第10話 望んだ明日、繋がった未来、振りあげる豪拳
「――――ここどこですかね?というかアスラはなにをしてたんです?」
自分のことをアスラと呼んだ褐色の少女は虚空に向かって話しかける。
周りには誰もいない。
「――――は?寝てた?なに言ってるのです?たしかアスラは『ゴミ』の掃除をしていたのですよ?そんな時に寝るはずがないですよ」
誰もいなくても少女は話しかけ続ける。
まるで、なにかがいるかのように受け答えがしっかりしていた。
「――――いいえ。寝てないです。アスラが寝てないと言ったら寝てないです。あれ?そういえば、なにか衝撃的なものを見たような――――というか、これってもしかしてベッドです?ふかふかですね…………こんな上等なもの見たのいつぶり…………それにこの部屋…………まるで――――」
少女が見渡すと、目に映るのは最低限の調度品が並んでるだけの簡素な部屋。
窓はあるがすぐとなりに建造物があるのか、日の光は入ってこない。
なにかが飾っていた、置いてた跡がある。いまは片付けているのか生活感を全く感じさせない空間であった。
――――だが、そんなことはいい。
少女が気になったのは、自分がいた場所にはあるはずがない生活用品の数々。
はるか昔にも見たことないデザインの家具や加工された結晶がその部屋にはあった。
「【シュラ】……ここって、まさか……――――いえ、自分の目で確かめます」
逸る心を抑えながら少女は目に見えない存在――――【シュラ】の提案を断わり、ベッドを降りて長い髪を引きずりながら、おそるおそる部屋の外に出る。
扉を抜けた先には長い廊下、いくつも並ぶ部屋、窓があった。
その窓の先には建物の壁で区切られた荒れ果てた中庭が見える。
何年も手入れしていないのか雑草が生い茂っていた。
「植物…………アスラがいた『
少女が思い返すのは嫌になるほど見た廃墟の都市、荒れ果てた大地、星光の鉱石、植物の存在しない異界の光景。
疑心が確信へと変わりつつあり、自然と速くなる足。
うるさく鳴る鼓動に胸をおさえ、目指すは外。
建物は壊してはいけない、と『外』の常識を思い出しながら慎重に進み、階段を降り、ほこりっぽい廊下を抜けた先にあるのは天井の高い大きな玄関ホール。
一階から二階の天井まで遮るものがない開放的な空間。高価に見える調度品。中央には二階あがるための大きな階段があった。
「うわぁ…………ひっろいです。きれいです…………って!いまは見惚れてる場合じゃないですよ!」
歴史を感じさせる洋館みたいなつくりに少女は目を奪われたが、すぐさま気を取り直す。さきほどから少女の優れた聴力がとらえているのだ。
建物の外から聞こえる活気に満ちた生活の音が。
震える手で玄関を開け――――
玄関を抜け、庭を越え、鉄柵の先の景色を。
そこには――――
道ゆくたくさんの活気にあふれた変な髪色、変わった服の人々。
道路を走る見たこともない形状の車、乗り物。
向かいの建物にはおいしそうな匂いが漂ってくる飲食店。
各所に見られるかつて『悪魔の石』と呼ばれた『アストラル・マテリア』を利用したと見られる照明灯・信号機・大型のモニターなどの設備。
少女がちいさな頃、まだ平和だった時代に想像した未来の光景があった。
それは最後に見た故郷とはまったくちがう光景だ。
誰も悲嘆にくれることはなく、貧困にあえぐことはなく、未来に悲観する姿はない。
少女が、その仲間たちが、
『なんてことない平穏な日常』が視界いっぱいに広がっていた。
「――――みんな……未来は繋がっていました。…………人は『災厄』なんかに負けなかったです…………」
静かに涙を流しながら、いまは亡き仲間たちのことを想う。
「――――ぐすっ。ん?なんですか、【シュラ】?いまは感動的なシーンなんですよ。闘争なんてどうでも――――え?死にかけの気配がする?」
【シュラ】と呼んだ存在はアスラにふたつのことを告げた。
ひとつ目は、この立派な屋敷のなかで闘いがはじまる気配がする、と。
ふたつ目は、弱った生物――――死にかけの気配がする、と。
「どっちにいくか、ですか?決まってます――――」
ふたつの気配は真反対に位置しており、どっちから先に行くか目に見えない存在は聞いていた。
「――――死にかけさんです!助けれるなら助けますよ!」
アスラたちは(建物をこわさず)急いで気配がする場所に向かった。
廊下を抜け、階段をあがり、たどり着いた場所は少女が寝ていた部屋の隣だった。
自分が寝ていた隣で誰かが死にかけていたことに驚きつつ、扉を開ける。
なかには体に結晶が生えた中年の男が苦しそうにベッドで寝ていた。
扉が開いた音でアスラの存在に気づいたのか男は寝たまま顔を向ける。
「……ああ、巻き込んだ子か…………きみ……ケガはないか?」
「ん?…………あ~……えと…………その…………」
助ける!と意気込んだのはいいものの、アスラは百年ぶりの人との会話にしり込みしていた。
長い時間が少女の対人コミュニケーション能力を壊滅させていたのである。
しかし、そんなことを男は知らない。だから、内気な子なんだろうなー、と思いながら接する。
「……きみはあそこに住んでたのか?……本当に悪かった。……追い詰められて…………馬鹿なことをやってしまった…………あそこは『協会』が封鎖してる……もう戻れないだろう……」
「ん~???」
アスラの頭に疑問符がいっぱい浮かぶ。
目の前のおっさんがなにを言っているのか分からない、そんな顔だ
そこでハッとする。
(きっと『悪魔の石』に頭をやられて現実と妄想の区別がつかなくなっているです!これは急がないと!)
「…………あの……苦しいですよね…………?」
「…………心配してくれるのか?…………きみは優しいな……大丈夫…………君が気にすることは――――」
「それじゃあ――――」
アスラは男の言葉にかぶせるようににしゃべり――――振りあげていく。
異界の怪物を木っ端みじんにした、その豪拳を。
「……………………え?」
ゆっくりと上がっていく拳。
生物としての本能が訴える警報。
嫁、娘と楽しく過ごした記憶が駆け巡る、役に立たない走馬灯。
男は直感的に死を感じて――――
「――――いま楽にするです!」
直後、立派な屋敷内に破壊音と轟音がひびき渡った。
―――――――――――――――――――――――――――――――
やはり豪拳……豪拳はすべてを解決する!
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