第12話 抑止力不在の異界。歓喜の咆哮
劇的なビフォーアフターで書斎の天井をぶち抜かれた部屋は混乱に満ちていた。
褐色の少女が本棚の上に昇り威嚇していたり、それを降ろそうと屋敷の主人がなだめたり、それを呆れてみる年長者の男だったり、極めつけは治療は不可能と思われた中年男が奇跡の回復して娘と抱き合ったりと、これを見てる新人はなにがおきてるのかわからなかった。
そんな中にさらに混乱をふやす闖入者が現れる。
「マサキさ~ん?お話がおわってないんですが~?」
人の神経を逆なでする声を出しながら、糸目でスーツを着た優男がこわもてのガタイのいい男たちを引き連れてはいってくる。あきらかにカタギの人間じゃなかった。
さらに人が増えたことで心理的負荷のふえたアスラは、自分でぶち抜いた天井の穴にシュバっと逃げていく。あきらかに野生動物のうごきだった。
それでも気になるのか穴の上から身を隠しながらチラチラ見てた。ネコかな?
「ねえ?わたしのかわいいお客さんを怖がらせるのやめてくれるかな?」
マキナのイラつきの感情が空間に伝播し、カタギじゃない男たちを震わせる。
満身創痍でも彼女は力のある『
「ッ!?え、ええ~。わたくしどもも~そちらのお嬢さんを怖がらせるつもりはないのです~。ただ、こちらも仕事があるので~」
「仕事?」
「そうです~。仕事が――――」
「それって、こっちがボロボロだとわかったとたん襲いかかること?それとも、珍しい高ランクの『稀人』を捕まえてどこかに売りさばくこと?」
イラつきが怒気にかわり、マキナからうっすら緋色の≪アストラル光≫がもれる。
彼女の言葉から男たちのやりとりでなにが起こったか想像された。
『稀人』から怒りの感情をまともに受けてる男たちはいまにも失神しそうだ。
「あ、そ、それは――――」
「なめないでよ?」
短い言葉。しかし、一言一句に圧力が宿る。
「たとえ両足、片手が折れてもあんたらなんか指ひとつで潰せるんだよ?」
そんな馬鹿な、と言わせない迫力が発せられていた。
「わかったら、今日は帰って。わたしが冷静なうちに。あっ、さっき潰したやつらはちゃんと連れて帰ってよ?置いて帰ったら『直接』そっちに届けにいくからね?」
「ち、治療費は――――」
「ん?」
「治療費はこちらが悪いからいいとして!依頼失敗の違約金を持って帰らないとわたくしどものクビが飛んでしまいます!物理的に!ここだけは引けません!」
糸目男の必死な物言いを聞いたマキナはしばしジッと見たあと、力を抜いたようにはぁ~と、ため息を吐く。ここが落としどころかな、と。
「三日まって。そしたらお金を準備するから」
「み、三日?そんなには待てな――――」
「それで襲ってきたことをチャラにするって言ってんだけど?まだやりたいの?」
「――――わかりました。三日ですね。それ以上は待てないですからね~」
「はいはい。バンさん、かわいくないほうのお客さんが帰るよー。見送ってあげて」
やれやれ、といった感じでバンは男たちを玄関まで送る。
男たちの気配がしなくなったことで、マキナの張りつめた雰囲気がゆるんだ。
「――――はぁ~~っ。裏社会の人間相手にするのめんどくさいよ~。あいつら、やさしい顔すればすぐになめてかかって襲ってくるから、いちいちわからせるの手間だし、わたしこういうの慣れないんだよー」
さっきまでの怒気はまるでなかったように霧散して、いつも通りのマキナに戻っていた。どうやら侮られないように演技をしていたらしい。
「おつかれさまっす、団長さん。だから、裏社会の依頼なんか受けるもんじゃないって言ったすよね」
「依頼内容自体はクリーンだったし、知ってる人だったから油断してたよ。依頼料で決めるもんじゃないよね」
「そりゃそうっす。ところで違約金の支払いはどうするんす?ウチの家計はもうカツカツすよね?」
「とりあえずは換金できそうなもの売って足しにして、残りは後で考える。わたしが動けるようになったら、稼ぐ手段はいくらでもふえるから」
「了解っす。なら、残る問題は――――コレっすよね?」
「そうだねー」
ふたりの視線は上の穴からチラチラ覗く褐色少女。
そして――――死の淵に立っていたはずなのに完全治癒してる男に向けられる。
「ねえ、おじさんもうなんともないの?」
「…………ああ、苦しさがまったくない。体の結晶はぜんぶ吹き飛んだみたいになくなった。それも――――たぶん上にいる子のおかげだと思う」
男はしがみついて泣いてる娘の頭をなでながら、穴の上で身体のほとんどを隠して下の様子を窺ってる褐色少女を見た。マキナも同じく少女に視線を映す。
「ねえ、きみ!きみがこのおじさんを治してくれたの!」
「(こくん)…………はいです」
「きみ、すごいね!いままでこの結晶化を治せた人いないよ!どうやったの!」
「……どう?…………こう、ぱぁんっという感じでしょうか?」
「ん~?お姉ちゃん、ちょっとわかんないな~。あっ!わたしはマサキ・マキナ。きみの名は何て言うのかな!」
「お姉ちゃん?…………名……名前は――――」
褐色少女はマキナの質問を重ねるたび徐々に隠れてる場所から姿を現す。
『お姉ちゃん』の下りで首を傾げながら。まるで年下にそういわれたみたいに。
そして、おずおずと自分の名前を口にした。
「――――アスラ…………イクサバ・アスラっていうです」
「イクサバ・アスラ!いい名前だね!よろしくね、アスラ!」
「えっと、どうも。よろしくです。マキナ」
百年間を異界で生きた英雄は、現代に生きる人形遣いの稀人に出会った。
この出会いが今後の運命を大きく左右することになる。
英雄はこのまま平穏に過ごせるのか、それとも波乱にまきこまれるのか。
それはまだわからない――――が、わかることがただひとつある。
そう――――百年間ずっと機会を狙っていた存在が動き出した。
人類史の悪夢――――≪第七災厄【激動の怠惰】≫に君臨する【女王】が。
▼
マキナたちが去ったあとの
親指サイズの蟲が廃墟の街を影から影に移動して、見つからないように異界全体をくまなく這っていく。
最後に移動するのはこの異界で一番危険な場所。
危険な存在が自分の領域だと高らかに歌い上げている場所。
常に歌が聞こえてきて墓標が立ち並び――――いまはなにも聞こえない場所。
蟲たちは慎重にその場を
やがて、探る蟲が十匹から五十匹へ。五十匹から百匹へ。
どんどん増えていきその場所を黒く埋め尽くすほどの数となる。
蟲同士は念話のようなもので互いに情報を伝えていく。
【女王】に届けるための情報を。
『シュラ、イタ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イタ?』『シュラ、イタ?』『シュラ、イタ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イタ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イタ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イタ?』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イタ?』『シュラ、イナイ』『シュラ、イナイ?』『シュラ、イナイ』
『シュラ――――イナイ』
その日、地の底から最大脅威異界を震わせる歓喜の咆哮が鳴り響いた。
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