第4話 思いっきり泣いたら、美春お姉さんと月を見上げる

シーン4 玄関


(SE:玄関を開ける音)

(SE:美春お姉さんが現われる浮遊音)

「おかえりなさーい!」

「君が帰ってくるまでひまでひまでしょーがな……。大丈夫!?」

「な、何でそんなぐったりなの!?」

「具合悪いの!?」

(SE:柔らかい布越しに膝をつく音)

(疲れ果てた主人公、膝から崩れ落ちてしまう)

「熱は!? どっか苦しかったり……」

「……そう。仕事で失敗して、怒られたの……」

「それはそれは、可哀そうに…」

(主人公、美春お姉さんの腕の中で泣く)

「よしよし……」

(美春お姉さんの声、主人公の左耳に優しく響く)

「何があったかわかんないけど、今日一日大変だったのね」

「頑張ったね」

(美春お姉さん、主人公の頭を優しく撫で続ける)

「落ち着いた?」

「びっくりしちゃったよ。倒れちゃいそうな状態で帰ってくるんだもん」

「ううん、いいのいいの」

「そーんな風に考えない。大人だろうと、男だろうと女だろうと悲しいときは涙が出るものなんだよ」

「そういうときは我慢してないで、泣いちゃえばいいの」

「思い切って泣いちゃえば、かなりすっきりするでしょ?」

「さっきの君、『泣いて全部吐き出さないと死んじゃいそうな顔』してたからね」

「わかるよー。これでも一応、社会人経験としてあたしの方が上なんだから!」

「今はもう働いてないけどさ! わっはっはー!」

(主人公、笑う)

「お~、笑えるぐらい、元気出てきたな?」

「ねえねえ、あとで外へ行ってみない?」

「あたしもね、地縛霊だけどちょっとぐらいなら外に出られるから」

「夜のお散歩って、静かで落ち着くのよ」

(主人公、頷く)

「オッケー、良いお返事!」

「でも、まずはご飯ね」

「えー、そうなの? でも、何か食べないとますます元気出ないよ」

「少しでもいいから何か食べてからにしなって。ね?」

「そうだ。あたしが食べさせてあげようか?」

「……そう? 自分で食べられる?」

「それは偉い!」

「褒めすぎー? そんなことないと思うけどなあ……」


 シーン5 外

(SE:玄関の鍵を閉める音)

(SE:魔法がかかったときのような、シャリーン!という感じの音)

(美春お姉さん、閉まった玄関ドアからすり抜けてくる)

「えへへー、便利でしょ。こういうとき」

「鍵閉め、オッケー?」

「ではでは、しゅっぱーつ!」

(SE:階段を降りる足音)

「……すー、はーっ」

「やっぱり、外の空気はいいねー」

「呼吸ねー、確かに必要ないんだけど」

「外に出たら一旦深呼吸しちゃうの、生きてたときからのクセなのよねー」

「君もしてみるといいよ」

「新しい空気が自分の中に取り込まれるみたいで、気分良くなるはず」

(主人公、深呼吸)

「でしょ?」

(SE:静寂の中に響くゆっくりとした足音)

「それで、今日は何があったの?」

(主人公、美春お姉さんに語り始める)

「うん、うん」

「取引先の人との商談で、説明が上手くできなかった。で、取り引きが失敗して、ほうほう」

「……えっ、一緒に営業行った上司から一時間みっちり怒られた!? 昼休み返上で!?」

「何よそれー!? ただのパワハラじゃない!」

「いや、売り上げに響くからって……。それはそうかもしれないけど……」

「でも、君は4月から入ったばっかりでしょ! 最初は何事も上手くできなくて当然だし」

「それに、上手くできなかったら、今度は出来るように指導していくのが上司の仕事じゃないの」

「そうじゃなくて、怒るだけなんてありえないよ〜」

「あーもー、聞いてるだけのあたしでもむかつくー!」

「君、よくキレなかったねー。あたしだったら、グーで殴ってたかも」

(主人公、ちょっと引く)

「なーんて、冗談よ」

「けど呪ってやりたいわ、そいつのこと!」

「あたしにはそんな力ないけどさ!」

「……でも、そんなことあったら泣きたくもなるよね」

「そうねー。全く、世の中理不尽なことばっかりで嫌になっちゃうわね」

「……本当? だいぶすっきりしたなら良かったー!」

「聴くだけしかできないけど、愚痴でも何でもこれからもお姉さんが聴いてあげるからね!」

(SE:微かに軽やかになった靴音)

「……あ、見てよ、上」

「お月様、まん丸ー!」

(美春お姉さん、左耳あたりで独り言のように囁く)

「月、綺麗ねえ……」

「あ、そういう意味じゃないからね!?」

(主人公、夏目漱石の「月が綺麗」を知らず、首をかしげる)

「だ、だから、『月が綺麗』っていうのは変な意味じゃなくて、ほんとただ単純に月が綺麗だなーって感想述べただけで……」

「え? もしかして、知らないの?」

「な、なーんだ、知らなかったのね。……ほっ。なら、いっか。うん」

「あー、良かった。君が文学疎くて!」

「バカにしてませーん。世の中知らなくていいこともあるってことです~!」

(美春お姉さんの笑い声とともに、フェードアウト)

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