第16話 いつのまにか都市が危機に陥ってた



『アストラル・マテリア』――――その言葉を発した瞬間、空気が重くなる。



 薄暗い路地裏に広がる目に見えない圧力。

 空気はわずかに振動して、ヒビが入る近場の窓。

 本能的な恐怖を感じて逃げる野良猫やネズミたち。

 思わず戦闘態勢に入ってしまう歴戦の『稀人』マキナ。


 それらの発生原因は極光のアストラル光が漏れる――――『アスラ』。


 あふれた『心の光』が示す感情は『怒り』。

 真っ白な髪を極光色に染めてイクサバ・アスラは怒気をあふれさせていた。

 

 いきなりの事態にマキナはなにがなんだかわからなかった。



「ちょちょちょッ!?アスラどうしたの!?」


「マキナ――――見損なったのです!!!」


「へあ!?」



 空間を震わせる大喝が裏路地に響き渡る。

 突然のアスラが出した大声にマキナは変な声が出た。


「会って間もないですが、マキナは良い人だと思いました」


「へ?え、と、ありがとう?」


「お金に困ってるのも会話を聞いてわかっています」


「まあ、お恥ずかしながら?」


「ですがッ!!!」


 マキナを見るアスラの目には決意が宿っていた。

 間違った道に行こうとする者を止める――――断固たる決意が。


「お金を得るために『アストラル・マテリア』を売ろうとはどういうことですかッ!それは諸人もろびとを不幸にする『悪魔の石』ですよ!」


「ん?」


「たしかにそれを糧に『力』を得ようとする者がいるのは知ってます。悪魔と契約して望みを叶えるように…………マキナがそれを売るということはにもそういった輩がいるのでしょう――――しかしッ!」


「え、と?アスラ――――」


 マキナがなにかを言おうとしてるがヒートアップするアスラの耳に届かない。


「『力』を得るのは一部だけで大半の人は耐えきれず廃人か、よくて寿命のほとんどを削られてすぐにあの世逝き――――でも、可能性があれば賭けてみたくなるのが人のさが。その願望につけこみ高値をつける売人に渡そうだなんて――――」


「ちょいちょい!?アスラ、ストップ!ストップだよ!」


「なんですかッ!!!」


「えと…………何の話?」


「え?」


「ん?」


「え~~~…………?」「ん~~~…………?」


 ふたりは首を傾げ。

 疑問の声が空に消えていく



 ▼



 マキナの懸命な説明の末。

 アスラは自分が勘違いしてることを知った。


 現代には『アストラル・マテリア』を無毒化する方法を確立して、『稀人』も『力』を使い同じ状態にする技術もある。

 無毒化した『アストラル・マテリア』は生活に欠かせない万能素材だ。

 認可された店なら売買が可能で訪れた店がその場所である。


 誤解が解け、マキナを間違った道から正そうと息巻いていたアスラは――――



「アスラー。わたしは気にしてないから降りてきてー」


「……………………アスラはもう喋らないです」



高い場所に登って長い髪を顔にぐるぐる巻き、顔を隠していた。

隙間から見える褐色の肌は分かりにくいが赤くなってるにちがいない。


その後、説得が功を奏してなんとか下ろすことに成功した。

しかし、顔をそむけ距離がはなれた場所に立っている。

マキナが動けばついてくるが、声をかけただけで逃げ出しそうだ。

ちなみに市民の通報で警察が来たりもしたが、事情を伝えて帰している。


(あちゃ-……打ち解けてきたと思ったのに、また距離がはなれちゃったよ)


再び離れた心の距離に嘆きながらもアスラが言ったことを考える。


(アスラはどこであんなことを聞いたんだろ?あれってたちが言ってることに似てるんだよね。『アストラル・マテリア』で『力』を得るって)


考えながら古めかしい換金所――――『星物商・イヌズカ』の扉を開けた。


(でも、アスラがそこから話を聞いてたら『悪魔の石』なんて言わないはず、それにあの言い分…………まるで実際に見てきたよう……どうして?はずなのに)

