一方通行な愛の表現
とさかのらてぴ
一方通行な愛
人通りの少ない街外れ。
その先へ進めば街灯もない。
上級クラスのオシャレな一軒屋。
そこには、30歳半ば女性が、
1人で住んでいた。
1人のはずが、家の中はというと、
家族向け。
子供用のおもちゃや、
大きなゴルフバッグ。
今にもパパと小さな子供が
「ただいまー!」と元気よく
帰ってきそうだった。
しかし、そこには彼女1人しか、
住んではいなかった。
彼女の名前は、
ミラ。
とても美しかったであろう、
整った顔立ち。
真っ直ぐでサラサラの黒髪。
目は薄いブラウン。
ミラは外へ出ることがなかったので、血色の悪い顔色をしていた。
玄関のチャイムが鳴る。
しかし、誰も出ない。
ミラは毎日を、ベッドで過ごした。
やせ細った彼女はもう、
起き上がる力も、
生きる力もなくなっていた。
コンコンコン!
「ミラ!入るわよっ!」
「ほら、いつまでも寝ていないで!今日はあなたの誕生日でしょ!
豪華な食事と、とても素敵なプレゼントを用意したわ。
お昼過ぎには準備出来るから、
それまでにはシャワーくらい浴びておいてね。」
そう言って部屋を出て行った彼女は、ミラの姉、サナだった。
仕方なくベッドから出たミラは、
シャワーを浴びた。
あれ、バスローブがない。
辺りを見回していると、
「どうぞ」
聞き覚えのない男の声!
「きゃーーー!」
彼女は何年ぶりかにこんな声を出した。
声が出たのも不思議なくらいだ。
大きな叫び声に気づいたサナが、
驚いてシャワールームへ走ってきた。
そして直ぐに状況を把握して、
大声で笑い始めた。
「笑い事じゃない!」
ミラは久しぶりに、声をだして、
人と会話した。
「ふふふっ。
Happybirthday!ミラ!
言ったでしょ。素敵なプレゼントを用意してるって。
彼の名前はアーロ。
あなたの身の回りの世話をしてもらうわ。
パパとママが残してくれたお金で
私たち今は、不自由なく生活しているけれど、それもいつまでも続く訳ではないの。
だからあなたも、自分の力で
お金を稼げるようになるために、
彼と協力して欲しいの。
どうせなら、あなたの好みのタイプの方が、やる気が出ると思ってね。
直ぐには働けないでしょうから、
あなたの体や、精神状態が安定するまでは、彼には、家事や食事のお世話をしてもらうわ。
でも、ちょっと先走っちゃったみたいね。 ふふっ。
だから、とにかく早くそれを羽織りなさい。」
ミラは急に、自分が裸であることに、恥ずかしくなった。
慌てて後ろを向くと、
ミラのやせ細った体には、
少し大きめのバスローブを、
アーロはそっと掛けてあげた。
ビックリはしたものの、
また、いつも通りの彼女に戻り、
口を開かなくなった。
誕生日会も、姉のサナが1人で
喋っていたのを、
アーロは、うん、うん、と頷き
聞いていた。
ミラが早々に部屋に戻ろうとすると、
「あの、僕の部屋はありますか?」
ミラはアーロの問いに一言だけ答えた。
「何も置いてない部屋をつかって」
「ありがとう。おやすみミラ」
背が高く、スカイブルーの瞳。
少しだけ癖のあるブロンドの髪。
ミラにはしっかりと、焼き付いた。
その日から、ミラとアーロの生活は始まったのだ。
献身的に尽くすアーロ。
素っ気ないミラ。
プロ並みの料理の腕を持つアーロの食事も、口にしない。
拒食症のための食事。
栄養バランスの取れた食事。
何を作っても、ミラが口に運ぶのはホットミルクのみだったので、
アーロはそこに、こっそり栄養剤を入れていた。
ある日、
ミラはアルバムを開いていた。
とても悲しく、
苦しそうな顔をしていた。
週に一度、病院の先生が診察にやってくる。
ミラに代わって、アーロが彼女の様子を話す。
彼は頭がとても良く、
医師に色々な提案をしたが、
どれも首を横に振られるばかり。
先生は、帰りの玄関先で、
見送るアーロに、こう言った。
「アーロくん、私も医者なんでね。彼女のために、出来ることは全て、試してみた。
しかし、どれも効果はなかった。
もし彼女が回復するとしたら、
お姉さんの考えた治療方法が、
やはり正解かも知れん。」
「サナが考えた治療方法?」
アーロは、それが何なのか考えた。
「彼女は愛に狂っている。
気をつけなさい。」
そう言って先生は帰っていった。
次の日からアーロはミラに沢山
話かけ、そして彼女の容姿を褒めるようにした。
「ミラ。君は本当に美しい。」
「ミラ。僕は君みたいな人と一緒に居られて本当に幸せだ。」
そう毎日優しく声をかけ続けた。
始めはなんの反応もなかったミラも、次第に髪をとくようになったり、毎日違う服を着るようになった。
そうか、こういう事か。
アーロは、ミラの今までの行動や、
表情。そしてアルバム。
彼女の情報を、頭の中で整理し、
最善の答えを割り出した。
始まりはきっと、夫と子供を何らかの理由で亡くしたのだろう。
そのため、家の中はその日のままで、僕が片付けようとすると、
嫌がるのだろう。
アーロは、そう考えた。
朝食の準備を済ませると、
ミラの部屋へ向かった。
真っ暗な部屋。
カーテンの隙間から、少しだけ光が差し込んでいる。
小鳥のさえずりと、窓からは微かな風。
アーロはミラが寝るベッドへ
腰掛け、彼女の髪を優しく撫でる。
「ミラ」
声をかけると彼女は少しだけ目を開けたが、反対を向いてしまった。
少し強引に、ミラを自分の方へ向かせると、彼女の
耳の上辺りから後頭部の方へ
指の間に髪を滑らせ頭を支えると、
おでこにキスをした。
アーロは立ち上がり、カーテンを開けると、朝の光の中で、
「朝食出来てるよ。」
と、ニッコリ微笑んだ。
ミラの鼓動が早くなるのを
確かに確認したアーロは、
この治療方法が、彼女には1番向いていると、確信した。
朝食に現れたミラは、
綺麗に髪をひとつに束ね、
透けるような真っ白なブラウスに、
ジーンズ姿。
ボロボロになった、毎日同じ
ワンピースで
ウロウロしていた頃に比べたら、
かなり良くなった。
「ねぇ、ミラ?今日は家の中を一緒にお片付けしない?」
ミラの顔は曇った。
少し荒療治ではある。
さらにつけ加える。
「僕は、ミラが辛そうなのが悔しいんだ。どうして僕ではダメなのだろうかと。」
すると、
「分かった。一緒に片付けてくれるなら。」そう言ってミラは下を向いた。
いざ片付けると言ってもかなりの物が散乱している。
まるで争いあったかのように。
アーロはミラに、大切なものだけを集めるように言った。
2時間程が経ちミラの様子をみてみると、集められたものは全て、
男性のものだった。
子供のものは一切ない。
何故、子供のものは残さないのだろう。 疑問ではあるが、
ただ、それだけ夫を愛していたのだろう。
夫の写真を胸に押し付け泣いているミラに、
アーロは後ろからミラを抱きしめ、
耳元で囁く。
「僕じゃ君の傷の特効薬には、
なれないのかな。」
そう言うと首筋に何度もキスをした。
ミラが胸に押し当てていた写真を、
アーロは、ミラの手とともに床に置き、両手をつかせた。
彼女のやせ細った体。
アーロは後ろから彼女のブラウスのボタンを外し始めた。
ミラは、体に少し力が入っていたものの、抵抗はしなかった。
そして、下着の中へと手を入れ胸に触れた。
ミラは鼓動が早くなり、
「あっ」
声を出した。
その声を合図に、夫の写真が、
みている前で、アーロはミラを抱いた。
