第5話 お前は物語の英雄じゃない
衝撃的な光景だった。
脅威に感じていた怪物がさらなる脅威に襲われた。
怪物の抵抗など無意味で、なす
その一方的な蹂躙にマキナはある呼び名が思い浮かぶ。
それは『星幽界の王』。
それぞれの『
『星獣』たちの闘争の果て、屠った相手を糧に成長した怪物たちの頂点。
怪物を生み出す『女王』と双璧をなす異界の支配者。
今回あらわれたのは
マキナが過去に討伐した『星幽界の王』とは次元の違う存在感だった。
見えたのは腕から先だけだが、それだけで体が恐怖で
あまりの衝撃に直前に聞こえた歌の存在を忘れるほどに。
そんな恐ろしいものを見たマキナの感想は――――
「――――カテゴリー5、やばぁ…………」
――――だった。
『団長ッ!!!
「ひゃっ!?ちょっ!いきなり大声はやめてよ!びっくるするじゃん!」
『団長さん、いきなりじゃないっす。ずっと呼びかけてたっす』
「え……そうなの?」
『そうだッ!だから、さっさと移動してくれ!『王』に補足される前に!』
「ごめん!すぐ動きます!」
マキナは『パペット』に通信マテリアを持たせ、跳躍して近くの建物に跳びうつり、駆けあがる。
遮蔽物の多い地上では見たばかりの『王』に対応できないと判断したからだ。
屋上に到達し、広がる風景。
ここで『王』の姿を確認しないといけない、と彼女は思った。
あれだけの脅威だ。外に報告する際、詳細に答えれたほうがいいだろう。
勇気を振り絞り、おそるおそる『王』がいた方向に目を向ける。
そこには――――
「――――いない?」
無人の崩壊した都市。
ところどころに生える『無機アストラル・マテリア』
極光に輝く異界の空。
それだけだった。
巨人を掴めるほどの大きな存在はどこにも見えなかった。
なにかが暴れた破壊跡はあるが、他にはなにもない。
『星幽界の王』は姿を確認する前にこつ然と消えうせていた、
「あれだけ大きな怪物が隠れそうな場所もない。いったいどこへ…………?」
『団長さんそこから九時方向に出口があるっす』
「ああ、うん。わかった…………」
後ろ髪を引かれる思いを抱きながらマキナはその場を後にする。
だから、聞き逃した。
もうすこしその場にとどまっていれば拾えてた小さなつぶやきを。
巨人が引きずり込まれた穴から聞こえる少女の声を。
そのつぶやきは――――
「あきらめが悪いですね…………また、こんなに育てて」
――――とボヤいていた。
▼
建物から建物へ跳び移りながら出口に向かう道中。
マキナは気になった事をツヅルに尋ねた。
「なんか『
『そうっすね。さっきの『王』の出現から感知に反応がしぱなっしすよ。どこに隠れていたのか、カテゴリー3以下の『星獣』がワラワラ出てきてるっす』
『カテゴリー4以上もいるんだろうな……まさに地獄だな、
『資源世界』――――それは『星幽界』だけで採れるインフラに必要な『アストラル・マテリア』や、たまに見つかる『アーティファクト』を産出するために残されている世界だ。
『星幽界』は『王』と『女王』を失えば崩壊する。
だから、『資源世界』は脅威になる『王』だけ排除して『女王』を残し世界を存続させる。主に選ばれるのは脅威度の低い『星幽界』だけ。脅威度が高いと管理できないからだ。
「そういえば、外はいまどうなってるの?カテゴリー5の【境界崩壊】が起こって騒ぎになってる?」
『聞きたいか?』
「あっ(察し)、やめとく。その言葉だけでヤバくなってるの理解したから――――【
『そのまま通ったら確実に捕まるっすね。――――だから、こっちで逃がす算段を整えてるっす。今あそこは、なんとか事態を収拾しようと浮足立ってるから、つけ入る隙があるっす』
そんな頼もしい仲間の言葉に安心して、もうひとりの仲間の言葉に不安になる。
『ちなみに、団長どのクラスの『
