第8話 人形劇団エクス・マキナ。団長マサキ・マキナ



「うーん…………どうしよ?」



マキナは困っていた。


「この子……寝ちゃったよ…………あと、ほんとにどうしよう?」


彼女が抱き上げているのはさっきまで大泣きしてた小柄な褐色の少女。

その少女は怪物の大群をたったひとりで殲滅した強大な力をもっているが、いまは泣き疲れたのかスヤスヤ寝ていた。


だが、それはいい。


問題は彼女が手に持っているもの。

それは――――



「とれちゃったよ…………



少女の額に生えていた『極光にかがやく宝石のような二本のツノ』。

泣き疲れて寝たのと同時にボロっと根元が崩れて落ちたものだ。


「うーん?『力』で作り上げたものだったのかな?でも、そういうのって使用者から離れたら崩れて消えるはずなんだけど、そんな気配もない。しかもコレ、かなりヤバいよね?」


そのツノから尋常じゃないほどの≪アストラル光≫が秘められているのを彼女は感じていた。この異界に来たキッカケをつくった高純度アストラル爆弾の比じゃないほどの『力』を、だ。


有りていいえば危険物なのだ。持っていたくはない。


しかし、ここに放置したら怪物が食べるだろう。

その結果、どれだけ成長するのか想像もつかない。

仕方ないので、彼女は腰にある収納ポーチに入れた。『力』をつかい緋色結晶でガチガチに固めて。


「さて、あとの問題は――――」


彼女はある場所まで少女を抱えたまま一足で跳んだ。

タンッと軽い音をたてて降り立った場所は――――


「生きてる?おじさん」


「…………?ああ、『稀人マレビト』の小娘か……迷惑をかけたな…………」


中年の小汚い男が倒れていた。


その言葉からは出会った時の敵愾心みたいなものは感じない。

ひゅー、ひゅー、と浅い呼吸をしながらも、受け答えはしっかりしている。

しかし、その体は異界の毒――――耐性のないものが大気に混ざるアストラル・マテリアを吸い込んだことで起こる現象。体の結晶化が始まっていた。


男の体のいたる場所に有機アストラル・マテリアが生えてきている。

この速度ならあと半日持たないだろう、とマキナは考えていた。


「ほんとにね」


「……頼みがある。図々しい……ことはわかっている……対価もない…………けど……もし聞いて……くれるなら……にいる……娘に伝言を――――」


「いやだ」


「…………そうか」


目を閉じ、諦めの表情になった。どうせ無理だとわかっていた、そんな顔だ。

だから、そんなマキナはそんな男に言ってやる。



「そういう言葉は自分で言いなよ。人に任せることじゃないでしょ!」



大事なことは自分で言え、と。


「…………なにを言ってるんだ?……俺はもうここから出られない…………」


「諦めるのがはやいな~。から爆弾盗んだ根性はどこいったの?出口なら連れていってあげるから」


「…………そうじゃねえ。……わかってないのか?……出口の場所は――――」


「上でしょ。はるか空のかなたにある


上に指をさす。その先には小さな点のようなものが見える。

それは空高くあいた元の世界につながる【境界】だった。


「……それが…………わかっているなら……無理とわかるだろ……」


「無理じゃないよ。なんたってわたしは『稀人』!『力』で結晶をだして足場をつくれば、天高くだって跳んでいけるって!」


「………………背負ってもか?」


「……………………ノーコメントで」


答えれない。それが答えだった。

万全の状態ならいけたかもしれないが、消耗しきったいまはひとりでも厳しい。

ギリでふたりいけるかもしれない。でも、三人目は無理だ。

マキナが抱えている褐色の少女ならできるかもしれないが、すぴー、と気持ちよさそうに寝ていて、耳元でしゃべっていても起きる気配がない。


「…………無理なんだな……俺はいい……だが……せめて、その子だけでも……そんなちいさい子を…………巻き込むつもりはなかった……娘と同じぐらいの子を……」


「だから――――」


「娘に……カンナに……とうさんは、おまえを愛しているって…………つたえてくれ……」


「いや、だから聞け――――」


『こんの馬鹿がーーーー!!!やっと見つけたーーーー!!!』


『団長さん大丈夫なんすか!?さっきなんかすごい閃光が異界を破壊してたっすよ!?』


置いてきた通信用マテリアがようやく追いついてきた。

バンとツヅルの大声が一帯に響く。

アスラの攻撃の余波でふき飛ばされたせいで、ここに到着するのに時間がかかっていた。


「ああ、ふたりとも置いていって、ごめん。実は――――」


『って、お前ボロボロじゃないか!?しかもその抱いてる子だれだ!?』


『うおっ!?本当っす!?くそ長いまっしろな髪の子を団長さんが連れてるっす!しかも、めっちゃかわいいっす!』


「…………さっさといってくれ……」


「みんな、一回だまって――――」


さっきから話を遮られてばかりのマキナ。頬が引きつっている。


『だから、危険って言っただろうが!!!さっさと脱出するぞ!!!そこにいる男は放っておけ、自業自得だ!』


『この喧騒で起きないって大物っすね、その子。あっそうだ、団長さん。こっちのす。ただ早く出ないと、他の『稀人』たちが集まってバレずに逃げるのが難しくなるっす!』


「…………カンナ……とうさんは星になっても……おまえを見守ってるからな」


各々がそれぞれ好き勝手いってばかり。

ただでさえ色んなことがあったのだ。

さすがに温厚なマキナでも我慢の限界がきて――――



「うっるさいんだよ!!!ひとの話を少しは聞けえええええええ!!!」



マキナさん、ブチぎれた。


