階段校舎の鏡

 前回は小学校のトイレにまつわるちょっと不思議な話を書きましたが、中学、高校と特にそういう話はなく、飛んで大学の時の話です。


 大学は神戸にあったんですが、神戸は坂の町なもので、私が通った学校も小学校から大学まで全部、坂道に沿って校舎が建てられる形なので、隣の校舎とは高さが違うことが結構普通にありました。

 

 例えば、ある校舎の3階と隣の校舎の1階が同じ高さなんてことは普通にある。段違いの校舎を渡り廊下でつないでるのも普通です。


 大学では、そんな段違いに建てられた校舎の一番上に大きな階段教室のある建物がありました。一番上がバスなんかが通る広めの道路に面していて、そこから坂に沿って下に校舎を増やしていったような形になりますか。なのでおそらく、この階段教室のある建物が、一番古いのではないかと思います。


 私のエッセイ集「色んなことが、ふと、気になって、気づけばエッセイ千本目の前」の中に、「ビリー・ジョエル来日で思い出したこと」というタイトルで、


「トイレに入っていたらものすごくうまいストレンジャーの口笛がとおざかっていった」


 という体験を書きましたが、それがその校舎になります。すごく大きな「ドラマなんかに出てくる大学の教室です」みたいな古くて段々の教室なんです。


 そのトイレ、実はこんな話がありました。


「あの階段教室の近くにあるトイレの鏡は絶対に新しくつけてもらえない、つけてもすぐに壊される」


 友人が先輩に聞いたという話で私は伝聞の伝聞になりますので、どの程度本当の話かは分かりません。聞いたのは1年の時で、私が「ストレンジャー」を聞いたのが多分2年だったと思うんですが、もしかしたら3年の可能性もあるのでエッセイでは「2年か3年」と書いています。


 そして鏡を新しくつけない理由ですが、


「あの校舎から飛び降りて亡くなった学生がその鏡に映るから」


 ということでした。


 いかにもそれらしい「学校の怪談」ですよね。


 ですが、私はそんなことすっかり忘れていて、何回もそのトイレに入っていたと思います。それにあの大学で飛び降り自殺があったなんてニュース、聞いたこともありません。なので気にしてなかったんでしょう。


 ただ、そのトイレ、怪談教室じゃなくて階段教室の正確には隣の建物にあるトイレなので、そっちに行くことはあまりなかったんですよ。うちの学部にはあまり関係なくて、他の学部の研究室みたいなのがあったもので。階段教室で授業を受けても、そこより下流に新しく建てられた新しい校舎の新しいトイレを使うことの方が多い。古いトイレより新しくて明るいトイレに行きたいですよね。


 ということで、在学中に多分数えるほどしか使ったことはないと思うんですが、使う時はいつでもそんな話すっかり忘れていて、後でそこに行ったと言った時に、


「え、大丈夫だった? 何も見なかった?」


 みたいに聞かれるもので、どうだったっけということになってました。


 でも鏡、あったように思うんだけどなあ。なぜかと言いますと、手を洗いながら顔を上げたら鏡に顔が映っていたからです。でもあそこには鏡がないと他の人は言う。つけてもすぐに壊されてしまうのだと。


 もしも、本当に鏡がなかったとしたら、あの時私が自分の顔だと思っていたのは一体誰の顔だったのだ? ということになります。


 考えたら怖いですが、ちゃんと鏡があったし、映ってたのも私の顔だったので、多分そんなことはないと思っています。多分、多分ね……

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