第15話 心の色は髪の色



「ふぉわあああぁ…………」



「ふふ。ちゃんと前を見ないとあぶ――――なくないね。スイスイ人を避けてるね」


 マキナは資金を工面するため『換金所』を目指していた。

 そこに行くついでになぜか意気消沈していたアスラの気分転換をしよう、と決めて。外出に誘って日が陰りはじめた街を歩いていた。


 なんてことない日常の光景。

 なのに目に映るものすべてが新鮮に見えるようにキラキラ瞳を輝かせる少女。

 まるで御伽おとぎの国に迷い込んだように忙しなく周りを見渡す視線。

 あっちこっちにふらふら、気の向くまま、心の赴くままに動く小柄な体。

 そんな小動物みたいな行動に、姿もあいまって人々の注目が集まる。


いつのまにか周りから見られていることにアスラは気づいた。

たくさんの人から注目されることに慣れてない少女は、しゅばっと素早い動きでマキナの後ろに隠れる。


「な、なんか見られてるです?」


「それはアスラかわいいうえに珍しいからだよ~」


「かわいい呼びはもうあきらめるですけど、珍しい?そういえば――――」


少女は周りを見渡す。視界に映る人々はみなをしていた。


「マキナたちもそうでしたけど、みんな派手な髪色してるですね?これが現代いまの流行りなのです?」


「流行りって…………ちがうちがう。これみんなだよ」


「はあ!?こんな絵具箱の中身をぶちまけたような髪が地毛!?アスラがなにも知らないからって騙そうとしてないです!?」


アスラの時代はみな黒髪がほとんどだった。

それなのに周囲にいる人たちはみな、極彩色の髪ばかり。

この時代のファッションと言われたほうが信じられた。


「しないしない。というか一般常識なんだけど――――あ、そっか。アスラはいままで(放棄した都市で)誰も会わずに暮らしてたんだよね?知らなくても無理はないか…………」


「お!ようやくアスラが言いたいことが伝わったですね!そうです!アスラはいままで(星幽アストラル界で)ひとりだったですよ!だから、現代の街ここにこれてうれしいです!」


「そうなんだ――――(放棄した都市から)出られてよかったね」


「はい!(星幽アストラル界から)いつか出れる日をずっと待ち望んでたです!」


勘違い。

話と認識の大きな齟齬にふたりは気づかない。


マキナは放棄都市で暮らしていた少女の境遇を想像してこれ以上の言及をやめた。

アスラは伝えたかった思いが通じたです!と満足してこれ以上の説明をやめた。


こうして思い込みが激しいAAAランクと百年ボッチのコミュ下手の勘違いは正されることなく話は進んでいく。


「うんうん、本当によかったね。それで髪のことなんだけど――――言ってしまえば、異界から流れた≪アストラル≫の影響があるんだよ」


「≪アストラル≫!?地上は汚染されたのですか!?」


「汚染?古い言い方するね。おじいちゃんおばあちゃんみたい。それで髪の色なんだけど――――」


マキナが言うには――――人類は『適応』したのだ、と。


百年以上前まで異界から流入した≪アストラル≫は、『適応した人間』以外には毒にしかならなかった。それで何億もの人が亡くなったが、人類はそんなものに負けなかった。


抗体をつくり、毒を克服し、抗体は親から子へ受け継がれ、少しずつ適応した。


その副作用か、抗体に含まれる無毒化した≪アストラル≫のせいか、人類は大なり小なり身体に変化がでるようになる。顕著なのがアスラが疑問に思った頭髪だ。


『心の色』が髪に影響をおよぼす、とマキナは自分の髪を見せながら語った。


「――――でね、人の考えとか心って複雑でしょ?だから、髪の色も複雑になるの。わたしなんかは緋・白・黒が混ざった色なんだけど、アスラはちがう」


「ふむ?真っ白ですね」


「そう単色で真っ白!単色だけでも珍しいのに曇りもない白は超珍しいんだよ!しかも角度によってはかがやきで虹色に見えるきれいな髪。アスラは髪美人さんだね。みんなが注目するのも無理ないよ」


「か、髪美人?そんな言葉があるのですか…………これがジェネレーションギャップというやつですか…………」


「ジェネレーションギャップ?アスラはなにを言ってるの――――と、話してる間に『換金所』についたね」


その声にアスラが目を移すとそこにはボロい建物があった。

手書きで『高値で買います・』と書かれた。いかにも胡散くさい、あやしげな外観の店だ。


「そういえばいつのまにか裏道に入ってたです…………ねえ、マキナ。道の奥でたむろしてる男たちはなんでこっちを見て、ナイフをペロペロしてるです?」


「あー…………たぶんナンパだね!見た目がぶっさいから女の子に飢えてんだよ。危険な雰囲気を漂わせればモテるって勘違いしちゃったんだね。アスラは近づいちゃダメだよ」


「近づかないですけど…………マキナの言葉で怒ってるですよ?なんか喚きながら近づいてくるです」


「大丈夫、大丈夫。この手合いはちょっと驚かせれば――――ね!一目散に逃げてくれる!」


「ちょっと睨んだだけで無様に逃げたです。現代いまどきの子って根性ないですね」


年寄りくさいことを言いながら男たちを見送る見た目は十二歳のアスラ。

現代の常識に疎いから力のある『稀人』に睨まれることが怖いことに気づかない。

いまどきの子じゃなくても逃げるよ。


「というか。このへん治安が悪いです?あんなのを放置して警察はなにやってるですか?」


「う~ん…………それは長くなるからあとにして先に『換金』しちゃうね。お店が閉まっちゃうから」


「そういえばなにを『換金』しにきたんですか?」


いまさらな質問。現代の街を見るのが楽しみすぎて本来の目的を知らなかった。

そんなことは気にせずマキナは告げる。




「ん?『アストラル・マテリア』だよ」




それはアスラが現世にいた時代には『悪魔の石』と呼ばれたものだった。


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