第6話 響け戦歌、唸れ豪拳。『英雄』はここに在り


 ▼


『マサキ・マキナが見下ろす先にいたのは、命の灯火が消えかけた男、それを守る人形の騎士、そして――――往来すべてを埋め尽くす『星獣』の大群でした』

 

『そこで兄のように慕う人物の言葉が思い返されます』


『「お前は『稀人マレビト』だが物語の英雄じゃない」――――その通りでした』


『どれだけ強靭な体を持っていても。どれだけの『星光』を体に秘めていても』


『それには限界がある。彼女にすべてを相手取るだけの力はありません』


『どんな敵にも負けず。どんな人でも見捨てず。どんな苦境も撥ね退ける。そんな英雄なんて物語フィクションだけのこと』


『幼き頃にあこがれた主人公なんか現実にはいない』


『やがて悲劇にいたる物語に救いなんかない』


『すべてを救い、すべてを解決する。そんな都合のいい存在えいゆうなんてなれはしない』


『それでも――――』


『彼女は諦めることは出来ませんでした』



 ▼



 視界を埋め尽くすほどの『星獣の群れ』。

 その全てはカテゴリー3以下だが数が尋常ではない。

 それは、いまもなお数が増えている。


 『星獣』たちが騎士人形に群がる理由。

 それは――――『パペット』に込められた大量の≪アストラル光≫にある。

 実は、マキナは『稀人』の中でも上から数えたほうがいいほど≪アストラル光≫の保有量を誇っている。

 そんな彼女が半分の力を込めたを騎士人形は、生物由来の≪アストラル光≫を糧に成長する『星獣』たちにとって垂涎のご馳走だった。



「力を籠めすぎたのが裏目に出た…………ッ」



 異界の脅威度が低ければなにも問題はなかった。

 少し脅威度が高くても、撥ね退けるくらいの力はあるからそれも問題はない。

 しかし、最大脅威カテゴリー5など想定していなかった。

 

 危険を遠ざけるための護衛が、逆に危険を呼び込んでいた。

 いまはまだ捌き切れているがそれも時間の問題だろう。

 数の暴力に削り取られていく未来しか見えない。

 騎士人形の片足が欠けているのがその証拠だ。

 あれでは逃げることも出来ない。


 そう思いながら男の方に目を移す。

 かなり遠くに離れているが、『稀人』の超人的な視力が倒れている男の胸が上下しているのが見えた。――――呼吸をしている。


「まだ生きてる!?助けないと――――」


 ――――助けてどうするの?


 冷静な思考じぶんが問いかける。


「ッ!?」


 ――――助けたってどうせすぐ死んじゃうよ?危険を冒す価値がにある?


 続けて問いかける。

 助けてもすぐにで命を落とすから無意味じゃないか、と。

 男が死にかけなのは自業自得。自分の身を脅かしてまで助ける価値はない、と。


 ――――いくら『稀人わたし』でもあの中に飛び込むのは無理だってわかってるよね?馬鹿じゃない?

 

 あの中に行くなんて自殺行為だ。

 そう思考じぶんが問いかけてくる。


(すぐ死んじゃうかもしれないッ。危険を冒すなんて馬鹿だと分かっているッ)

「それでもッ――――!」


 ――――【ああぁ――――カンナごめん。だめなとうさんで…………】

 思い返される男の言葉。

 残される誰かを想う言葉。

 不甲斐ない自分に後悔する言葉。


 それが彼女の深くにあるにに触れた。

 誰かを大切に想うことも。

 残される誰かの気持ちも。

 

 



「最期の時くらいは大切な人に会わせてあげたいんだよッ!」



 助けたい理由。――――それは、わがまま。

 最期は大切な人に看取ってもらい、看取らせてあげたい。

 それはなのだから。

 

 決断したマキナは建物の上を駆けて騒動の中心に向かう。

 ギリギリまで≪アストラル光≫の出力を抑え、『星獣』に気づかれないように。

 

 ――――あーあ。


 冷静な思考じぶんが呆れたような声を出した気がした。

 だが、そんなのは気にするもんか!とさらに足を速めていく。

 あっという間に丁字路の近くまで来た。


 建物の上から見る景色。

 そこには護衛対象を必死に守るため奮闘する騎士の姿。

 飛び掛かる『星獣』に応戦しているが緋色の鎧は傷だらけ、ところどころ欠落している。限界は間近だった。


(急がないとッ!)


