第2話

資料としての古い人間に自由はない。

ただ生かされるため、

「人間の理想的な健康状態」を保てるよう、

徹底的に管理されている。


起床から就寝まで、食事、睡眠、知識、身体。

完璧に計算された毎日から逃れることは出来ない。

しかし、不自由だが不健康な訳ではない、

彼らのペットのようなこの日々は、この世界が彼らの世界になる前の、「人間社会」と比べると、良い生活のような気さえする。

そんな事情もあり、意外に反抗的な考えは起こりにくい。


しかし、全てにおいて、絶対的に、

「人権」というのは存在しない。

生活をする上で、至る所に監視があり、新たな「“人”」に反抗的であると判断されれば、即座に、鎮圧のための「“人” 」が飛んでくる。文字通り、空を駆けて。


相田は、夕食後、携帯電話で曲を聴きながら、少しの時間リラックスした後、

ジョギングをする。

もちろん、そう決められているから。


日が暮れて空には赤い月が見える。

とびきり大きな満月だった。


道路脇の歩道を30分ほど走り、Uターンして自分の家の方に向き直る。

少し息を整えるために歩いていると、足元を猫が通り抜けていった。


あっと思った次の瞬間には、猫は道路に飛び出していった。


危ない!!と感じた瞬間、体が強張り、腹の底から嫌な感じが頭の先へと駆けていく。


なにも出来ず、動かないでいる僕の後ろから、

猫を助けるために、車の前に女の子が飛び出した。


一瞬のうちの展開に、脳がついていけず。一歩前に出ようとして出した足が地面に着く前には、女の子は猫を庇いながら車に跳ね飛ばされた。


無事では済まない。


頭が一瞬真っ白になった。だけど、呆けてる場合じゃない、助けなきゃいけない。


「大丈夫ですか!」


女の子は呼びかけに答えない、意識がないようだ。


助けを呼ばないと!救急車を!


咄嗟に僕は大声を出した。


「だ、誰か!緊急事態です!誰か“人”はいませんか!緊急事態なんです!」


静寂ののち、少し離れたところから何かが飛び立つような音がした。


風を切るような音がこちらに向かって少しずつ大きくなっている。


女の子の前でなにをすればいいのか分からず、ただ、じっとすることもできずにまごついていると、

ごあっ!っという突風と共に、警備用の“人”が飛んできた。


「緊急事態とはなんですか?答えなさい、相田 英」


無機質な合成音声が発せられる。


「こ、この女の子がっ、はあ、はあ、くくるまに轢かれて、跳ね飛ばされて、意識がないようです!」


うまく口が回らない、嫌な汗が噴き出る。


「よろしい、少し落ち着きなさい。あなたに負傷があるわけでもないでしょう。」


「生体スキャンを開始します。」


“人”は女の子の状態を確認するため、スキャンを行っているようだ。


少しの時間、“人”は女の子のことを凝視していた。


「スキャンは終わりました。この個体は破棄することとします。」


「はっ!?破棄?どういうことですか!」


「まだ、生体反応はあるようですが、ごく小さい、体の損傷も大きいので、この個体を再生させるより、他の個体を新たに作る方が良いでしょう。」


「ちょっと待ってください!まだ生きてるんですよね!それなら治療してください!」


「その必要は無いと言っています。」


「理解しなさい、相田 英」


「そんなバカな!!」


自分たちはモノなのだと、言い聞かせられて生きてきたが、人の命の最後を、いとも簡単に無駄なものと言われた時、この瞬間に、初めて、相田は“人”との間にある、押し殺してる感情に気がついた。


「ダメだ!それなら僕が病院に連れて行きます!」


彼女を抱き抱えようとする彼を見て、“人”は冷たく言う。


「やめなさい。相田」


それでも、構わず女の子の状態を確認する。


「やめろと命令しています。相田」


「大丈夫、まだ、息はある…病院へ、早く…」


「命令は絶対です」


ターンと乾いた破裂音が響く


彼女を抱き抱えようとする相田の足元に、

“人”から放たれた銃弾の跡がついた。


「命令違反は粛清の対象です。あなたに行動の自由など無いのです」


相田 英は“人”に対して怒りを感じた。

押し殺していたものがなんなのか、はっきりわかったのだ。


この世界では“人”に怒りを感じてはいけない。

そうしなければ生きていけない。

だから、全ての人間は、いま生きていられる全ての人間は、争わないように、怒らないように、歯向かわないように、押し殺してきたのだ。


「感情」を


しかし、いま、そんなことをどうでもよく感じさせてしまうほど彼は怒っているのだ。

目の前の


「“人”」に


いや、違う。確かに僕は怒ってはいる、しかし、なぜか自分のものではない様な、燃えたぎるような怒りの感情が自分の中のどこからか、際限なく湧き出てくる。


「止まりなさい、相田 英」


「嫌だ!たとえどんなことになろうが!僕はこの子を助けるんだ!!」


そう叫ぶつもりだった。しかし、大きく口を開らこうとした瞬間。


空に赤い月見えた。


満月で、とびきり大きな赤い月が、


燃えたぎる炎のような赤い月が、


僕の体に堕ちてきたのだ。




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