第18話 悲鳴とヘビ その1


 全速力で前を走る佐伯に、1拍どころか数メートル離されながら走る俺。

海の時も思ったが、大分体が鈍っているようだ。


「はぁ。はぁ。っておい!佐伯!」


「はやく!」


やはり、自分に厳しかった者と、自分に甘すぎる者、両者には計りきれない差がある。

それは、俺が現役で走り続けていた時に何度も痛感していた。


俺自身が俺に甘過ぎたのだ。


だが、改めて彼女の速さを目の前で見ると、努力という名前の才能の違いを見せつけられる。


そんな彼女を見ていると、忘れたいはずの中学時代の部活の記憶が鮮明に蘇る。


最初だけは、良かった。

最初だけは、周りの奴よりも良くできていた。


タイムも周りの奴よりも抜きん出ていて、周りからは「才能だよ。」「お前、すげぇな。」などと言った賞賛の言葉を送られた。


その賞賛の声に、自分は天才だと自惚れ、努力することをやめた。

ある程度の研鑽は積んだつもりだったが、次第に周りとの練習量の差、努力の差に追いつけなくなり、結局3年最後の試合で大差をつけられて大敗した。


結局、それ程の男だったのだ。

俺は...。

天才なんて言葉に自惚れた俺は愚者としか言いようがない。


「頼水...頼水先輩!」


「ん?!」


「何、止まってるんですか!はやく行かないと!」


「...あぁ、ごめん。」


立ち止まっていたのか...俺は?

つい中学時代の部活の事を考えると、周りが見えなくなってしまう。


「もぅ...!さっ、早く。」


「あぁ。」


そう言って、俺の前を走る佐伯の背中は、俺なんかと比べられない程大きく見えた。


------------


「都治巳先輩?!大丈夫ですか?」


都治巳杏里に心配した声で話しかける佐伯。

大きな声が、少し離れた、山の入り口付近にいる俺にも反響して聞こえる。


「....キャーー!」


少しの間が空いて、都治巳杏里の甲高い声が聞こえた。

この声に気がついて、佐伯は走り出したのだろうか?

そうだとしたら、怖い。

怖すぎる。

マサイ族か何かでも目指しているのだろうか?


「ちょ、ちょっと!澪ちゃん!何してるの!!ヘビよ?ヘビ!!」


「え?いや、だってただのヘビじゃないですか...。」


「え?もしかして、ヘビ行ける系女子なの?!」


「え?ま、まぁ。」


俺が、都治巳杏里達のいる場所へと辿り着くと、そこには澪を盾にして後ろで何か騒いでいる都治巳杏里と、木の棒を持ってヘビに攻撃を仕掛ける澪、それを呆然と見つめる佐伯と俺。


どういう状況なのかは一目見れば分かったが、我が妹は何故あんなにも勇敢なのか。


その勇敢さを半分でもいいから分けてほしい。


「はぁ...はぁ...。おい大丈夫か。」


「ちょ、ちょっと!頼水君、遅いわよ!」


何故か怒られてしまう俺、だが普通に考えて悲鳴をあの距離から認識できる人間など佐伯くらいしかいないだろう。


こいつは人間を超越しているからな。


「ちょ、ちょっと!頼水君!男でしょ?!ヘビ、、、そそそ、このヘビ!早く!!」


「え?何で俺?!」


「だって、アンタしか男子いないじゃない!さっ、早く!澪ちゃん!危ないからこっち!」


「...えぇ?」


この女、俺を殺すつもりだろうか。

ヘビを撃退しようとしていた澪の手を引いて、その澪の後ろに隠れて俺に「早く!」と合図を送る都治巳杏里。

佐伯はヘビが苦手なのか放心している。


「ッ!」


俺も、本当の本当にヘビだけは無理なのだ。

なんで、ここに男が俺しかいない!


俺の人生初の叫びである。

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