 マキナがやろうとしてる事は、騒動の中心まで跳んで『操り糸』で男を回収、そして即時離脱。戦闘を極力回避する方向で考えていた。

 身軽に動くため『パペット』はこの場に残して。

 これならば、『星獣』の大群を相手にしなくて済む。これが危険が一番少ない。


 そう――――


 彼女が異変に気付いたのは建物の上から飛び出したあと。

 なにかがなにかを壊しながら、こちらに向かう破壊音を空中で聞いた。

 その音はどんどん近づき――廃ビルを破壊して星の鉱石が生えた巨人が現れた。


「なッ!?」


 その巨人はマキナが遭遇したものとは違う別の個体。

 現れた場所は騎士人形と男がいる真横のビルから。

 そして――――



 そこは空中に飛び出したマキナの真正面だった。



 危険を感じてゆるやかになる時間。

 宙に飛び出した彼女と巨躯を持つ怪物の交差する視線。

 振りかぶる巨大な拳。とっさに取る防御姿勢。


 巨人の振りかぶった拳が――――振り抜かれた。



「がぁッッ!?!?!?」



 その巨体から繰り出される破壊力は凄まじく。

 彼女は反対方向に猛烈な速さで吹き飛び、離れた場所にある建物中層の壁を壊してなかを勢いつけて転がっていく。

 なかの壁も何枚か壊し、何度もバウンドしながらようやく止まった。

 倒れた彼女は身じろぎもせず、それはまるで事切れているよう――――



「――――ぐぅぅぅ…………ぐっ、ごほっ、ごほっ!!!」



 ――――だが、『稀人』の強靭な肉体のおかげで助かっていた。

 何度か肺の中の空気を吐き出したあと、激痛が走りよろける体、力の入らない震える足を気力で動かしながら飛び込んだときに破壊した壁まで向かう。


 外から連続した激しい戦闘音が聞こえる。

 あの巨人と騎士人形が戦っているのだろう。

 だが――――突然その音は消えた。

 破壊した壁までたどり着いたマキナが目にしたものは。


 戦闘に負け四肢をなくした騎士人形が巨人の口に放り込まれているところだった。


 硬いものを砕く咀嚼音が往来に響く。

 もう男を守るものはいない。巨人はその男に興味はなかったが、

 脅威度の低い『星獣』がゆっくりした歩みで男に迫る。

 それは、別に食べなくてもいいがそこに落ちてるから食べておこうか、という感じであった。


(やめてッ!?)

「ぁ……ぇ……!?」


 彼女はダメージが抜けない体のせいで声が出ない。

 体を動かそうにも力が入らない。

 ≪アストラル光≫を出そうにもうまくいかない。



 いまの彼女は無力だった。



 バンの言葉が思い返される。――――お前は稀人だが物語の英雄じゃない、と。

 冷静な思考じぶんがマキナの行動を責める。



 ――――ほら、こうなった。どんな敵にも負けず。どんな人でも見捨てず。どんな苦境も撥ね退ける。そんな英雄なんて物語フィクションの中だけだよ。


(そんなことはわかっていた…………)


 ――――ちいさい頃にあこがれた、なんでも解決する主人公なんか現実にはいない。


(言われなくてもわかってる…………)


 ――――この悲劇しかない物語げんじつに救いなんかないんだ。


 (わかってるよッ!)


 ――――すべてを救い、すべてを解決する。そんな都合のいい存在えいゆうなんてなれるわけないじゃん。


 (わかってるけどッ…………それでもッ!)


 ――――それでも?



(諦めたくなんかないよッ!)



 マキナがやってきた行動は無駄だったのか?

 男を救うために自らの力半分と戦力の一部を分けたことも。

 死はまぬがれないと分かっていて探したことも。

 怪物に囲まれた男を救うために飛び出したことも。

 すべては無駄だったのだろうか?


 その答えに言えることはひとつだけ――――



 マキナの行動が無ければ『イクサバ・アスラ』は間に合わなかった。



 往来に、異界に、歌が響く――――戦場いくさばの歌が。



「ぁ……ぃ?ぅ……ぁ?」


 なに?歌?と声にならない声で呟く。

 澄んだ歌声が聞こえた瞬間、あれだけ騒がしかった往来が静かになる。

 殺気立っていた異形の獣たちは息をひそめ、知性のある巨人は恐怖で震えていた。

 怪物たちはすべて一方向を向き、そこには――――




「~♪――――って、あの。またこんなに増やしたのですか?いい加減あきらめを覚えてほしいです。片付けるほうの身になってほしいです。はぁ~――――~~♪」




 原型が分からないほどすり切れた襤褸ぼろにフードを被った少女が、ぼやき、めんどくさそうに、歌いながら歩いてきた。



 それは大昔の歌。百年ほど前の軍歌。

 戦う者すべてに高揚をうながす戦場の歌。

【七つの災厄】に立ち向かった英雄たちが好んだ歌。

 そして――――



 異界の怪物たちに殲滅を告げる闘いの歌。



 歌を響かせるほどに見えない圧力がふくれあがっていく。

 迫る圧迫感に耐えきれなくなった異形の獣たちが一斉に少女に飛び掛かった。


 その時、マキナは見た。


 十二歳くらいの小柄な少女が虫でも払うかのように、その拳で獣たちを原型も残らず瞬く間に弾いたのを。そして聞いた。音の壁を越えた空気の破裂音を。


 すさまじい拳圧に風が巻き起こりフードがめくれた。

 その下には――――



 混じりけない真っ白な長く綺麗な髪が流れ出る。

 それはおそろしく長く、地面に広がるほど。

 まるでかのよう。

 日の下にさらされた肌は赤銅色。やる気のない深紅の目。

 その容姿は幼くとも見惚れるほどで、現世離れした雰囲気を出していた。

 獣を消し飛ばしたままかかげた腕は、その威力から想像できないほど細い。

 さらに額には――――


(ツノ?)


 異界の空と同じ『極光に輝く宝石のような二本の角』がそこにはあった。



「~♪――――それじゃあ、おそうじ開始です」



 歌う少女の体から膨大な『極光にかがやく星光』が立ち昇り異界を照らす。

 その極光にかがやく姿にマキナは目を離せなかった。

 殲滅を宣言した少女は、怪物たちのなかに踊りでて――――

 


 それはまるで物語出てくる、幼き頃にあこがれた主人公のようだった。


 どれだけ敵がいようとも。

 どれだけの苦境であろうとも。

 すべてを解決し、すべてを救う。

 悲劇をくつがえすだけの圧倒的な希望のひかり。


 絶望にしずむ心を戦歌が晴らし。

 せまる脅威を唸る豪拳でふきとばす。


 後世にこの出来事を語るものがいたらこう言うだろう――――



 人界の守護者――――『英雄』はここに在り、と。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 ようやく主人公登場です!


 第五話『お前は物語の英雄じゃない』

 ↓

 第六話『英雄はここに在り』


 この流れをやりたかった

 これからもアスラが活躍する物語よろしくお願いします。

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