第12話 君と。 


「おい...大丈夫か。」


「んー、そうね。まぁ...大丈夫よ。」


「そうは見えないけどな?」


都治巳杏里は、そう言いながらも顔色は悪く、首筋や脇下を氷で冷やされながら、海の家の奥にある部屋で寝かされていた。


「フフッ。まぁ、本当に大丈夫。全然歩けるんだけど...。」


「いや、まだ寝とけよ...。」


「って言うと思ったから、寝てるのよ。」


「お前...エスパーか何かなの?」


「フフッ。まぁね。」


橘莉奈と佐伯は、橘莉奈が用事があったらしく、都治巳杏里の様子を見て、少し体調が良くなった所で佐伯と橘莉奈は先に帰っていった。


最初は「杏里を置いて、先に帰れる訳ないでしょ。」と言っていた橘莉奈だったが、都治巳杏里が「私は頼水君に送ってもらうから大丈夫。」などと余計な事を言った為、何か察した様に2人して、さっさと帰っていってしまった。


ちなみに俺は送って行く、など一言も言ってない。


「はぁ...でも今日は、頼水君に沢山迷惑かけちゃった...。ごめんね。」


「...。」


要所、要所で急に塩らしくなるのは、都治巳杏里の根っからのものなのだろうか。

普段のあの本性とはギャップがありすぎて、ついつい戸惑ってしまう。


「...大丈夫だって...別に。まぁ...あれだ。昨日、手を怪我した時、世話になったから。これで貸しは返した、って事で。」


「あんなの、当然の事をしただけじゃない。私がやらせた事だし...。」


「じゃあ、今日は俺が誘ったも同然だし、まぁ、俺も、当然の事をしただけだよ。あんまり気にしないでくれ。」


「んー、そう...?じゃあ、そういう事で...いや、アンタ私の体に触れたんだから...。それって相当の貸しじゃない?じゃあ、私の立場の方が上って事ね。」


「いや、何でだよ。」


惚けた顔で、ウィンクする都治巳杏里に少しイラつきながらも、本調子に戻ってきたようで安心してしまう俺は、もしかしたら段々とイカれてきてしまっているのかも知れない。


------------


ガタンッガタンッと、車体が揺れ、窓の外からはビルや住宅街から出る灯りが、ポツポツと星の様に光を放っている。


そんな揺れる車内の中で、俺は、眠気と疲労によって、半目で窓の外を眺める。

今まで電車の中ではスマホと時々外を見る事くらいしか無かったが、まじまじと景色を眺めるのも悪くはない。


窓のサッシの様な部分に手を置きながら、そんな事を考える。


「...。」


「スゥ.....。スゥ.....。」


まぁ、こんな状況でなければこんなに外の景色を眺める事などないのだが。


窓の外の景色から、目線を逸らして、隣で寝息を立てる都治巳杏里の方を見ると、首を地面にガクッと下げて、まるで労働に疲れ果てたサラリーマンの様にして寝ている。


「....そろそろ起こすか。」


所々に座っている人達の視線も気になる為、トントンッ、と肩あたりを叩いてやると、「んんぅ...。」と疲れきった声で、目を半目だけ開けて「何よ...」と彼女は怒りを露わにする。


「次の駅だろ?」


と言うと、一拍間を置いて、「あぁ、うん。」と呟く様に言った後、足元に置いてあったバッグの中に手を突っ込み、スマホを取り出す。


その行動に、何の違和感も持たなかった俺は、バッグの中を見られたくないだろう、と視線を彼女から、また窓の外へと移す。


「ぬぇっ?!」


2.3秒置いた後、俺の脇腹に突かれた感覚が走った為、脇腹辺りに目を向けると、都治巳杏里の人差し指が、まるで俺の反応を嘲笑うように揺れていた。


「ププッ。」


「...何だよ...?」


そう半目で、彼女に尋ねると、数秒笑った後、「んっ」とQRコードの載ったスマホを俺に見せてくる。


当然、どういう意味かわからないため、もう一度「何だよ。」と尋ねると、都治巳杏里は「交換しましょ。」といって、スマホでツンツンと俺の手を突いてくる。


「ん?あぁ...。ちょっと待って。」


と言って、俺は右ポケットに入っていたスマホを取り出し、都治巳杏里のスマホに映ったQRコードを読み取る。


ポツンッと、杏里が友達になりました。と通知が来た後、またスマホの通知音が鳴る。

通知元は都治巳杏里であり、そこには「よろしく。」と短文で書いており、コイツ隣にいるのに何してんだ?と疑問に思いながらも、俺も「よろしく」と一応返しておく。


「フッ。奴隷1号からの初メッセージね。」


「は?」


「何よ、この私の体に触れたのよ?その意味、分かるわよね?」


「...。はぁ...。はいはい。」


「何よ、その適当な返事...!」


「はぁ...。」


とため息をついて、とりあえず都治巳杏里と違う方向を向いて、目を閉じる。


隣で、「ねぇ、頼水君...?ちょっと冗談じゃない!」などという声が聞こえたが、「はいはい。」と適当に流しながら、ふと目を開け、外に視線を移す。


いつもなら、何とも思えない夜の情景が、今日はやけに綺麗に見えた。

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