二軒目の家
母が入院していた時、手術をするまでの間の3週間、現実と夢が区別がつかないようなことを色々と口にしていました。その中でも特に記憶に残り、不思議だなと思った話を2つ紹介したいと思います。
ある時、妹と私がケンカになりました。長い間そういう状態を続けていたら、まあそんなこともあります。
できるだけ母を刺激しないように、両方とも抑えてそれでも言い合っていたら、その気配に気がついたのか、母がこんなことを言い出したんです。
「そやからもう一軒の家なんて早計やって言うてたのに。あの坂の途中の家だけでええのに二軒目の家なんか」
どうやら私と妹のケンカの原因が、その二軒目の家にあると思っているようです。
なんのこっちゃと意味が分かりませんでした。後年、私は実家からほど近い今のマンションに住むようになりましたが、その時はまだ家族で実家に住んでいて、もちろん二軒目の家なんて予定も何もない。
そしてそれは私と妹のケンカが収まった後も続きました。母の中ではうちは二軒の家を持っている、それが事実として定着し、それからしばらくはずっとそんなことを言っていました。
かなりよくなって半日だけ家に帰れた時もまだ、もう一軒の家がないという事実に「おかしいなあ」と首を傾げていたぐらいです。
気になってそれはどんな家かとそっと聞いてみたんですが、母が言うには、
「今の坂の途中の家からちょっと下の方にある」
みたいなことでした。
確かに実家は坂の途中に建っています。というか、このあたりの家はどこもほぼ坂の途中に建っている。だから建てるとしたら坂の上か下のどちらかしかないんですが、下の方にあると言う。
以前、今私が住んでいるマンションの場所にはどこかの企業の寮だったか何かの施設だったかが建っていて、そこを売って更地にした後マンションを建てる予定が、周囲の家の大反対にあって建築ができない状態でした。一軒家の壁のあっちこっちに「マンション建設反対」という看板が貼り付けまくられっている。母が「二軒目の家」と言ったのは、まだそういう真っ最中の頃です。
マンションは今でこそ道からも見えますが、メインの道路から一本裏に入った場所なので、そこがどうなってるかも私は全然知りませんでしたし、その調子で本当にマンションが建つのかなぐらいの意識で見ていました。そして、そんな土地に大きい家を建てて住めたらいいだろうな、とそんなことを夢想するぐらいのこと。
そういうことがあったからか、うちのマンションはいわゆる縦長のタワマンみたいに細長い形じゃなく、横に広い造りになってます。その分管理費やらなんやらが高いのだということは、引っ越してから知りましたが、まあそういう形です。
そのマンションがようやく建つことが決まり、実際に建った時に「子どものどちらかが住んでくれたらいいのに」と母がやたらと言っていたんですが、それは病気からもう何年も後のことで、私からすれば実家のすぐそこにそんなことあるはずがないという話でした。
それが、色々あって実際に私が住むことになった時、母はそれはもう大喜びでした。今住んでる家に住むようになった経緯も、今思えば色々と不思議なことの連続だったんですが、それはかなり個人的なことなので語ることはしません。ただ、本当に不思議なご縁でそうなったとだけ。
それはまあ、いい予兆? とでも言っていいのか偶然かは分かりませんが、私がそこに引っ越してほぼ1年で母は亡くなることになりましたので、母が希望していたことを一つでも叶えられて、喜ばせることができて、あれだけ言っていた「二軒目の家」ができて、少しでも親孝行ができたような、そんな気持ちを自分に言い聞かせることはできました。
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