振り向いたおばあさん
これは私がまだ幼い頃、多分3歳ぐらいの時のエピソードになるかと思います。
うちは両親の両親が早逝しており、私が生まれた時にはもう父方の祖父だけしかこの世に存在はしていませんでした。その代わりと言ってはなんですが、母方の大伯母、母の母の長女が母方一族の親のような存在になって、お正月やお盆、法事の時などには一族数十人がその大伯母の元に集まるような感じです。おかげでお正月にはかなりたくさんのお年玉をもらえたなあ。まあ、その分両親も出していたから大変だったとは思いますが。
大伯母は神戸の花隈というところでかなり名の知られた料亭を経営していて、親族もその料亭を手伝っており、私の母の姉である伯母も大伯母の片腕としてほぼ住み込みでそこで働いていました。近くに母の一番上の姉の家もあり、母の実家のような形で、伯母はそちらと料亭どちらに行き来しており、週末には私たちも伯母の家と大伯母の料亭に行くことも多かったです。
他にもその料亭では、母のいとことか、子どもがなかった大伯母の養女となったやはり母のいとこ、それから私から見たらやはり大伯母なんですが、母の母の妹もそこで一緒に働いていました。
料亭を経営している長女の大伯母は「大きいおばあちゃん」で、末っ子の大伯母は「小さいおばあちゃん」と呼んでいつもかわいがってもらっていたものです。
物心つかない頃からそうしてその料亭に出入りしていたんですが、季節までは覚えてませんが、ある週末のおそらくもう夕方近くだったでしょうか、ある事件が起こります。
まだよちよちに近かった私ですが、そこに行くともう自分のいなかのような感じ、その時も「小さいおばあちゃん」がいる部屋に何も考えずに「こんにちはー」という感じで飛び込みました。
その部屋は電気をつけていなくて薄暗く、でもそこにいる人がどういう人で何をしているかは分かるぐらい。ちょうど「たそがれ時」という感じですかね。
その部屋の中で「小さいおばあちゃん」は鏡台の前に座っていて、入ってきた私に気がつくと、くるりと振り向いて笑顔を見せてくれたんですが、その笑顔を見るなり幼かった私は、
「みぎゃあああああああああああああ!」
と大号泣! その声に驚いた大人たちが駆けつけて、何があったかを知ることになります。
写真でしか見たことがありませんが、「小さいおばあちゃん」は若い頃はすごくきれいな人でした。その時にはもうかなりの高齢だったと思いますが、やはり着物で仕事をして、やっと仕事が終わったので自室に戻って着物も脱ぎ、
「小さいおばあちゃん」はその時すでに総入れ歯、外した入れ歯を手元に置いて、歯のない顔で「にや~っ」と、と当時の私には見えたんでしょうね、笑ってくれて、そこには外した入れ歯まであったもので、まるで妖怪にでも笑われたように恐怖でパニックになって泣き叫んでしまいました
まだ幼い日のことですが、今も私の脳裏にはその時の様子がくっきり残っています。よっぽど怖かったんでしょう、「小さいおばあちゃん」には申し訳ないことをしましたが、いや、本当に怖かったですよ。よく昔話で聞く「二口女」とか、そういうのを見たような感じ。
「小さいおばあちゃん」は私が小学校2年生の時に病気で亡くなってしまいました。その前にはその病気で手術をして喉に穴を開けて小さい四角い金属をつけていて、話す時にはそこを押さえながらでないと空気が漏れて話ができなかったんですが、そんな姿は全く怖くありませんでした。大好きな人の一人でしたから。
でもあの時の光景、今では背景は消えて真っ暗な中、細長い着物用の鏡台に座ってこちらを振り向く歯のない老婆とその横で赤々と浮かび上がる上下一組の歯は、今思い出しても「やっぱりあれは怖いよな」と思ってしまいます。
美貌自慢だった「小さいおばあちゃん」には大変申し訳無いことをしたわけですが、私が叫んだ理由もきっと理解してくれているでしょう。
ごめんね「小さいおばあちゃん」!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます