第17話 物語で定番と言っていい、例の『アレ』


 『星物商イヌヅカ』を、ガチガチの防護服に身を固めた危険物処理班が幾人も入っていく。その顔には「都市の命運が俺達に懸かっているッ」と出ていた。


 緊急、緊張、緊迫が満ちる空間。

 皆が真剣で、皆が決める決死の覚悟。

 大切な人が住む場所を必ず守るんだ!と心に誓う決意。


 時折、「僕……この仕事が終わったら婚約者に結婚を申し込みます」など、死亡フラグも混ぜながら作業は進んでいく。


 映画のワンシーンみたいな展開が繰り広げられる中、騒動を引き起こした元凶マキナたちは――――



「へー。ああやって処理していくんだね。はじめて見たよ。すごいねー」


「みなさんなにチマチマ作業してるです?、ぱくっと取り込んでしまえばいいですよ」


「おまえらが非常識な存在ってことはわかったから、仕事してる皆さんの神経を逆なでしないでくれ。視線が痛いから」



 のんきに珍しい仕事現場を外から見学していた。



 マキナたちを見る危険物処理班の皆さんの顔にはこう書いてある。

 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだッ!と。

 もちろん危険な作業中なので大声は出さない。プロの仕事だ。


「マジなんで、都市を半分消し飛ばしかねない危険物を持ち込んだ?下手したら捕まるぞ」


「んー…………捨て置けない事情があったんだよ。それに『崩壊』の心配がないくらい安定してたから大丈夫だと思ったの」


「まあ、あれだけ莫大な『力』が籠ったモンを放置してたら『王』級の星獣が誕生するだろうからわかるが…………ていうか、どこからあんなもん手に入れた?その辺の異界じゃあ手に入んねえだろ」


「あれはアスラの――――」


「それも事情があってねー。色々とあるんだよ」


 アスラの言葉をマキナは遮る。

 それは少女の『力』を大勢に聞かせるものではないと感じたから。

 その強大さを知れば悪いことを考える輩が出るのは分かり切ってるから。

 適切な手順を踏むまでは公開すべきではないと思っている。


 その様子に察した男はマキナだけを目立たない場所にジェスチャーで誘う。

 なにを話すか想像がついた彼女はアスラにお金を渡しておつかいを頼む。


「アスラ―。ちょっと甘いもの食べたい気分だから大通りに出た先のクレープ屋で買ってきてもらっていい?アスラ分も買って、おつりは好きにしていいよ」


「ク、クレープ!?い、いいのです!?そんな高価なもの!?」


「高価?――――まあいいや。それよりひとりでいける?」


「なめるなです!子ども扱いしないで欲しいですよ!じゃ、いってくるです!」


 お金を握りしめ、きらきら瞳をかがやかせ、跳ねるように大通りに向かう姿は完全に子どものそれだった。


 これでよし!とマキナは頷き、男のほうに向き直る。

 アスラが視界から消えたことを確認した男は体から『アストラル光』を静かに流し、呟く。



「『空域絶界とじろ』――――で、あのガキなにもんだ?」



 紺色の『アストラル光』が周囲を包み、視界と音を通さない隔絶空間をつくる。

 中の会話は外にもれることはない秘密の会話にもってこいの領域だ。


「おー、さっすが元・Bランク『静々寂のイヌヅカ』さん。いつ見ても静かな『力』の使い方だね。引退しても技が冴えわたってる!」


「AAAランクの『戦劇無双』さまに言われても嫌味にしか聞こえねえよ。それより話を逸らすな、あのはなんだ?」


 イヌヅカと呼ばれた男は嘘をつくなよ?と言外に込め言葉に圧をかける。


「んー…………わかんないの」


「とぼけんな。てめえが連れてるってことは新しいAAAランク候補だろ。そうじゃなきゃ、この俺がわけがない」


 その言葉には自負が宿っていた。

 自らの能力に自信がある者の言葉で――――それが反応しない者の異常さを語っていた。


『力』が隔絶しすぎると感知能力は働かない。

 そう――――イヌヅカの前にいるAAAランクマキナのように。


「いや、まじまじ。まじでわかんないの」


「うん?どういうことだ?」


「実はねー――――」


 マキナはこれまでを経緯を噓偽りなく話す。

 それはイヌヅカを信頼してのことだ。

 話を進めていくうちに、珍しい失敗に驚き、馬鹿な行動に呆れ、予想外の展開に絶句し、無謀な救出に怒り、怒涛の展開が起こりイヌズカの理解が追いつかなくなっていた。


「――――でね。アスラに会ってまだ半日も経ってないからよくわかんないんだ」


「なんというか――――信じられん話ばかりだが、『協会』からのメッセージと整合性が取れてるから本当なんだろうなぁ…………」


「『協会』から?なんて内容だったの?」


「ああ、それはな――――と、その前に『空域絶界コレ』解くな。維持すんの疲れんだよ」


「どうぞどうぞー」


 維持していた隔離空間を解く。

 すると外縁に、荒い息を吐き涙目になった理知的で眼鏡をかけた女性がへたり込んでいた。マキナはその女性が仕事で着用する制服を見て、気づく。



「あれ?『協会』職員の人じゃん。どうしたの?」


「ッ!?あなたはAAAランクのマサキ・マキナ様ですか!?頼みが――――」


「チガウヨー。ソンナヒトシラナイヨー」


 一瞬で厄介ごとの匂いを嗅ぎ取ったマキナは知らないふりをする。

 ――――が、無駄だった。



「そんなので誤魔化されませんよッ!それより急ぎなんです!急なんですよ!」


「急ぎ?なんかあったの?」


「はい!依頼を――『緊急依頼クエスト』を『協会』は――――いえ!」



 慌てながら言葉を紡いでいく女性職員。




「星界管理協会『アストラル・ギルド』はAAAランク『戦劇無双』マサキ・マキナ氏に『緊急依頼クエスト』を要請します!」




 ―――――――――――――――――――――――――――――




 ・現段階で開示できる情報。


 イヌヅカとツヅルの感知能力は別物です。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る