立ち上がる死者

 なんとなくそれっぽいタイトルになっていますが、これは私が直接経験した話ではなく、父親から聞いた話になります。そして父親も自分が経験したのではなく、さらに先人から聞いた話です。


 伝聞の伝聞というと嘘っぽい話のようですが、父親が父の父か父の兄か親戚などから聞いた話で実話になります。


 父の実家は愛媛県のある町で、昔は村と呼ばれているような地域です。「平家の隠れ里」などという場所もその近くにあり、結構山の中と言えるでしょう。もうずっと前に山の上にある実家から山裾まで降りてきて、今は私のいとこの息子が本家を継いでいます。いとこの息子と言っても私より年上になり、いとこも父の少し前に亡くなりました。なので、これから先、そこを訪れることはもうないだろうな。


 父の父、祖父が亡くなった時には村の火葬場で火葬にしました。火葬場といっても町にあるような立派な建物ではなく、言い方によったら「アットホーム」と言っていいんでしょうかね、焼き場が一つだけでそこを「ノートルダムのせむし男」とかハリーポッターに出てくる寮の管理人「フィルチ」のような男の人が一人で管理していました。そんな昔ではなくてもう私が高校生になる頃の話ですが、なんだか横溝正史の時代のような感じの建物でした。

 いとこか誰かが「あの男の機嫌を損ねたらきちんと焼いてもらえない」とか言っていて、お酒の差し入れとかしてたみたいなので、本当に時代が違うのかなと思うぐらいの感覚になったのを覚えています。

 

 今ではいなかももうちゃんとした、と言うのも変かも知れませんが、私たちの町にあるような火葬場になっているそうですが、その時にはかろうじてまだそういう火葬場でした。


 ですが、その火葬場ですらいなかの村からするとかなり進化していて、そのもっと前には亡くなった方が出た時には、村の青年団とかそういう方たちで焼いていたそうです。


 山の中にそういう場所があるんでしょうかね、そこに運んで一晩みんなで番をしながら焼くんだそうです。それこそ飲みながらでないとやってられないので、お酒や食べ物を持っていき、ちょっとした宴会状態で焼き上がるのを待ちます。


 ある時、その番をしていた青年たちがこけつまろびつしながら山を駆け下りてきて、


「死んだ人間が立ち上がった!」


 と大騒ぎして大パニック。


 一体何事かと村は大騒ぎになりましたが、それこそ時間はもう深夜、誰も山に戻ろうと言う者はなく、明るくなるのを待って現場を確認しに行くことになりました。


 行ってみると若い衆が飲み食いしていたお酒や食事が散乱し、その真ん中で「座棺ざかん」という丸い桶型の棺桶と死者が倒れてる。もちろん焼き上がってはいません。


 どういうことかと推理して、事実が分かりました。


 当時の棺桶は時代劇などや落語に出てくるような丸い桶でできてました。文字通り「棺桶」ですね。そこに亡くなった方を座らせる形で入れます。中で死者が倒れないように、座った形で布団などで巻いて固くなるまで待っていたそうです。これについてもまた話があるんですが、これはまたいつかその気になりましたら。


 そうして固めて座った形の死者を丸い棺桶に入れて、それを直接焚き火のように火を焚いて火葬にするわけですが、その時に死後硬直で固くなっていた死者が、火であぶられて反り返って棺桶から飛び出したようです。焼き魚なんかでも焼いていると反り返ってきますよね、その原理でやはりタンパク質でできている人間の体が反り返り、勢いよく棺桶のフタを跳ね飛ばして立ち上がったというわけです。


 科学が進歩した今の時代でも、そんなの見たらそりゃ腰抜けたり逃げ出したりしますよ。ましてやもしかしたらまだうちの父親も生まれてないぐらいの時代、もしかしたら大正や明治の頃かも知れない古い時代の話です。びっくりして若い衆は後も見ないで一目散、飛び出した死者と棺桶は火からはずれ、番をする者がないのでいつしか火は消え、そこに朝まで大人しく横たわっていたということ。


 もちろんあらためて亡くなった方は無事火葬にされたわけですが、父の世代にはちょっぴり笑い話として、そういう話が伝わっていたということでした。

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