第6話 彼女が部室へ。
「結局、あの2人、付き合う事になったらしいわよ。」
「あぁ、朝、佐伯から聞いた。」
「そう...。何だか、そう仕向けたのは私だけど、ちょっとあれだわ。」
「...?」
「見てるのが、苦しいというか、悲しいというか。」
「あ、あぁ。」
「はぁ...。」ボリッ
溜め息をつきながら、右手で顔を支え、煎餅をボリボリッと食べる彼女。
そんな彼女に、果たして高嶺の花といわれる程の威厳があるのだろうか?
答えは-否-である。
「なぁ...。」
「何よ?」
「食べ過ぎだ。」
「...。」
真剣な顔つきでこちらを見る彼女... 都治巳杏里だが、その整った顔の上唇には煎餅のクズが付いている。
「ブフッ。」
「...何笑ってんのよ。」
「いや、唇...付いてるぞ。煎餅のクズが。」
「...?!」
驚いた様子で、近くにあったティッシュで唇を拭く都治巳杏里に、俺は「そういう所は気にするのか。」とごく平凡な疑問を胸の内に留めて、都治巳杏里に尋ねる。
「それで、この部活に入る事なんだけど、本当に入るのか?」
「んー?当たり前じゃない。」
「...そ、そっか。」
「というか、逆に質問なんだけど、何で部なの?この部活。人数が足りてないじゃない。」
確かに都治巳杏里の言っている事は正しい。
普通、5人以下の部活動は同好会として扱われるのだが、このお助け部は部員が俺1人だけにも関わらずにお助け「部」として成立してしまっている。
何故か、それは。
「あぁ。それはだな...。幽霊部員(名前だけ)の奴らが丁度4人いてな。」
「あぁ、そういう事...。」
そう、この幽霊部員、強制的な部活入部を推進する我が高では、必ずどこの部活動にも存在する。
特に、元同好会だった部活動は、帰宅したい生徒が名目上、名前を所属している事にして幽霊部員と化すが、一応名前があるため、同好会から部活動へと進化する所は当たり前といって良いほど存在する。
そしてこの「お助け部」も例外ではない。
「ふーん、だから一人なんて言ってたのね。」
「まぁ、実際そうだからな。」
「へー、じゃあこの準備室は、いつも一人で?」
「あぁ。一応、部室として貸してもらってるからな、部長の俺だけでも居ないと、部として成り立たないというか、何というか。」
「ふーん、意外ね。」
「意外ってなんだよ、、、。俺はこう見えても律儀なんだぞ。」
「...?律儀な人が、女子のフラれた場面を見て、追求されたくないから嘘をつくなんて事するわけないでしょ。」
「グッ!」
何も言い返す事ができない。
アホ面で的の得た事を言ってくるのはやめてほしい。
一応、落ち込んだフリをしながら、長机の真ん中にある煎餅の袋に手を近づける。
パチンッ!
「私のよッ!」
「ふぇっ?!」
えっ、怖い。
この女、いきなり俺の手を叩いてきたやがった。
初めての経験に呆然としながらも、彼女に視線を向けると、その周りには煎餅の食べ後の袋がいくつも置かれており、真ん中にあった皿の中には俺が取ろうとしていた煎餅一つしか残っていなかった。
「え?何?!これ全部食べたの??」
「悪い?ボリッ。これ別に、ボリッ。食べたらいけないものじゃ、ボリッ。ないんでしょ?」
食べながら話すこの女のポテンシャルにはどうやら追いつけそうにはない。
あのカースト上位で、人気者。成績優秀、眉目秀麗な彼女が、実はアホ面で煎餅を爆食いする女だと誰が思うだろうか。
というか、まともに話し出して2日目でこんなに掘り出されていく彼女の本性が、何故、周りの人間に認知されていないのか、その謎が今1番知りたいのだが。
トントンッ
そんな事を考えていると、部室にドアから放たれたノックの音が響き渡る。
「あの、今大丈夫ですか?」
まずい。
この状況を見られてしまったら、都治巳杏里の本性が浮き彫りに...。
「えぇ、大丈夫ですよ。」
「は???」
その声の主に勢いよく視線を向けると、彼女はさっきまでとは丸で違う、高嶺の花と呼ばれても遜色はない...いやそれ以上の、まるで芸能人かの様なオーラと気品を醸し出していた。
「し、失礼します!」
いや、待て。
そんなオーラ云々よりも、都治巳杏里が食べていた煎餅の食べ後が彼女の近くから無くなっている。
どういうマジックを使っているのか。
来客よりも、そっちが気になって仕方がない。
都治巳杏里に目を向けると、その視線は来客ではなく、俺の胸下に向いていた。
恐る恐る机の下に目を向けると、そこには悪魔に食われた煎餅達の抜け殻が、無惨にも散らかっていた。
「フフッ。」
不敵に笑う、都治巳杏里。
俺は改めて思った。
いくら可愛くても、こいつだけはそういう目で見れないかも知れない、と...。
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