第9話 テオの国
■
休みの日。
「あー。」
特に何の予定もなく、時間が過ぎていく。布団の上で意味もなくゴロゴロしている。
そうだ、図書館行こう。
ムクリと起き上がり、静かな部屋の中で、フルフェイス型のデッキをカチャリと装着し、公共図書館のサーバーにリンクする。
女性AIが、図書館の利用方法について説明を始める。何度も通っているのに、一向に顔を覚えてもらえない。
案内を受けながら、住民票コードを入力しスキップボタンを連打する。瞬時に図書館のデジタル空間に移動した。全てが電子化された今では、実物の本を手に取ることはほとんどない。
機械科学が支配する時代に、風情や趣を求めるのはもはや過去の話だね。
「重要文献も資料も、ワンクリックで読めるのは便利だな。」と、独り言を呟きながら、異世界系の小説をフリックしながら選んでいく。初めて図書館で【異世界】と検索を掛けた時には数が多くすぎて何から手を付けていいのか分からなかった。
最初の頃に読んだ、『異世界行ったら空気なかった。』というSF作品が面白かったのに、7冊目からクリックしても貸出中になって今は調整中の文字が出てくるばかり。
他にも時々この状態になる本があって、「電子書籍なのにどういう事?」とやんわり抗議文を書いた事もある。
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カシュっとプルタブを開けてビールを飲む。
うちの冷蔵庫と言う門番が常に、出入りしているビールのプリン体を計算をしており、本日の許容量を超えた出入りがあったのかピーピー喚いている。
まあ、そう設定したのはこちらだがな。
本物のビールはコクが違うなあ。
面白くないつまみと対面しながらちびちび味わって飲む。
「はぁ。」
開いた手紙には、時候の挨拶から始まってうんだらかんたら。
中身の何も詰まっていない手紙を摘む。
「クソったれの情報社会め。」
そもそもだ。住所を教えてないのに何故毎回手紙が届くのか。
ストーカーか?個人情報なんちゃらが全然機能してないんだが。
ぶつぶつと独り言ちる。
■―――――
・・・あれ?寒い。愛用の羽毛布団はどこに行ったのか・・・
『んー。うぇぇ?』
『なんだ来たのか。眠いのか?』
『テオ...メテオ』
『藻?なんだ急に?』
『も?』
『あれだろう。海の中に生える薬草。』
『藻って薬草なの?』
『マナポーションの原料で常設依頼出てたぞ。』
起き抜けに男の名前の分からない部分を適当に造語したら、それが藻だった場合。
滑ったどうのじゃない。人の名前で遊んじゃだめだね。藻で済んでよかった。よかった。
『ぼーっとしてた。』
『あれから2週間だからな。ずっと寝てたのか?』
『2週間? いやいやいや。音信不通=寝てるって。さすがに寝すぎで逆にしんどいわ。』
思ったよりも今回は時間が空いたみたいだ。
『年の半分寝ている種族もいるぞ?』
『...そうなんだ。』
そうだよね。コアラとかナマケモノって寝てるしね。獣人種色々いるみたいだしね。
どうやって生活してるのか気になるが、
これは覚えておこう。人によっては地雷案件だ。
話をしながら周りを見ると、宿の部屋の中だった。外が薄暗い。
『今、夜?なんか寒いね』
『ニグラスの時期に入ったから日が出る時間の方が短い。本格的に冬が始まる前に移動するか、滞在するかどちらにしても準備が必要だ。』
ニグラスってなんだっけ。なんか前に聞いたような気もするんだけど...
周りを見渡して、なるほど準備か。
それでこの状況か。
『荒れてるねー。』
『意外と色々入ってたようだ。記憶にないものまで出て来た。』
部屋には荷物が散乱している。最初は入口の方から出していったのか。あっちの方はまだ隙間がある。テントや椅子や武器がドアの前に置かれている。いつも使っている物から出したのが丸わかりだ。今はベッドの上に荷物が散乱している。その中でテオは本を片手に寝転がっているようだ。長い足が見える。
分かるぞ。整理してて本が出て来たんだね。そりゃ読んでしまうさ。
『こりゃまた入れなおすの、大変そうだ。』
『売れる物は売りたいんだが・・・鞄がいつ完成するか分からないからいつ移動できるのかも分からない。この国で年を越すことになるかもしれない。』
『鞄買ったの!?』
『ああ。5日前に蟒蛇亭で会った男にお願いした。』
いつの間に!どんな鞄だ?
