ドアの向こうに

 これまでいくつかの実際に体験したり聞いたりしたエピソードを書いてきたんですが、思い違いだったり勘違いだったり、その時は怖いと思っても本当はなんだったかを知ったら「なんだー」と怖くないという話を中心に書いてきたと思います。

 中には「一体それはなんだったのか」と不思議に思う話もありますが、実のところ、私自身はどれもいわゆるオカルトだとか心霊だとかとは思ってなかったりします。

 例えば「狐の呼ぶ声」での現象はいきなり知らない場所に出て、たまたま曇ったことが重なったことからくるヒステリー症状なんじゃないかと思いますし、

「深夜の病室に飛び込んできた何か」も、母の手術が不安で不安でたまらなかった妹が見た幻覚なんじゃないか、そう思う部分の方が正直強いです。

 母の見た正夢や予知夢のように思える夢も、今の医学や科学では分からなくても、この先ますます進歩したらいつかは「こういうことだった」と解明できる現象なんじゃないか、そうも思います。


 ただ、そんな風に考える私が、


「これだけは怖かった」


 と思う経験を一度だけしました。今回はそのことを書きたいと思います。


 ということで、今回の話は怖い話です。テーマである「怖そうで怖くない少し怖い」話とは少しはずれるかも知れませんが、なぜかこの話をすると笑われることが多いものでギリギリセーフかなと思って書くことにしました。笑われるけど私は真剣に怖かった経験の話になりますので、怖い話が苦手な方はここから先を読むのはおすすめしません。よろしくお願いいたします。

 

 なお、2つの出来事があったんですが、2回に分けて書きます。どうしてかと言いますと、起こったのは同じ日なんですが、気がついたのが片一方はしばらくしてからです。


 それは中学2年の夏休みのことでした。一般的には「林間学校」とか呼ばれると思うんですが、うちの中学では忘れましたが何か他の呼び方で呼ばれていた行事がありました。夏休みに2年生全員が参加して兵庫県の中部あたりにある「ハチ高原」で確か二泊三日の泊りがけだったと思います。

 

 行きか帰りかちょっと分からなくなってるんですが、ちょうど高校野球の決勝戦で、バスの中でラジオがかかっていて、みんなで興奮して聞いていたことを思い出します。実際に自分が高校生になったら「なんだ高校生ってこんなもんか」と熱が冷めてしまったんですが、中学2年の私は高校生になんとなく憧れがあり、人生の中であの頃だけは高校野球にちょっと興味を持ったりしていた時期でした。


 初日は移動、そして2日目がメインの山登り、3日目が帰宅日だったと思います。冬はスキー場として賑わうハチ高原が夏には中学生の研修の場になるのが定番のようだと、後にインストラクターをしている知人から聞いて知りました。そういう兵庫県の定番コースで夏休みに行ったんですね。


 宿は民宿。1クラスごとに1つずつ別の民宿でした。色々な大きさの部屋があるのでグループの人数も色々で、私は仲が良い友人と4人で一部屋になりました。


 そのうちの一人がですね、本当かどうかは分かりませんが、


「私は霊が見える」


 と言い出して、私たちの部屋に入った途端、


「あそこにもいる、ほら、ここにも。そこにも」


 と、あっちこっちを指差すので非常に気持ちが悪かったです。普段はそんなこと言わないのに、これから泊まる部屋になんでそんなことを言うのかなあ、嫌だなあと思いましたが、そのままにしてました。だって自分には見えないので、そう言われても「そうなのか」と思うしかありませんし。


 2日目の登山が無事終わり、その夜は担任と副担任は本部になっている民宿に他の教師たちと集まって宴会です。宴会とは言いませんでしたが、まあ打ち上げという名の宴会です。

 生徒たちも先生がいないとなったらやりたい放題の放牧状態。中にはあっちこっちの部屋にかくれんぼして走り回る生徒なんかもいて、民宿の人には迷惑だっただろうなあと思います。


 私は部屋の中で布団に寝転って、友人と話をしていました。スキーシーズンだったら6人とか8人で布団を並べるのかも知れませんが、ゆとりを持って布団を敷けたので、真ん中に頭を合わせるようにして2列に、頭を寄せ合って話ができる形に布団を敷いていました。

 そして電気を消して、どんな話をしていたか覚えていませんが、私は一人の友人と頭をつき合わせるように寝そべって、向かい合うようにして話をし、後の2人は部屋の窓際にある椅子が置いてあるようなエリアありますよね、その椅子に座って話をしていたと思います。


 そうしたらかくれんぼだか鬼ごっこだかをする何人かが、部屋に飛び込んできてはまた出ていくを繰り返し、その時にドアが壁にぶつかって、バタンバタンと大きな音を立てるんです。


