第19話 百年労働者の嘆き
マキナはアスラを保護した時から考えていた。
この子が自立できるように支援をしよう、と。
少女の格好からよくない生活を送ってきたことを彼女は想像した。
保護者や知り合いはいないのか?それが気になった彼女は着替えの際にそれとなく聞いてみた、「あの場所(放棄した都市)にアスラのほかに誰かいる?」と。
答えは、いない。
「(星幽界に)昔はいたけど、いまはいない」というものだった。
そのあと少女はなにかを喋ろうとしたが、彼女は「つらいこと聞いてごめんね」と話を打ち切った。話したそうな雰囲気を少女は出してたが、彼女はその境遇を想像して、「どうにかしないと!」と考えを巡らしてそれどころではなかった。
少女の優れた才能を一番発揮できる場所はひとつしかない。
それは星界管理協会『アストラル・ギルド』。
そこで少女の『力』を見せつければ、自立できるほどの各種支援を引き出せると考えていた。
だから、今回の【
したのだが――――
「いーやーでーすー!!!アスラは働きたくなーいーでーすー!!!」
『カテゴリー2』の
施設前の照明灯にしがみつき頑として動こうとしない。
それをマキナは引っ剝がそうとしている。
「そんなことは言わずに。ね?アスラなら簡単な――――つよ!?力つよ!?」
「騙しましたね!?クレープは罠だったです!」
ほんの少し前までアスラは顔くらい大きな、ギガンティックなんちゃらクレープという糖質とカロリーの化身を幸せそうに食していた。
――――協会施設に辿り着くまでは。
施設前でマキナからここにきた目的を伝えられた少女の顔は絶望に染まっていた。
その顔はまるで働いたら負けです、と書いてあるようだった。
(※クレープはちゃんと完食しました――――美味しかったです!byアスラ)
「ちがうちがう!これはちゃんとアスラのことを考えて――――」
「どんな理由があってもいやったら、いやです!アスラは働きたくないです!もっと世界を見たいです!」
「うっ!?こんな嫌がってる子を無理やり働かせていいの?もしかしてわたし間違ってる…………?」
「いや、揺らがないでください。AAAランク直々のスカウト枠を協会も期待してるのですから」
『星物商・イヌヅカ』を後にしてマキナたちに同行した協会職員の女性が、動揺しないように伝える。
ついでにアスラの元に近づいて協会に登録するメリットをあげていく。
「イクサバさま。『アストラル・ギルド』の会員証を持ってると便利ですよ。身分を証明できるのもそうですけど、たとえば
顔を背けていたアスラがぴくっと動く。
「他にも協会は手広く事業に手を出してるので、飲食関係はたいてい網羅しております。おいしい店がたくさんありますよ」
アスラはよだれを垂らしそうな顔を協会女性のほうに向けている。
あともう少しだ。
「それがなんと!稀人の方なら簡単な低脅威度の異界でお仕事――――」
「いやです!!!」
『仕事』という単語を聞いた瞬間、ぷいっと再び顔を背けた。
マキナと協会女性がお手上げという顔になり、これからどうしようかと考える。
そうしていると施設内が騒がしくなる。
施設から複数の怪我人が出てきたのだ。
全員が『異界の毒』を防ぐ破損のない防護服を着ており、その下にある体の形が
苦悶の顔を浮かべる怪我人たちは救急がくるのを待つために外に出たのだ。
それを見てマキナは苦虫をつぶしたような顔で見る。
「
「……上の判断で、事態終息を優先して限定的に開放しています。通常よりも高い報酬に設定して。あの方たちはそれを見てきたんだと思います…………」
「依頼を出すほうも出すほうだけど、受けるほうも受けるほうだよ。ほうっといても最悪、『軍』が出動してくれるのに…………そんなに命より面子とお金が重要なのかな?」
「お恥ずかしい限りです…………協会は体裁のために自力で解決することにこだわってますから…………」
「大きくなり過ぎた組織も考えもんだね――――ん?アスラ?」
いつのまにか照明灯にしがみついていたアスラが怪我人たちの前に立っていた。
そこに駄々をこねてた子どもの姿はない。
戦う者を称える目で怪我人たちを見ていた。
「貴方たち、ナイスファイトです」
「あ?なんだガキ。見て面白いもんじゃないぞ。――痛ッ!?」
「痛そうですね」
「ああ、痛えンだ。だから、あっちいって――――」
「そんな貴方たちのために一曲、歌いましょう!」
「は?」
いきなりなにを言われたのか分からない男を置き去りにアスラは歌い出す。
その身体から極光にかがやく『アストラル光』を優しく流しながら。
謡うは戦う者を称える歌。
その場の誰もが知らない未知の歌。澄んだ声で歌われる清歌。
傷つき、苦しむと理解しても戦うことを選んだ勇者を讃える讃歌。
そして――――
それは戦い疲れた戦士たちの回復を祈る癒しの歌
極光が空間に満ち。
誰もが一言も発せずにその歌に惹かれる。聞き惚れる。
幻想的な時間は瞬く間にすぎ、清歌の少女は一礼したあと去っていく。
どんな気の変わりようか、マキナと協会女性に加え、追加の職員を連れて施設内の
残された怪我人たちの意識は夢から覚めたように戻ってきて。
気づく――――
「――――治ってる?」
怪我はまるで最初からなかったように消えていた。
▼
追加派遣された力量を測る能力を持つ職員は目の前の光景に理解が追いつかない。
小柄な少女が『低脅威度異界』を一方的に蹂躙する姿。
散歩でもするように危地を歩く、片手間で。
こんなもんなの?と小首を傾げるかわいい仕草とそぐわない、圧倒的戦力。
異形の怪物たちは少女から出る極光に惹かれ、死を厭わず突っ込んでくる。
データを記録するため同行した協会女性は信じられないものを見る目をしていた。
派遣された職員は協会女性とは別の意味で信じられなかった。
感知に特化し、AAAランクでも力量が把握できる自分がなにも分からない。
なにも感じることができない。
それは『力』が隔絶したときにおこる現象。
「次のサイクルまであんまり時間がないです!だから、さっさと片付けて
その宣言通り。五分後、異界は鎮圧された。
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