第7話 どれだけすごい英雄も『人』なのだ


『――――人界の守護者。『英雄』はここに在り』


『【七つの災厄】のひとつから世界を救った英雄はずっと異界にいました』


『百年もの気の遠くなる時間をたったひとりで怪物たちと闘い続けながら』


『異界に残されても恨まず、どれだけつらくてもくじけず、故郷の安否も分からずとも』


を望む『女王』の企みを打ち砕くために――――』


『ん?なんで百年も生きれるのかって?歳をとらないのかって?ふふ、なんでだろうね~?』


『あ、そこのキミ。バケモンって言うのはやめなさい。そんなこと外で言ったら大人の人に殴られるよ。みんな、その英雄さまに助けてもらったんだから』


『劇で語られるくらいの超すごい英雄さまなんだから』


『でも、まあ――――これだけはキミたちには覚えていておいてほしいな』


『世界を救った英雄さまでも、物語の主人公のようでも、どれだけ強くても――――イクサバ・アスラはひとりの『人』だったんだと』


『どれだけ姿が変わってもその心は『人』だったんだ。それを覚えておいてね』



 ▼



 マキナは目の前の光景から目が離せないでいた。

 あまりに非現実的な出来事だったからだ。


 少女から立ち昇り、異界をまぶしく照らす極光の≪アストラル≫の光。

 それと同色のがかがやきを放つ宝石のようなツノ。

 小柄な体躯からは予想ができない威力と速度の豪拳による連打ラッシュ

 断末魔をあげるヒマもなく消し飛ぶ有象無象を背景に流れる戦歌。

 勇猛なる歌詞が透き通った声でうたわれていく。


 どんな敵が多勢でも、どれだけの苦境苦難があろうとも、それを不安に感じさせない圧倒的な希望の象徴。



 その姿はまさに、彼女が幼き頃にあこがれた物語の『英雄』だった。



 あまりの現実感のなさから、まるで劇の一幕を見てる気分になる――――が、これは現実。ありえなくても現実なのだと必死に自分に言い聞かせるマキナ。

 現実から逃避しかけた思考を現世に戻していく。


(――――って見惚れてる場合じゃないよ!?いくらなんでもあの大群をひとりじゃあ無理だって!?わたしも加勢を――――)


 痛む体に力を入れて、戦場に飛び込もうとしていた。



「はいはい、めんどいから自分からくるですよ~♪ここにおいしいエサがあるですよ~♪」



 のんきな声で少女は星の獣たちを歌うように煽る。

 余裕そうだ。加勢いる?


(――――必要なさそう…………にしても、あの子すごい…………!)


 眼下の怪物の大群は早くも半分を割った。驚異の処理速度である。

 なぜか?それは『星獣』たちが本能のままに率先して襲うからだ。

『星獣』たちにはおいしそうな≪アストラル光エサ≫しか見えていない。

 自分たちが食い散らかされても襲うのを

 その身に宿した本能がそれを許さない。


 喰らい、取り込み、存在の『格』を高めろと。


 そのことを少女が分かっているから≪アストラル光≫を垂れ流しにしている。

 たびたび『』するのは面倒くさいから「この機に一掃するです!」と考えていた。

 ちなみに、死にかけの男は少女の登場のおかげで怪物からは見向きもされていない。


(でも、あの子どこからきたんだろう?あれだけ目立つ子なら【】で噂になるはずだし、【】も黙ってはいないはず…………はっ!もしかして――――)


 マキナが少女の正体に気付き――――


(――――もしかしてあの子も【境界崩壊】に巻き込まれた!?あの廃都市をねぐらにしてた浮浪児なのかな!それなら、あの格好も協会で見たことないのも説明できる!あんなすごい子が浮浪児だなんて…………!絶対に保護しないと!)


 ――――はしなかった。というか浮浪児認定してしまう。

 いろいろおかしな点やセリフがあったのだが、彼女は少々思いこみが激しかった。

 まあ、もうが荒唐無稽すぎて考えから除外しただけだが。

 そんな事を考えてる間に、巨人に動きがあった。


(あっ、逃げた)