「ちょっ!?なにやってくれてんのッ!?誤魔化すにしても他に言いようがあったでしょ!?いままで築き上げたカッコいいイメージが崩れるじゃん!!」
『連絡くれたヤツ「そうですか……またですか……こんな非常事態にッ!マキナさんには拾い食いはほどほどにしろって伝えてください!」って言ってたな』
「納得しちゃった!?わたし異界で拾い食いなんて――――そんなにしてないよ!」
『やってんじゃねーか。――――まあ、団長どののイメージはどうでもいいとして、脱出の件なんだが』
「よくないんだけど……誤解といてくれないと変なあだ名つけられちゃうよ……」
『どうでもいいとして、実は出口なんだが――――』
バンはマキナの訴えを無視して出口がある場所を伝える。
そこは翼でも持ってないといけない場所だが、『稀人』である彼女なら行ける場所でもある。
だから、彼女が脱出する分には問題はない。――――そう彼女は。
この世界に来たのは彼女だけではない、もう一人いる。
いまの状況を作り出した元凶――――【境界崩壊】を引き起こした男だ。
その男に脱出手段はない。
自業自得と言えばそれまでだが、マキナはどこかで男が出口を見つけて脱出してくれることを願っていた。
たしかに迷惑をかけられたが、人の不幸を願うほど、無関心でいられるほど、彼女は無情ではない。
それに男の残される誰かを想う言葉が耳に残っている。それが彼女の過去を刺激して、より一層たすかってほしいと願っていた。
しかし、場所を聞いた今ではその可能性は絶対にないことが分かってしまう。
だから、マキナは男を探して一緒に脱出することを提案した。
それに対する答えは――――
『駄目だ。危険すぎる』
「なんで!?おじさんは『
『団長どの――――』
「騎士人形に守らせてるからしばらくはもつよ!
『――――マキナ。分かってるだろ。手遅れだ』
「ッ!?」
バンは幼子を諭すように告げる。
もう助からない、と。
『異界の毒』は『常人』に耐えられるものじゃないと。
『それに、
現実を叩きつけられる厳しい言葉にマキナは涙を浮かべる。
「――――バン兄さん。わたしには誰も救えないのかな…………」
その言葉には無力感が籠っていた。
彼女の手はいままで取りこぼしてきたものが多すぎたから。
何年たってもいまだ癒えない心の傷が開こうとしていた。
『マキ――――』
『噂をすれば団長さんの騎士人形の反応があったすよ。そこから東で『星獣』の群れに囲まれてるっすね』
「ッ!?」
『おまッ、馬鹿ッ!?いまそんな話したら――――』
飛び出すぞ!?と言い切る前にマキナは駆け出していた。
それは通信マテリアを振り切るほどの凄まじい速さ。
連れていけば止められると分かっているからだ。
(ごめんッ!すぐおじさんを回収して戻るからッ!)
心の中で謝りつつ、遠くから聞こえる喧騒に向けて全速で駆ける。
建物の間を抜け。
壁を蹴って方向を変え。
『操り糸』を伸ばして壁の突出部を掴む。
三次元の機動で速度を落とさずに『パペット』をともない現場へ。
迅速に向かったその場所には――――
「うそでしょ…………」
道幅の広い丁字路の真ん中。
建物を背に、『星獣』たちを迎撃する片足が欠けた騎士人形。
その背後に生きているのか分からない、倒れた護衛対象である中年の男。
そして――――
往来すべてを埋め尽くし、エサに群がる星鉱石に覆われた怪物の大群。
『稀人』の力をもってしても圧倒的で絶望的な光景だった。
彼女の脳裏に兄のような人の言葉が浮かぶ
――――お前は『稀人』だが物語の英雄じゃない。すべては救えないんだ。
この悲劇にいたる物語に『英雄』はいまだ不在だった。
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