大気を震わせる大喝にその場にいる一同、『稀人』の本気の覇気に黙る。

ちなみに、耳元で叫んでも褐色の少女に反応なし。むにゃむにゃしていた。


「ツヅル!すぐでないとまずいんだよね?」


『イエス、マム!もうすぐの『稀人』さんたちが到着するっす!』


「じゃあ、バンさん!三人ですぐでるからクルマ準備しておいて」


『いや、マキナ……?だから、三人は無理だって――――』


「団長」


『は?なにを――――』


「バンさん。。団長の言うことは?」


『ッ!?――――ふぅ~……絶対だな。。すぐ準備する』


「よろしい。おじさんは――――この子もいるから雑に持つよ」


団員たちの反応に満足したマキナは中年の男をだき上げる。

右側に褐色少女を大事そうにかかえて。左の小脇に男を雑にかかえた。

通信マテリアは左手に握っている。


「…………なにを……やってるんだ!?俺を……置いていけと…………言っただろうが!?」


「いったね」


「だったら…………その子だけでも…………ッ!?」


「うだうだ言ってるけどおじさんは助かりたいの?助かりたくないの?」


「ッ……助かりたいに決まってるッ……だが、できないことを言っても――――」


「うん。助かりたいよね」


聞きたい言葉は聞けた、と言わんばかりに男の言葉を遮る。

ただ、聞いてないとしてもマキナの意志は変わらなかったであろう。



「それに、できる・できないんじゃなくて――――やるんだよッ!!!」



決意の言葉とともにふたりを抱えたマキナは廃ビルに向かい走り出した。

そして、廃ビルの壁にある凹凸に足をかけ、垂直に駆けあがっていく。


目指すは、はるか高い極光にかがやく空。

そこにある黒点。元の世界に戻るための【境界ボーダー】。


『力』で結晶の足場を作るといっても限界がある。だから、すこしでも高い場所から飛ぼうとしていた。もそこにある。


あっというまに屋上に到達。

必要なもの――――『パペット』を回収して勢いよく空にむけ飛び出した。



「さあッ!『人形劇団エクス・マキナ』団長、マサキ・マキナ!!!一世一代の大脱出ショーをはじめようか!!!」



観客は四人。うちひとりは寝こけている。ショーにしてはさびしい限りだ。

だが構うもんかと、気勢を上げていく。



「体内の≪アストラル光≫残量は三分の一!体は多少回復してもなかはボロボロ!満身創痍、疲労困憊、はっきりいってダメダメだね!――――でも!!!」



ダメな理由を列挙していくが、そう語る顔にあきらめはない。



の活躍を見せられて奮い立たないほど、わたしは鈍感じゃない!『稀人』は物語の英雄じゃない?限界がある?知ったことじゃないよ!限界なんていまここで超えていけええええええええ!!!」



楽しげな声とともに天空にいたる一歩、二歩、三歩…………と≪アストラル光≫でつくり出した緋色結晶の足場をふみつけ、傀儡くぐつとともに緋色にかがやく星光の尾を引きながら極光の空へどんどん昇っていく。


『団長どの。楽しそうだなー…………こっちは胃が痛くなってんのに』


『いいことでもあったんすかね?まあ、でもだからいいじゃないっす?』


「…………加速が……急すぎる!!……しぬ……!…………毒でしぬまえ……に、しんでしまう!?」


その場にいない通信先のふたりに対し、上昇による重力加速度をまともに受けている現地の男はを確実に昇っていた。


「半分こえたよ!」


『もうかよ!?『力』の残量は!?』


『残り一割ほどっす!このペースじゃあ足りないッ――――けど!団長さんの≪アストラル光≫が減るペースが緩やかになってるっす!!?』


≪アストラルの光≫は『心の光』。精神の状態に大きく左右される。

気持ちが沈めば弱くなり。上がれば強くなる。


つまり、激しい放出を繰り返しているのにそれでも減るペースが緩やかになっているということは、それだけマキナがイクサバ・アスラの活躍に心を動かされたことを表していた。


しかし、それでもやがては『力』が尽きる。



「あと、もうすこしッ」


『【境界ボーダー】直前で団長さんの≪アストラル光≫が尽きたっす!?』


『団ちょおおおおおおおおおおおおッ!!!』



目前まで来て、『力』が尽きた。


ふたりをかかえての上昇は負荷が高すぎた。

いまの彼女には足場をつくるだけの『力』はない。

そう――――



「『人形に命令ドール・オーダー』――――」



普段から『力』を注ぎ込まれ、貯蔵している『パペット』にはあった。



「『全力全開モード・フルパワー』――――ぶっとばしてッ!!!」



主の命令を忠実に実行に移した傀儡くぐつは体内に残る緋色の≪アストラル光≫をすべてはき出し、主を【境界】のなかへ投げ入れた。



「ごめんね…………ありがとう」



役目を終えた傀儡くぐつは異界の地へと落ちていく。

マキナは見事に役割を果たした傀儡に礼をいって見送った。


【境界】にはいってしばらく浮遊感をあじわう。



「うん。やっぱり空は青いほうがいいよね」



空中に投げ出されたマキナが見たものは、青く晴れわたる現世の空。

それは危険に満ちた【七つの災厄カテゴリー5】を脱出したことを意味する。

そして――――



百年前の英雄――――イクサバ・アスラが現世に帰還したことを意味した。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――

カテゴリー5脱出編終了。


次話からイクサバ・アスラが百年後の世界をみてどう感じるのかやっていきたいですね。



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