〈ヴォオオオオオオオオオオオォ!!!〉



 巨人は知性が本能に勝り、逃走を開始した。

 マキナが最初に見た個体と同じなりふり構わないみっともない逃げだ。

 進路にいる同胞を踏みつぶし、地を鳴らし、廃ビルに遮られ、視界から消えていった。



「そんなにお前はぜーったいに逃がさないですよ――――」



 少女は片手で『星獣』を捌きながら、もう片方の手を引き絞り星光を集める。

 その動きは見覚えがあった。マキナが出会った巨人も似た動きをしていたから。

 ただし、凝縮される『極光』は巨人の比ではない。


 少女が見つめる先は廃ビル――――ではなく、その先にいるであろう巨人。


「だいたいこのへんですねー」


 引き絞った拳が――――解き放たれた。


 膨大な極光と閃光と轟音が一帯に満ちて、マキナがは目を開けていられなくなる。

 なにかが破壊されていく音を聞きながら、彼女が目を開けた先に見たものは――――



「……………………う、そぉ」



 ひらけた視界。

 さっきまで密集した廃ビルがあった場所には

 その破壊が通った道ははるか先まで続き、その進路にいたと思われる巨人は跡形もなく蒸発していた。



「うっし。『粗大ごみ』も処理しましたし、残りもさっさと片付けますか。~♪」



 その宣言通り、怪物の群れはしばらくして一体残らず殲滅される。

 マキナはその光景に乾いた笑いしかでなかった。


 ▼



「うーん?もういなそうですよねー。じゃあ――――」



 少女は討ち漏らしがないか確認して、きびすを返しどこかに行こうとしていた。

 それに慌てたマキナは引き留めようと巨人によって吹き飛ばされたビルから飛び降りる。自己治癒力の高い『稀人マレビト』の体のおかげである程度動けるようになっていた。


 だが、飛び降りて気づく――――あっ、敵対されたらどうしよう、と。

 あれだけの強大な力を持っているのだ。自分なんてワンパンなんじゃあ?、と。


(やばい!はやまった!)


 もう自由落下がはじまった体は止まれはしない。

 ダンッと大きな音を立てて着地をする。

 そ~っと少女を見ると――――マキナのほうを見ていた。



「まだいたのです?はぁ~、めんどくさ――――い…………?」



 気怠そうにしていた少女はぼやき。そして、目を開いて固まる。

 それはまるで信じられないものを見るような目だった。


 こんな所にいるはずがない、というような。そんな目だった。


 凝視されてマキナは居心地わるそうにする。

 なんでそんな目で見られるのか分からない彼女は、とりあえず敵意がないことを表そうとした。


「え~~と…………?こんにちは?きみって――――うわぉう!?」


 少女は、またたく間にマキナの目の前に来ていた。

『稀人』の動体視力でもギリギリでしか捉えられない速度で。

 かなり離れた位置にいたのに、いまでは目と鼻の先。

 ツノが当たりそうな先までせまっていた。

 頭ひとつ分くらい背が低い少女に見上げられる。

 いまもなお、またたきもせず凝視していた。



「あ~……わたしは満咲マサキマキナっていうだけど…………君の名前は?」


「マ……サキ…………マキナ?…………ヒ、ト…………人間?」


「なんで疑問形なの!?人だよ、まごうことなき人間だよ!他になにに見えるっていうんだ、よ?えっ――――きみ、だいじょうぶ?」



 マキナは驚いた。

 いきなり目の前の少女が、その深紅の目から――――



「え……………………?あれ…………?うっ……あれ、あれ?」



 ぽろぽろと涙をこぼしたのだから。



「あぁ……あ゛あ゛あ゛ぁ……わ゛あ゛ああああああぁぁぁっ」



 ぬぐう仕草をするが、それでも止まらず。決壊した。



「い゛ぎ……ひっく……でだ。ま゛も゛……うっ、ひっく……だ」



 涙と嗚咽でなにを言っているかマキナには分からなかった。

 分からないが――――



「きみ、英雄みたいにカッコいいのに泣き虫さんなんだね~。よしよし」



 顔をおさえて泣く少女をやさしく抱きしめた。

 こうやって誰かを慰めるのは以来だな……と思いながら。


 少女は涙を流し続けた。

 長い時で感じていた不安を押し流すように。

 自分たちは役目を果たせていたのだと安心するように。

 マキナには分からなかったが、少女はたしかにこう言った。



 生きてた、守れていた、と。



 どれだけ強くなっても。

 どれだけ姿が変わっても。

 どれだけ長い時を生きていたとしても。


 ずっと――――


 はるか遠くに離れた故郷を想っていた。

 自分たちは守り通したのか気になっていた。

 未来は繋がっているのだと願い祈っていた。


 その答えは示された――――生きた人間がいたのだ。


 その事実に安心して、イクサバ・アスラは泣き疲れて眠るまで、ずっと

 マサキ・マキナの元で、声をあげて涙を流し続けた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 すみません!タイトルを少し変えました!

 昨日、他サイトで『ロスト・フォークロア』を投稿したら、間違って

『イクサバ・アスラ』のほうに投稿してしまったので、紛らわしくて似たタイトルを変更することにしました。

 変わったのはタイトルだけなので、今後も『イクサバ・アスラ』をよろしくお願いいたします。


 明日は休みなのでできれば『イクサバ・アスラ』更新したいですねー。

(出来るとは言っていない)※予防線。

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