第10話 またまた海へ。


「なぁ...何で俺はお前といるんだ。」


「いや、知らねぇよ。」


「...クソッ!初デートの気分で来たっていうのに...何で俺は男と2人で日陰ごっこしてんだよ!」


「それは暑いからだろ。」


「いや、そういう事じゃねーよ。」


少し怒り気味で、俺の横で体育座りをしたまま文句を垂れる佐伯に、俺はシーツの上に寝そべりながら答える。


歩いてすらいないのに、瞼の上から垂れる汗。

眉毛に汗が染みた後、タラッとシーツの上に落ちシミを作る。


「あちぃー。」


「何で、陰にいるのにこんなに暑いんだよ。」


今日はニュースで夏1番の猛暑日だと報道されていた。

熱中症警戒アラートなんて赤色だらけだというのに、俺たちは今、海にいる。


遊泳者はポツポツといる位で、ほぼ貸し切り状態といっても過言ではなく、普通そんな状態で泳げるとしたら喜ぶ所だろうが、俺と佐伯は喜ぶ所か逆にテンションがマイナス域に到達していた。


何故か。

その原因の根源となる問答は、昨日のあの時から始まっていたのだ。


ーーーーーーーーーーーー


「ふぅ、依頼完了ね。今日は良く頑張ったわ。私達。」


「あぁ、そうだな。」


俺と都治巳杏里は、斎藤さんにキーホルダーを渡して彼女を見送った後、もう一度学校に戻ってきていた。

時刻は6時30分を指しており、遅くまで活動している運動部の生徒が段々と帰り支度についているのが、窓から見える。


何で俺達がこんな遅くに、部室に戻らなければいけなかったのか、それは都治巳杏里が持っている部室の鍵に原因があった。


「...はぁ。今日は疲れたわね。」


「まっ、依頼は終わったし、許してやる。」


「な、何よ。いきなり、これ忘れたのはアンタも同罪でしょ。」


都治巳杏里は右手で持っていた準備室16と書かれた鍵を指で掴み、俺に見せつける。


「いやいや、お前だからな?」


「はぁ?何でよ!」


「だって、「私が部室の鍵は持っていくから、頼水君はジュース買ってきて。」って、お金を渡してきた後、言ってただろ。」


「......言って、ない。」


都治巳杏里は、怒り気味で見つめていた視線をスッと横に逸らす。


「まっ、確認しなかった俺も悪いから、お互い様って事で。」


「何よ...。...ごめんなさい。」


そう下を向いて謝る彼女に、「あぁ。」と言って準備室の鍵を閉める。

「意外と素直なんだよな、コイツ」と思いながら、都治巳杏里に視線を移すと運動部の方を見ながら、なにか哀愁の漂う顔をしていた。


「はぁ...。」


窓に近寄って、都治巳杏里の視線の方に目を向けると、サッカー部が大人数で帰っている所が目に入った。


「ねぇ...何で私振られたのかしら。」


「え...?」


そう言って、俯く都治巳杏里に俺は疑問の言葉しか出てこず、返す言葉も見つからないまま数秒の間ができる。


「だって...私って顔も良くて、勉強もできて、人当たりも良くて、、、完璧じゃない!何で?何でなのよ!!」


「...。」


そう怒りを露わにしながら、自分の優等生ぶりを誰かに訴える都治巳杏里だが、「そういう所だろ。」というのは口には出さない様に、俺はジッと窓の外を見ているフリをして、難を逃れる。


「ていうか、私を振るなんて、頭イカれてんじゃないの、アイツ!」


「...。」


そんな辻雄介に対する文句を数十秒ダラダラと噛む事なく言えるこの女を、逆に讃えてやりたい。


「はぁ...。じゃっ!行くわよ!頼水君!!」


「あ、あぁ。」


そう言いながら、ズカズカと廊下を進んでいく都治巳杏里。

そんな彼女が窓際から振り返った時に、つい見えてしまった。


「...明日、海に行かないか...。」


「んっ...?」


ダッと立ち止まって、都治巳杏里は目元を少し制服で擦った後、こっちを見る。

彼女の目元は少しだけ赤くなっていた。


どうやら、見間違いではなかったらしい。


「いや、明日、海に行かないか...って言ったんだよ。」


「...。」


「べ、別に行きたくないって言うなら...。」


「ふふっ、行きましょ。」


「...あぁ。」


ーーーーーーーー


ということがあって、今に至る。


何故、佐伯がこの場にいるのか。

それは目の前で、都治巳杏里と水を掛け合っている少女が原因である。


橘莉奈、つい先日、佐伯と付き合いだしたという幼馴染だ。

その橘莉奈を都治巳杏里がこの海に誘った事によって、佐伯という彼氏「オマケ」が付いてきたという事だ。


「なぁ、頼水。お前... 都治巳さんと仲良かったんだな?」


「ん?いやいや、俺とアイ...都治巳さんは、同じ部活なだけだ。」


「は???え?お前、サッカー部にでも入った訳?」


「いやいや、俺じゃなくてアッチが俺の部活に入ったんだが。」


「な、何?!そ、そんな奇跡が?!」


「何だよ、奇跡って...。」


「お前、馬鹿野郎!あんな美少女と同じ部活だなんて、最高じゃねーか!」


俺も、都治巳杏里と普通の出会い方をしていればそう思っていたのだろうか?

あの本性を知らなければ...。

いや、まず、あの事件がなければ接点すらなかった説まである。

偶然というのは時に、敵にもなり得るのかも知れない。


「...?そうか?」


「あぁ...。ん?なんかおかしいぞ。」


「ん?どこだ?」


バッと立ち上がり、慌ててスリッパを履く佐伯の行動に、俺は着いていけず一応は、俺もスリッパを履いたが、動けずにいた。


「頼水!早くしろ!」


「は?!」


「馬鹿野郎!!前ッ!おかしいだろ!」


そういう佐伯の言葉で、俺は前方に視線を移す。

さっきまで、水を掛け合っていた2人の様子が明らかにおかしい。


白い水着を着た方が、もう一人を海から引き上げる様に腕を引っ張っている。


「ッ!!」


それに気づいた俺は、一目散に前方に向かって全速力で駆け出す。


白いワンピースの少女が引っ張っている少女。あれは、多分、都治巳杏里だ。

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