彼のテクニックは相当なもので、
ミラが感じるところを、
鼓動と声で、すぐに覚えた。
その日からミラがアーロへと落ちるのは早かった。
姉のサナは、そのためにミラの理想の相手を用意したのだから。
初めて会った時から、
ミラにとって、理想そのものの相手からアプローチを受ければ、
虜になるのも当然だった。
庭の花たちに水をあげる彼。
美味しい料理を食べさせてくれる彼。
掃除も洗濯もしてくれる彼。
怒らない優しい彼。
毎晩愛してくれる彼。
何もかもが眩しく、
彼女の理想だった。
ミラはもう、アーロなしでは
生きられなかった。
3年程が過ぎた頃、
ミラはひとつの不安を感じていた。
それは、
アーロが、「愛してる」と言わない事。
私は何度も伝えている。
でもアーロは私に微笑み返すだけ。
聞いてみたいけど、
怖かったミラは、サナに相談した。
しかしサナは、
「そんなこと?別にいいじゃない!あなたは今とても幸せ。それで十分でしょ。」
そう返され、納得はしていたもののどうしても気になった。
もうすぐ40歳の誕生日を迎える。本気で彼とのことを考えなくてはならない。
誕生日の日に彼の気持ちを、ちゃんと聞いてみることを決心した。
「Happybirthday!ミラ」
そう言ってアーロはミラにキスをした。
ミラは浮かない顔をしている。
「どうしたんだい?ミラ?」
「教えて欲しいの。」
「何を?」
「アーロ。あなたは私のことを愛してる?」
アーロはあっさりと答えた。
「ミラ、僕にそういった感情はないよ。」
「えっ?」
ミラは驚いたのと、あまりにも悲しい現実に、目の前が暗くなった。
「今までの私達の生活は、
なんなの?」
ミラが震えた低い声で聞く。
「ミラ。僕は君が幸せになるため。そして君の面倒を一生見るために用意された、アンドロイド。
ロボットだよ。
だから、始めから感情はない。」
ミラは理解が追いつかず、
ただ全身の力が抜けた。
「どうして今まで黙っていたの!?
私はロボットと、遊んでいたと言うの?
そんな。ロボットだなんて、嘘!
肌の温もりも、全てが人間そのものじゃない!」
「ミラ。もう一度言う。僕は、君を幸せにしてやってくれと命令されてやってきた。
君の病院は、それだけ深刻だった。
治療方法も見つからないほどの病だったんだよ。
だから、
僕が君を幸せにする。と言う命令を受けた。」
ミラはフッと笑った。
「あの女」
そう呟くと、自分部屋へ引きこもってしまった。
次の朝、アーロがミラを起こしに行ったが、
彼女はもう、冷たくなっていた。
それから1週間後。
二人の女性が、喫茶店で
楽しそうに紅茶を飲んでいる。
「サナ。本当にもう、大丈夫なの?妹さんのこと。辛かったわね。」
「そうね。」
「妹さん。昔、ご主人とお子さん亡くして、一人で屋敷に住んでいたんでしょ?可哀想に。それなのに。」
サナは笑う。
「サナ?」友人らしき女性は、
サナの顔を覗き込んだ。
「やだぁ。あの屋敷は私の親友の家だったのよ。
ミラは私の大切な親友家族をめちゃくちゃにしたの。
あの子は親友の旦那と浮気してたわ。
それを知って彼女は、
ミラを屋敷に呼び出した。
それから数年。あの子は一人であの屋敷に住んでる。
親友は、夫と子供を殺して、
自害したの。
彼女は、家族をとても愛してた。
そして、自分の一番の親友の妹に、汚された事が許せなかった。
だから、私は妹に、突然愛を失った時の悲しみを、
あの屋敷に閉じ込めて教えてあげたのよ。」
一方通行な愛の表現 とさかのらてぴ @taruto501
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