優しい通りゃんせ

鈴ノ木 鈴ノ子

やさしいとうりゃんせ

やさしいとうりゃんせ

 信号機で立ち止まっていた時のこと。

 東堂町子の耳に電子音の童歌が聞こえてきた。

 妙に低い音で流れるそれは、おどろおどろしくも聞こえ、なまじ怪しき歌のように聞き手は感じてしまう。

「怖いよね」

「お化け呼ぶかも…」

 隣で同じように信号待ちをする小学生の女の子達が面白可笑しく揶揄い合ってそんなことを口にしていた。

 私も怖いと思っていた時期もあった、走って信号を渡って行く女の子達を見つめて、親友だった夏子と同じようなことを言って笑った懐かしい思い出が蘇った。

 横断歩道を渡り終えて、信号機の電柱にそっと背を預けてもたれ掛かる。待ち合わせの人はまだ来ていないようだった。

 別の信号機から通りゃんせが再び聞こえてきた。

 この歌を怖いと思わなくなったのは、近くに机を構える辻占いの占い師のおかげで、独自の解釈で教えてくれたことがきっかけだ。視線を上げると派手な百貨店と商業ビルの間の薄暗い路地が見える。

 その先に「辻占い」と小さな灯篭看板を置き、年季の入った机と椅子を置いただけの易者姿の老人が足元に衰弱しているように眠る老犬を優しく撫でていた。

 確か八津崎と名乗っていたかな。

 あたるも八卦〜あたらぬも八卦〜の腕前を誇る占い師で、見えざる者が見える人でもある。

 時より彼の近くで辺りを漂いくる影を落とす者やモノの話で互いに盛り上がったりもしたっけ。

 遊び半分で易をしてくれたこともあった。前にお先真っ暗と嫌味なことも言われてブチ切れそうになった、でも本気じゃないし、気難しい人だけれど不思議と通ってくる人が多くて人気者だ。

 片手を上げて其方へと振ってみると、枯れ枝のような細腕が上がって弱々しく返事をした。数人が列をなしているので繁盛この上ないだろう。

 金にはならないけど、冥土の土産に占いは面白いと思う。

 再び頭上の信号機から通りゃんせの歌が流れてくる。

 この歌は優しい歌だと八津崎さんは言っていた。

 小さな天神神社の話であるらしい。

 天神は「テンジン」ではなく「あめかみ」と読み、天神様は天の神様、高いところから、みんなを常に見守る優しい神様らしい。それを祀る小さな神社を尋ねた母娘の娘の大人への道を解いた小さな話を詠ったものだそうだ。


 確かこんな感じの話に語ってくれた。真似だからあまり上手くないかもしれない。

 

 通りゃんせ、通りゃんせ。

 

 参拝に来る人々に悪い奴がいないか見張る狛犬さんが、参拝者に通れ通れと言っております。

 

 ここはどこの細道じゃ。

 

 母親が狛犬さんにどこへ通じるかを聞きました。


 天神さまの細道じゃ。


 狛犬さんが声をかけてきた新参者の参拝者へと何の道であるかを説きました。


 ちっと通して下しゃんせ。


 母親はそう返事をします。


 御用のない者通しゃせぬ。


 狛犬さんは御用なければ通さぬと、御用事向きを尋ねました。


 この子の七つのお祝いに

 お札を納めに参ります。


 慌てて母親はそう伝えました。


 行きはよいよい、帰りは怖い。


 狛犬さんが娘さんに覚悟を問います。


 七つは昔は「帯解」と言って、幼児用のつけ帯から大人の帯へと変わると年です。因みに昔は「七つまでは神の内」と言い、子どもの健やかな成長は神さまに任せるしかありませんでした。(病気や怪我で亡くなることが多かったためです)

 ですから、お札を納めたその時から、神さまに護られる子どもより、見守られる大人へと変わって行くのです。


 怖いながらも……。


 娘さんが不安そうになりながらも顔を上げました。

 覚悟を決めた表情でした。


 通りゃんせ、通りゃんせ。


 狛犬さんは励ますように声高々に通ることをお認めになり、新しい門出を祝いました。


 この話は八津崎さんの店の周りで屯する女の子達と一緒に聞いた。容姿も容貌もまちまちだけど、私達はいつも交差点のここで屯している。

 まとめ役は私なんだけどね。

「七つで大人なんて可哀想」

「確かにでも、仕方ない。当時の寿命は短かったからねえ」

「じゃ、しょがないね」

「そうだね、しょんない、しょんない」

 残念そうにみんなで頷く、そして少しだけ大人になれた女の子を羨んでいた。

 

 私達は大人にはなれなかったから…。


 彷徨い歩いて八津崎さんの元に辿り着く。別に成仏する訳でもない。私達は話を聞いてほしいから、話を聞いてくれる人の元に集まってるだけなのだ。

「町子、遅くなってごめんね」

 ようやく待ち合わせに夏子が来た。

 私と同じくらいの娘を連れていて、手には花束を持っている。初めて娘を連れてきたなコイツ、あの優しそうな旦那とうまくやってるみたいで安心した。

「はい、好きだったやつ、探すの苦労したわよ」

 電柱脇にひっそりと佇む私の地蔵と小さな花瓶にその花が生けられた。

「ママ、誰のなの?」

「私を救ってくれた親友よ。とても大切な人よ」

 あの日、青の横断歩道を渡っていた私達に猛スピードで交差点に突っ込んできた車が迫ってきた。私は先を歩いていた夏子の背中を突き飛ばした。どうしてっ?て表情で振り返りざまに私を見た彼女にウインクをしてやって、私の体は宙を舞い血を撒き散らしながら数十メートル先の路上に転がってそのまま息絶えた。

「町子はね、事故で私の身代わりに死んだの、でもね、昔っから転んでもタダで起きる女じゃなかったわ」

「どう言うこと?」

「七辻交差点の通りゃんせ、聞いたことある?」

「あ、あるある、ここそうなんだ」

「あれ、きっと町子よ」

 間違いないとでも言うかのように断言した夏子にさすが親友!と私は抱きついた。夏子の香りが懐かしくて思わず涙が垂れた。

 私は事故から七辻交差点に取り憑いている。

 だから信号無視や居眠り運転などなど目につくたびに耳元でこう囁いてやるんだ。

「通りゃんせ……通りゃんせ……」

 酷い声でね、こう呟いてやる。

 誰しもが驚いて気をつける。

 私の事故から七辻交差点で事故は起きていないし起こさせないと決めたから。

 夏子と娘さんがしっかりと手を合わせ暫く夏子が優しい涙を溢してくれた。それを娘さんと一緒に背中を摩り慰める。

「町子、また来るね」

「待ってるよ」

 届かない返事をして微笑みながら見送る。毎日が毎月になり毎年になっても来てくれる夏子は本当に優しい。ずっと大切な親友だよ。

 見送ってから七辻交差点を見渡した。

 辻ごとに黒い人影が群れるように立っていて交差点をじっと見つめてる。それは交通ルールを守らずに後一歩で事故を起こしそうになった哀れな人達、それは私の声を聞いた素敵な人達……だ。

 

 七辻交差点での事故は絶対に許さない。

 

 そんな奴には今日もまた囁いてやるんだ。


 通りゃんせ……通りゃんせ……てね。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

優しい通りゃんせ 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