【公式自主企画】怖そうで怖くない少し怖いカクヨム百物語
小椋夏己
ラジカセから聞こえる声
あれは私が高校生の時でした。高校に入学する時に父の仕事の都合で今の実家に引っ越し、初めて自分の部屋をもらったんです。うれしかった。それまでは団地住みで妹と同じ部屋で並んで寝てましたからね。
部屋にはテレビがなかったので、夜はラジカセをつけて聞きながら寝ていました。タイマーで切れるのでつけっぱなしで寝ても問題ない。一人なので迷惑にならない大きさなら聞きながら寝ても構わない。本の虫だったので眠くなるギリギリまで何か本を読み、眠くなってきたら電気を消し、ラジカセから聞こえてくる音を聞きながら眠りに入る。高校生ならそういうの、普通にやりますよね。
お気に入りのラジオ番組があればそれを聞きながら、それが終わった深夜になったらカセットで音楽や落語を聞きながら寝るのが日課でした。
ある夏の日のこと。その時は桂枝雀師匠の落語をかけて、クスクス笑いながら眠りの入口に入っていくところ。演目が何だったかまでは覚えていませんが、何回聞いても面白い落語は面白いのです。
枝雀師匠の「えー!」とか「そんなあほなー」とか、独特のそんな言い回しを聞きながらウトウトしかけた頃、
「あー◯◯」
突然、なんだか割れたような音で、男の人の声がラジカセから聞こえてきました。
「え、何?」
ラジオをつけてるのなら深夜でも大抵は生番組を放送していたので、誰かスタジオに乱入でもしてきたのかと思いますが、何しろかけてたのはカセットで、内容は落語です。
「聞き間違いか?」
そう思ってもう一度寝ようとしたら、
「あー✕✕」
と、また同じような声が!
なんだか割れていて何を言ってるかまでは分からないけど、一気に背筋が寒くなってかたまってしまった。夏だというのに背筋からぞっと冷えていくような感触。
(聞き間違い、そんなもの聞こえるはずがない)
そう言い聞かせようとするんですが、1回ならまだしも2回も聞き間違える? 寝てしまってたらねぼけてということもありますが、まだ眠りに入るところまではいってません。
隣の部屋には妹が寝てる。一人では怖くて助けてと言いに行こうかと思うんですが、怖くて体が動かない。
(どうしようどうしようどうしよう)
心臓がバクバク言って冷や汗が流れてくる。そんな時、また同じような声が。
「あー◯◯で、ふふふふ、そう今✕✕、えーと」
さっきよりもっと長く、なんだか笑いながらそんなことが聞こえてくる。
これはもう完全に聞き間違いなんてものじゃない。じゃあ一体誰の声? なんでうちのラジカセからそんな声が聞こえてくる?
部屋は寝る準備に入っているので電気を消して真っ暗。外の灯りは薄く漏れて入ってくるけど深夜もう0時はとっくにまわった時刻。もしかしたら1時とかになってたかも知れません。
考えても考えてもこの世のモノじゃない声としか思えない。あの世か宇宙かどっちからか聞こえる声としか。
そうしてどのぐらいの時間が経ったか分かりません。本当に短い何十秒だったかも知れませんし、もっと長かったかも知れませんがパニックになって布団の中でかたまっていたら、ふと、外からも何か聞こえてくるような気がしました。どうやら人の声のようです。
夏ですが当時は私の部屋にはエアコンがなくて、窓を開けたまま寝てました。それまではラジカセの落語を聞いていたので、外から聞こえてくる音には意識がいっていなかったようです。
「もしかしたらその声と関係があって、アレやらコレやらの怖いことではないんじゃないか」
そう思ったらなんとか動けそうだったので、思い切って動いて電気をつけ、立ち上がって家の外を見てみたら、そこには一台の車が停まっていて室内に灯りがついている。そして誰かがいるのが見えました。
そこは近所にある、なんていうんでしょうね、二階は住居で一階は店舗になって何軒かがくっついてる形の住宅があり、その前にある駐車場でした。もう遅いのでどの店も営業を終えて、誰も停めていない駐車場にその車は停めて何かをやっているようです。
で、よくよく聞いてみたら、その外で話している声とうちのラジカセから聞こえる声がどうも同じらしい。話している内容がラジカセでは割れていたけど、直接聞いたら何を言っているのかがよく分かりました。
無線です。どうもアマチュア無線か何かで相手と話しているらしい。今どこに自分がいるか、あるお店の前だと言ってるのが聞こえてはっきりと同じだと分かりました。
「ラジカセに無線の音が混ざることがあるの?」
そうは思ったんですが、もう間違いはない。
当時はそういうの分からなかったんですが、いい時代になりましたね、ネットで調べたらこんなことが分かりました。
「HF帯の電波はオーディオ機器に障害を起こす場合がある」
らしいです。
そしてそれは、
「オーディオ機器の再生中にも混入する」
ということで、間違いなくうちのラジカセに無線の声が混ざったのだと、今回のことを書くことで調べて、初めて確信を持てました。
本当に怖かったですよ! だって、あんなのてっきりあの世からの声だと思います。割れ方とかもそんな地の底から聞こえるような感じだったし。
その時にどうしてそこに停めて無線をやってたのかは分かりませんが、その夜だけの出来事で、その後は二度と同じことは起こらなかったので、もしかしたら通りすがりの人がいい場所見つけたとばかりに深夜の会話を楽しんでいたのかも知れません。
その人、まさかすぐ近くの家の中で、純真な高校生が恐怖で震えていたなんて思いもしなかったでしょうが、私には恐怖の一夜となったのでした。
ああ、理由がきちんと分かってよかった!
やっぱり気になることは調べないといけませんね。タイムマシンがあったなら、あの夜の自分に「それHF帯の電波のせいだから」と教えに行ってあげたい気持ちです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます