いガキがいない?見てねえぞ。新人は?」
「ん~?見てないっすよ。この屋敷広いから迷子になってるとか?」
――――どこだろ?
「ああ、マサキさん泊めてくれてありがとう――――アスラ?俺を助けてくれた子だよな。見てないぞ」
「アスラちゃんいないの?探すの手伝うよ」
――――どこいったの?
「お?AAAランクさまじゃねえか。昨日の今日でどうした?――――あ?ドちび?見てねえぞ。そのへんで遊んでんじゃねえか?あと、これ持っていけ。金が必要なんだろ?――――気にしなくていい。お前は常連だから品物の先払いだと思っておけ」
――――どこにいったの…………?
「マサキ様ようこそ。今日はどういったご用件でしょうか?――――イクサバ様?いえ。こちらにはお見えになっていません。あ、先日の結果についてですが、支部長が直接話したいと言っておりました」
「あ。あんた、きのう白い髪の子と一緒にいた人だよな?礼を伝えてもらっていいか?ありがとうって。ひでえ怪我だったのに治してくれて感謝だ!あれが医療系の稀人ってやつか?ちいせえのにすげえよな!」
――――どこ……どこにいったの…………?
屋敷のなかにも。
一緒に歩いた街並みの中にも。
薄暗い裏路地にある怪しい店にも。
鎮圧した『カテゴリー2』の協会施設にも。
いまでは事態を終息に動く人であふれた放棄された都市にも。
どこにも――――
前日まで楽しそうに、嬉しそう、幸せそうに笑っていた少女の姿がない。
マキナは団員に、知り合いに、協会のコネを使い、全ての伝手を使い探し回っても見つけることは叶わなかった。
なにも少女の情報が得られないまま時間が過ぎ――――
一週間が経っていた。
▼
「――――それで?団長どのの様子どうだった?」
「ダメっす。ずっと落ち込んでるっす。仕事がない時は通信マテリアの前でずっと連絡を待ってるっす。あの子が残したものと一緒に」
マキナはアスラがいなくなった日からその調子だった。
身体が治り、新しい
なにもない時は捜索依頼をだした結果が届かないか通信マテリアを眺めていた。
少女が置いていった襤褸の戦闘服と『カテゴリー2』鎮圧で得た手を付けていない報酬とともに。
「この前きた裏社会のやつらが、勘違いして白いガキの報酬に手を出そうとしたときは大変だったな…………」
「団長さんガチでブチ切れてたっすからね。あいつらもうこの家の敷居跨げないっすよ」
余裕がないマキナの逆鱗にふれた裏社会の男たちは、空を飛んだ。
イヌヅカから渡された金を投げつけ「もう来るなッ!」とマキナの怒号とともに玄関から投げ飛ばされ宙を舞った。
綺麗な放物線と遠のく悲鳴がバンたちの記憶によく残った。
そんな事件を思い出しながらも、ふたりは今後の方針をどうするか考えていた。
マキナがいないと本業も副業も回らないのだ。
彼女がどうにかいつもの調子を戻せないか話し合ったが、結局いい打開策を思いつかなかった。
「――――立ち直るのに時間が掛かるかもな…………」
「正直、自分はわかんないっす。団長さんはなんであの子に固執するんす?たしかにカワイイ子でしたけど、会って一日の子に向ける感情じゃないっすよ」
「それはたぶん――――」
バンは思い出したくもない記憶に苦い顔を浮かべながら、その理由を話す。
「団長どのの亡くなった妹――――【マリア】に重ねているんだと思う」
▼
マキナはアスラが残したものと通信マテリアの前で昔を思い出していた。
なにもかもが幸せだった頃を。
――――マキナ!あれなに!?すごいすごい!?
(最期まで『マリア』はお姉ちゃんって呼んでくれなかったな…………)
好奇心旺盛な妹は、どこか消えた少女に似ていた。
――――どう?この舞台衣装?カッコいいでしょ?
(うん、かわいいよ――――え?ってなるその顔もかわいかったなぁ)
すこしからかうといい反応を返してくれる。そんなところも似ていた。
――――これ食べていいの!?ん~!おいしい!
(もっと高い物買えるのに、安くてもおいしそうに食べるその顔が大好きだった)
庶民でも買えるクレープで大喜びする少女とも重なる。
――――仕事でいけないの?残念。でも!帰ってきたらお土産話いっぱいするね!
(うん。待ってるよ。待ってるから――――帰ってきてよ…………ッ)
なんの前触れもなく、急にいなくなるところも似ないで欲しかった。
姿形は違ってもマキナの妹『マリア』と、いなくなった少女『アスラ』は在り方がよく似ていた。それがマキナの心の傷をえぐる。
「アスラは『マリア』じゃない……重ねるのはよくない……よくないのに…………」
少女の楽しそうな、嬉しそうな、幸せそうな笑顔が亡くなった妹と重なる。
どれだけ稀人の強靭な身体を持っていようと心は『人』。
それに彼女は
唐突な別れといまだ癒えない心の傷。
感情が決壊するのは仕方なかった。
あふれた感情が頬を伝い、少女の持ち物へ落ちていく。
少女が残したものを汚すのはいけないと思ったマキナは急いで拭きとり。
固いものに当たる。
それは内ポケットにあった小さなもの。
気になった彼女は取り出すと。
それは――――
「
それは軍人が自分を識別する際に使われるもの。
少女の持ち物に似つかわしくない、それ。
認識番号と血液型のほかに――――
・名前:アスラ=イクサバ
・所属:アカツキ
と、はっきりと記されていた。
「アカツキ?あかつき…………もしかして御伽噺の『
それは大昔に【七つの災厄】のひとつから世界を救ったとされる英雄部隊だった。
何度も創作物に出てくるその名前は誰もが知る有名なものだが、戦後の混乱で史料の紛失が起こり詳しいことが分からず、実在を疑われてもいる。
「なんでアスラがこんなものを…………?あの子は――――」
なにかが繋がりそうなその時、通信マテリアにメッセージが届く。
アスラの情報を期待した彼女は直前までしていた思考を放り捨て、内容を確認した。
届いたものは捜索依頼を出した者からではない。
星界管理協会『アストラル・ギルド』からの【
その事実に肩を落としながら依頼内容を見ていくと――――
「『カテゴリー5』内で失踪した
人類が忘れかけていた悪夢が着実に忍び寄っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
シリアスな話が続きます。
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