今回は2週間。時間の喪失。いや。私にしてみれば何も失われていないはずなのに知らない間に蟒蛇亭に通っているとは何とも羨ましい。何度もあの味を・・・気持ちよだれが止まらない。
『どんな奇抜な鞄を・・・』
『普通の鞄だと思うが。そうだ。新たに固定魔法陣を加えて貰ったんだ。これで鞄の中で液体が漏れ出ることも無くなる。』
今までどんな被害にあったのか語ってくれたが、魔法鞄はいい感じに都合がいいものだと思っていた。確かに破れる事があるようだし、そんなご都合主義な存在はないのかもな。
『これは?屑鉄じゃん。』
『また出てきたんだ。後で換金する。』
袋が閉まらずにチラチラ屑鉄が見え隠れしている。たたずまいに存在感があるが、これだけあってもきっと10円にも満たないんだろうな。見るからに重そうな袋を見ながら考える。ふと、何かキラキラしたものが視線に入って見遣ると、3センチ大の艶のある石がベッドの上に幾つか転がっている。あれは魔物を倒すと時々出るやつだ。宝珠ってテオは言うけど、前に会った人は魔石って言ってたな。
『ねえ。魔石と宝珠はどう違うの?』
『一緒だ。』
一緒かーい。
魔石は魔法陣使や魔道具、削って魔法薬に使われる。魔物の心臓に当たる場所に作られ、討伐し取り出された魔石は大きさや魔素の蓄積量によって高値で取引される。また、鉱山や海の魔素溜まり等でも発見される。
前の国にいた時にテオが暫く一緒に居た人が居た。その、流離いのAさんが熱く語っていたから知っている。あの人は元気だろうか。前の国でテオと一緒に野山を駆けずり回っていた。
どういうことかって言うと、文字通り精一杯駆けずり回っていたのよ。
あの人は時にテオが倒した魔獣に目の色変えて飛びかかって、奇声を上げながらシリアルキラー並みに一心不乱に心臓部分にナイフを突き刺していた。
テオは慣れていたのか残りの残骸から可食部分と皮を剥いで使わない骨を投げ捨てていた。言葉がよく分からなかったあの頃の私は、あの惨劇現場で確かに白目を剥いていた。
因みにAさんの本名はサース・ウィラー・ルイエ。私の耳の問題で、流離いのAって言ってたからおかしいと思ったんだよ。ゲームのモブかと思った。また会うことはあるのかな。
そんなことを思い返しているとテオが話しかけて来た。
「俺の国では宝珠と言っていた。魔素が濃くなくて、他の種族よりも魔力量が少ないからな。貴重な宝珠の研究が盛んなんだ―」
テオの話はこうだった。
この世界は全ての種族に魔力がある。
しかし、魔力量には歴然の差がある。それは国に魔素だまりがあるか無いかが関係しており、種族によってばらつきはあるものの、小さい頃に魔素量の多い場所で育てば体の魔力を溜め込む器官が発達し、大人になった時の魔力量は大きくなる。
大人になってからも過ごす土地によっては魔力が増幅するようで、現にテオは調べてないが、国を出た時から魔力が増え魔法の発動時間も短くなったらしい。
魔力保有量の少ない種族が多い種族に対抗するにはどうするのか。
魔道具だ。
テオの出身国は、隣接する国が魔素溜まりを持つ魔法大国だった為対抗するようにいかに魔力消費量を抑え、強靱な魔力道具を創れるかに心血を注ぎ、日々魔石の研究に昔からいそしんでいるようだ。
魔石の研究者は国で優遇され、日夜魔石に取りつかれたように国の中枢で仕事をしているらしい。
そんな魔石に取りつかれた国が嫌になっちゃったからテオは国をでたのかな?
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