間話ー20.5話 佐伯 幸


私は、元々走る事が好きではなかった。

小学生の頃は、徒競走でもドベではなかったが、いつも3.4位で留まるくらいの足の速さで、正直、体を動かす事が苦手だった。


そんな私が、まさか中学生になって陸上部に入るなんて思いもしなかった。

正直、あの時、彼の走りを見ていなければ、陸上部に入るなんて選択はまずしなかっただろう。


今でも鮮明に思い出す。


あれは、小学6年生の夏の出来事だった。


あの日は、兄の友人が大会に出るという事で、強制的に市の大会の観戦に連れて行かれた。

正直、暑さと強制的に連れて行かれた事によって、見る気も失せて、観客席で日傘を指しながら目を瞑っていた。


「はぁ...。ねぇ、お兄ちゃん。その友達っていつ出るの?」


「んー、次の次の3レーン目だな。」


「えー、ながぁい。」


「まぁまぁ。ちゃんと応援してやってくれよ?」


「んぅー。」


兄は、笑いながら私を諭す様に言うが、私の心情はといえば「どうでもいい。」だった。

兄の友人には、勝っては欲しいが、それよりも幼い私には「早く帰りたい。」という思いの方が大きかった。


目を瞑ったり、ゲームで遊んだりしていると、時間はあっという間に過ぎた様で、兄の「おい、次だぞ。」という言葉で、前を見る。


青いレーンの上に、私よりも背丈の大きい、1つ歳上男の人達が6人ほど立っていた。


本当に中学生なのか、と疑問に思う程、そこに立っている人達は遠目ながらデカく見えた。


「...お兄ちゃんの友達って、あの緑色のユニフォームの人?」


「そうそう。てか、アイツあん中で1番小っちゃいじゃねーか!ハハッ。」


「うーん。これ、何メートル?」


「確か、100メートルだったかな?」


私はその時、兄には悪いが、兄の友人ではなく、その隣にいた黒のユニフォームを着た3番のゼッケンを着けた男の人に目がいった。


何故か、といわれても別に大した理由はなく、強いていうなら、この6人の中で、1番オーラ、というか自信に満ち溢れていたからだろうか。


「おっ、始まるぞ。」


兄がそう発したのと同時に、バンッという銃声が鳴り響き、一斉に選手達が走り出す。


「頑張れ、蓮!」


「...。」


そう言う兄の声援も虚しく、結果は黒のユニフォームのゼッケン3番が大差をつけて1位になった。


「おいおい、何だよ、あの黒ユニの奴!クッソはぇーな!」


「...うん。」


兄の言う通り、あの3番の走りは、凄いという言葉で形容しきれないほどに圧倒的だった。


「ねぇ...お兄ちゃん...あの人、誰?」


「ん?」


「あの3番の人!」


「んー、誰なんだろうな?明日、友達に聞いといてやろっか?」


「うんッ!」


「何だやけに興味があるんだな?あの3番に。」


「だって、カッコよかった...から。私もあんな風になりたい。」


「まぁ、カッコよかったけど...え?お前走るの苦手じゃん。」


「コクフク?するの!フフッ、私、陸上やる!」


「はぁ?」


この瞬間が、私が陸上をするキッカケだった事に違いない。

次の日、兄が友人に3番の人の名前を聞いてきたと言って、私の部屋にバタバタと足音をたてながら入ってきた。


「ちょっと!ノックしてよ!」


「あぁ、わりぃわりぃ。あっ、それより3番のアイツの名前。」


「え?分かったの?」


「あぁ、頼水瑞樹?だってよ?中々有名らしいぞ。ちなみに、隣の中学らしい。」


「頼水...瑞樹。」


私が頼水先輩の名前を知ったのは、この時だった。

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