 部屋の造りは普通の四角い部屋に押し入れがあり、その押し入れ部分が廊下に飛び出したような形です。押し入れがない部分はドアで、ドアを開くと押入れの横の壁ににぶつかって音がしてました。

 普通はフックって言うんですか、そういうのでやわらかくぶつかると思うんですが、元からなかったのか壊れてるのか分かりませんが、とにかくドアがそのまま押入れ部分にぶつかってうるさいんです。


「うるさいなあ、もうドア開けてくるわ」


 いっそドアを開け放したら、あっちこっち走り回ってるやつらもそのまま部屋に入ってくればいいだけですから、音を立てずに済むだろう。そう思ったんです。


 暗い中を布団から立ち上がり、出入り口に行ってドアを外に押して開けようと思ったら、


「あれ、誰かいる?」


 押したらそのまま押入れにぶつかるはずのドアが、真ん中あたりで柔らかい何かをはさんでストップ。その感触から私は「はは~ん」と思ってニヤリと笑いました。


(これはきっとかくれんぼしてる誰かが隠れてるに違いない。ドアぶつけたろ)


 そんな感じでもう一度ドアを手前に引っ張って、そこに立っているだろう誰かに思い切りドアをぶつけました!


「いたっ!」

 

 そういう声がして、場合によったら、


「なにすんねん!」


 ぐらいの声が帰って来るだろうと思ったのに、ドアをぶつけられた誰かは知らん顔。ドアはぶつかった誰かにあたって「ぼわん」とゆっくり戻ってきました。


(あれっ、痛くなかったのかな)


 不思議に思いながらドアを押してみたら、確かにそこに誰かの感触。ちょうど人をドアで押さえた時のような感触そのもの。


(なんで黙ったままおるんや?)


 そう思いながらそのドアを押し続けたんですが、次の瞬間、


「ばたん!」


 いきなりその誰かか何かの感触が消え、ドアが直接押入れの壁に当たる感触がしたんです。


(え?)


 一体何が起こったのか分かりませんでした。さっきまで確かにドアをはさんで手に人のような感触があったのに、一瞬でそれが消えてしまったんですから。


 部屋の構造はさっきも説明したように廊下に押入れ部分が飛び出したような形。そして廊下を向いて左隣の部屋は鏡に映したような形の部屋で、並んだように押入れ部分があり、反対側に入口がある。つまりずっと途中に隠れる場所はない。

 廊下の向かい側はふすまのようになったガラス戸の部屋で、開けるとガタガタととそれなりに音がする。その部屋が2つ並んでて、どっちかが担任、もう片方が副担任の部屋になってました。


 私たちの部屋の右には階段があり、そこを降りると古い台所とトイレ。トイレは近いんですが何しろ古くて怖いので、そこのトイレを使う気にはなりませんでした。そして廊下の突き当りにもやっぱりガラス戸があり、そっちにはもう少し多人数が泊まる部屋が2つ並んでありました。


「誰?」


 怖くなった私はそっとそう聞いてみたんですが、誰も何も答えてくれない。どこにも隠れるところはない。


「誰かいるんですか?」


 思わず丁寧にそう聞いてみたけどやっぱり何も反応がない。


 私は思わずそのまますっとドアを締め、黙って静かに元の布団に戻って頭から布団をかぶってしまいました。


「どうしたん?」


 ドアを開けてくると言って行ったはずの私が、誰かと何かを話した後でドアを締めて戻ってきたので、話をしていた友人が不思議そうにそう聞いてきました。


「電気! 電気つけて! 電気! 電気!」


 私は暗さが怖くてただひたすら「電気をつけて」と繰り返すばかり。友人は不思議に思いながらも立ち上がり、電気のコードを引っ張るんですが、なぜか電気がつかない。


「あれ、おかしいな。電気つけへん。なんで?」

「なんでもええから電気つけてー!」


 と、騒いでいたら何回か繰り返してやっと電気がつきました。


 そして今あったことを説明したもんですから、ちょっとした騒ぎになりました。


 その後、もう怖いので電気をつけたまま、ドアをしめて中で話をしてたんですが、そうしたら誰かがそのドアを、


「きいっ」

 

 と音をさせて半分ほど開けました。


「誰!」


 そう言ってもしーんとして何も言わない。


「うわああああああ!」


 怖くて怖くてもう大号泣してしまいました。


 すると、あっちこっちで暴れていた男子の一人が驚いて部屋に飛び込んで「ごめんなごめんな」と謝ってくれたんですが、しばらく泣き止めませんでした。話を聞いて、ちょっとしたいたずら心でそんなことをしたものの、まさかそんな大号泣されると思わなかったようです。


 2回目のはその子のいたずらでしたが、1回目のはなんだったのか、今でも分かりません。でもあの感触、ちょうど人をはさんだような弾力と、それがいきなり消えて「どんっ」とドアが壁にぶつかった時の感覚は、一生忘れることはないと思います。

 

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