「うーん…………分からないなー…………――――ん?」


思考の海を漂ってるマキナは『向けられた銃口』で、現世に浮上し――――



「ッ!?!!!」



刹那の間に距離を潰し、銃を向けた男に殴りかかっていたアスラを制止した。

拳は男の顔面到達まであとわずかというところで止まった。

その顔はなにが起きたのかわからないといった風にポカーンとしている。


「なぜです?この男は銃を向けたですよ?強盗かもです。店の人はどこにいったのです?ここは一発なぐって――――」


「だいじょう!だいじょうぶだから!ていうか、その人が店主だから!?」


「え?」


アスラはいかにも悪党面な男をじっくり眺めて――――


「ほんとです?」


「そうだ!だからこの拳をさっさと下ろせッ!ドちび――――へぶッ!?」


むかついたから一発ビンタしておいた。





ひと騒動があった後、誤解してばかりのアスラはいじけて店の隅で壁に向かってブツブツ呟いていた。

「うるさいです。笑わないで下さい」とか「黙ってください。【シュラ】」などマキナの耳に届いていたが、空想のお友達なのかな?と考え、追及しないことにした。


それより持ち込んだ『アストラル・マテリア』の鑑定額が気になり、店主の男に目を移す。その男は不満顔を浮かべ、アスラのビンタで頬が腫れていた。


しばらくして鑑定がおわり、その金額に目を通した。

今度はマキナが不満顔になる。


「ねえ?これ安すぎない?高く買いますの謳い文句はどこいったの?」


「馬鹿言うな、正当な金額だ」


「もしかしてアスラに殴られた仕返し?器がちっさいね。そっちが銃口を向けたのが悪いんでしょ?」


「仕返しなんかするかッ!それに銃でお出迎えこれがウチの挨拶なんだよ!ちゃんと模造銃つかってるから弾なんかでねえしな!常連なら知ってるだろうが!」


「カッコつけた映画のマネだっけ?そんなの初見の子がわかるわけないじゃん」


「ぐぬっ」


この店主は映画や創作物に影響をされやすく、『ノリ』にのってくれる相手を探して映画のワンシーンを再現するのが趣味だ。

ちなみに銃を向けたあと、すぐ下ろしてハードボイルドなセリフを吐く予定だった。


劇団出身のマキナがのってくれることを知っている。

だから、店前で彼女たちが騒ぎを起こした時からスタンバっていた。

マキナがアスラに構ってる間もずっと、まだ来ないかなー、と。


マキナはそんなこと知ったことではない、と切り捨てて話を先に進める。


「まあ、それはいいとしてなんでこんなに安いの?前回より二割くらい減ってるよね?」


「仕方ねえんだよ。いまは異界のあっちこっちで『』がきて在庫がダブつき始めたんだよ」


「『活性期』?あっちこっちで?珍しいね」


「ああ、だからいまは売り時じゃねえぞ?どうする?」


見た目は悪党面だが仕事には真摯に取り組むことをマキナは知ってる。

だから、売り時ではないというのは本当なのだと判断した。


だが、このままでは資金は揃わない。

どうしたもんかと考えていると、マキナの実力AAAランクを知る男から提案をされる。


「いまダブついてんのは低品質のヤツだけだ。高品質のがあれば通常の値で買い取ってやれるぞ?おまえクラスなら持ってんじゃないか?」


「んー……高値で売れそうなのはあらかた売っちゃたからねー…………あ!」


なにかに気づいたマキナは収納ポーチからひとつの塊を出す。


――――それは緋色の結晶で閉じ込めた『極光に輝くアスラのツノ』。



「処分に困ってたから引き取れる?」



軽い気持ちで出したに男の顔色が変わる。

真剣に眺めたあと――――口を開いた。



「お前は都市を吹き飛ばしたいのか?」



そのあと都市の危険物処理班が緊急出動することになった。

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