第17話 ボランティア その2


「ど、どういう事?!」


思っていた言葉とは違う言葉が返ってきたせいで、つい動揺してしまう。

それにしても、どう見たら俺が都治巳杏里の事を好きだ、という疑問が出てくるのか。


あの問答を目の前で見て、俺が都治巳杏里の事を好きだと思えるなら、この子はあれだろうか?

俺が今まで気づかなかっただけで、恋愛脳とか、脳内お花畑系女子だったのかもしれない。


「え?いや、ただ純粋な疑問で...。」


「いやいや、好きじゃないし、あの言い合いみて、俺が都治巳さんの事好きな様に見えた?」


「...?はい。見えました...ね。」


「えっ?見えた?」


「はい。」


「え?どういう所が?」


「そう言われると、上手くは言えないんですが...何でしょう。雰囲気ですかね?」


「雰囲気?」


何を言っているのだろうか、この子は。

訳がわからない。


俺と都治巳杏里が一緒にいる時の雰囲気なんて、誰がどう見ても良いものとは思えないはずだ。


「はい。何だが、熟年夫婦的な?フフッ。」


「え、、、。あ、そう。」


佐伯は笑って話しているが、その目は笑っていない。

そういえばこの子、都治巳杏里のファンだとか何だとか言っていた気がしなくもない。

もしかして...この子、都治巳杏里が好きすぎるため、俺が都治巳杏里と話しているのがウザいので消えてくれ的な、そういう感じのあれだろうか。


ならばちゃんと、俺は都治巳杏里の事を好きではない、と明確に示さなければいけない。

できなければ、俺は消されてしまうかもしれない。


「あー、うん...俺は都治巳さんの事、好きっていう訳ではないから、安心してくれ...。逆に嫌われてるくらいだから。」


「そ、そうなんですか?!」


嬉しそうに死んでいた目をキラキラと輝かせて、柔らかく笑う佐伯に、若干引き気味になりながらも、ちゃんと俺の意思が伝わった事に感動し、涙目で「あぁ。」と言いながら首を縦に振る。


「そっか...!良かったです。」


「あ、あぁ、そう?」


「はい!」


うん。何故だかここまで俺の存在がウザがられていたのを知るというのは、嫌いと真正面から言われるのと同等に辛い。


「ま、まぁ。あれだ、急がないとな...。」


「はい!」


俺がほぼ止まりかけていたスピードを元に戻すと、それに付いてくる様に、佐伯も足のスピードをあげる。

トコトコと付いてくる彼女は、まるでハムスターの様な小動物みを感じさせる。


さっきの問答がなければ、キュンとなっていたかも知れないが、今の俺の心にそんな余裕はなかった。


------------


「頼水先輩...。」


「ん?」


「さっきからずっと立ちっぱなしじゃないですか...。それに誘導にも行ってもらって...変わるのでこれに座っててください。」


そう言って、自分が今まで座っていた木製の椅子を指差しながらいう。


「いや、大丈夫だって...。ほら俺も一応、運動部だったからな。」


「いや、それは悪い...」


「大丈夫、大丈夫。佐伯は座ってろって...もし俺が疲れたらその時には言うから。」


「わ、分かりました。」


俺は佐伯にそう言って、また木製の椅子に座らせる。

この、登山入り口には山の名称が書かれた埋められた看板の隣に、小さなバス停の作りに近い小屋の様なものが建設されている。


俺と佐伯はその小屋の様なものの中で、登山客が来るまで、椅子が一つしかないため、佐伯が座り、俺が立ちながら待機している。


腕にはめた腕時計を見ると、時刻は11時20分を指していた。

俺達が、作業に入ったのは10時20分だったはずだから、もう既に1時間も経っている。


そして俺はこの1時間の間、ずっと佐伯の座っている椅子の少し後ろ側に立っているのだ。


「あの、本当に大丈夫ですか?」


「あぁ。」


何故、こんな疲れる事を俺がするのか。

その答えはただ一つ。


この位置、この角度、この距離。

全てが相まって、佐伯の豊満な胸元がチラチラと見えてしまうのだ。


確かに、これは悪い事だとは分かっている。

分かっているのだが、男としての性が俺にこう訴える。


「今しかない。」と。


俺だって最初は、罪悪感から目を逸らして、他のことを考え、見ない様にしていた。

だが、30分、40分と時間が過ぎていく度に、この機を逃せばいつ拝めるか分からない、という焦燥感が俺に襲いかかってきたのだ。


ならば仕方がない。

その焦燥感を消すために、俺は今この時間をポジを有効活用しなければならない。


悪いことをしてしまった、佐伯には後でジュースでも奢ってあげよう。


「あの...今、何か聞こえませんでしたか?」


「うぉ?!へっ?いや何も?」


突然、こっちを向いてきた佐伯に、つい目を逸らしてオーバーリアクションをとってしまう。


「ほら、何か...。」


そう言って、俺を見てくる佐伯。

焦りのせいでバクバクと高鳴る心臓の男しか聞こえないが、佐伯には何かが聞こえるのだろうか?


「行きましょう、先輩!多分都治巳先輩ですよ、この声!」


「え?」


そう言って、駆け出す佐伯の後を一拍遅れて俺が追う。


何で都治巳杏里の声だと分かるのだろうか。

え?本当に怖い。

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