第5話 美春お姉さんは意外なことに、飴と鞭の使い分けが上手

シーン5 寝室(朝)


(SE:携帯のアラーム音が数回鳴った後、止まる)

(布団の上から、美春お姉さんの声)

「おーにーいーさーん」

「聞こえてるでしょー? おーい」

(SE:布団が勢いよく捲られる音)

(左耳に、美春お姉さんの囁く声)

「……はーい、おはよう」

「ふっふっふー。昼間だけど、美春お姉さんは動けるんですね~」

「ほらほらー、起きないと遅刻しちゃうぞー」

「ヨーグルトとコーンフレーク、冷蔵庫から出しといたよ」

「お礼はいいから早く食べちゃいな~」

(SE:食器と食器が触れ合う音)

「浮かない顔してるな~」

「昨日の今日だから行きたくない、休みたい」

「って思ってるでしょ?」

「あったり~」

「君って結構顔に出るタイプだからね~」

「あのね、もし上手く話せなかったとしても大丈夫」

「君にはまだまだ伸びしろがあるってことなんだから」

「またそのバカ上司に怒られたら、あたしが一緒に怒ってあげるからさ!」

「無理?」

「……じゃあ、そうだなー」

「嫌なこととかどうでもよくなっちゃうぐらい、すごいことしてあげようかなー」

「え? 何かって?」

「ふふふ……」

(左耳に囁く)

「ひ・み・つ」

「お仕事頑張ったら、教えてあげる!」

「世の中、楽しいことばっかりじゃないからねー」

「大変なことがあるから、楽しいことが楽しく感じられるの」

「だから、頑張って行ってきなさい!」

「おっ、立ち上がったな。かっこいいぞ!」

(SE:靴を履く音)

「あっ、そうだ」

「もう一個大事なアドバイス」

(左耳に囁く)

「……取引先の相手は誰だろうとかぼちゃだと思って話すこと!」

「それぐらいで? って思ってるでしょー?」

「でも、これがかなーり効くんだな。人前で話すとき」

「試してみ」

「さっ、いってらっしゃーい」

(SE:ドアが閉まる音)


 シーン6 玄関先

(SE:ドアが開く音)

(遠くから聞こえてくる声)「おかえりー!」

(美春お姉さん、ものすごい勢いで駆け付け、あっという間に主人公の目の前)

「どうだった!? 大丈夫だった!?」

「……マジ!? 上手く喋れて、商談成立!?」

(美春お姉さん、主人公の周りの空中で踊りまわる)

「すごいじゃーん!」

「やったやったー!」

「言った通りでしょー! 君はできる子だって信じてたぞー!」

「あたしが直属の上司だったら映画化してたわ、絶対……」

「もう、涙止まら……ん?」

「……え? 嫌なことどうでもよくなっちゃうぐらいのすごいこと……?」

「……あー、あれね」

「そうねえ、約束したもんね」

「守らなくっちゃいけないわよね」

(しっとしりた声で)「……わかった。教えてあげる」

「だから、目閉じて」

「本当は目、開けてたりしない? 開けてたら、許さない」

「なーんてね、嘘よ」

「でも、目閉じてた方がいいわ」

「その方が雰囲気、出るもの……」

(右耳に囁く)「君の唇、ルージュ塗ったみたいに真っ赤なのね。綺麗」

「……んっ」

(SE:リップ音)

「……ひんやりした? ごめんね」

(SE:腰が抜けた主人公が、尻餅をつく音)

「やだ、腰抜けちゃったの?」

「……もう、そういうとこかわいいよね」

「ほら、立てる?」

「うん、大丈夫ね」

「へーえ、キスされたの初めてだったんだ?」

「……ねえ、もう一回抱きしめてもいい?」

(SE:抱き合った際の衣擦れ音)

「……うん、ありがと」

(切なげに呟く)「君ってあったかーい。当たり前か」

「あたしと違って、生きてるんだものね」

「……あたしも生きてたら、体温とか心拍音とか君に伝わったのかなあ」

「……そうだったら、良かったな」

「そんなことない、ダメよ。今のあたしとずっと抱き合ってたら君が冷えちゃうでしょ」

「あたしだって、君をあっためたいし」

「どうして幽霊には温もりがないのかな……」

(美春お姉さん、離れる)

「……ごめんね。しんみりさせちゃった」

「よーし、ご飯にしよっ!」

「今日なんか買ってきた? それとも自炊?」

「えっ、牛丼!?」

「わ~、見たい見たい!」

「ほら、冷めないうちに食べよっ!」

「あはは、あたしが食べるわけじゃないけど!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る