第8話 トーチと蟒蛇(うわばみ)亭


■―――――

日が完全に落ち、この職人工房街の通りは開放的な酔っ払いで溢れている。高い位置に街灯があり、飲食店の入り口はどこも開け放たれている。通路の至る所に席が作られ、どこの店の席なのか全く分からない。


仕事終わりの冒険者や工房街で働く人が集まって来ては飲めば歌えやで、ワイワイ騒いで実に楽しそうだ!


ふむふむ。あそこでエールを5杯飲むとお姉さんが席についてくれるのか。

あ。お触りは禁止なのね。ああっ!すでに短いスカートが!座ると更にムチッと!自慢であろうその足をガン見しつつ。おいしそうな物もチェックする。

肉厚な串焼きを大きな男たちは一口で腹に納めていく。鬼人種かな?色んな種類のピンチョスが皿にたくさん乗っているのは小型種用虫人種の料理だ。飛びながらお皿に集まって皆で好きなように飲み食いしている。


燻製スープや串焼き、パイ料理にマッシュポテトにステーキ!目移りしてしまう。隣は魚専門か。魚獲れる場所が、あるんだろうか。

あそこのテーブル皿で机が見えない!大型種の獣人パーティだ!


奥の方にエールの入ったジョッキ積みあがっている。エールタワー。何してるんだろう。酔っ払ってるのね。なるほど。女を掛けて飲み比べか?羨ましい!参加したい!でも近くの女性どっちにも掛けるからな。さっきコソコソしてただろう。見てたぞ!


先程から漂う美味しそうな香りに、極限まで減ったこのテオの腹が、もうどこでもいいから入ろう。もうどこでも一緒だよ。と訴えており、ついに静かに泣だした。


宴会場の隙間を探しながら道なき道を進んでいく男。テオ

絡んでくる男を屠り、色気たっぷりのお姉さんにエールを頼んでないのに一緒に踊ろうと手を引かれうっかり1曲披露した過去を持つ。』


『何言ってるんだ。さっきから。』


『え゛、なに?

何?テオ君。ㇵㇵ!』


『もう最後の方は本能のまま口にから垂れ流し状態だったな。因みに踊ってないぞ。』


『もー、あんなに情熱的に誘われてたのについて行かないんだもんなー。タコかってレベルでくねくねしながら腕にも体にもくっついてたじゃん。』


『ああ。オクタヴィアン並みにしつこかった。』


なに?

タコって言ったらオクタヴィアンって返された。何で?翻訳機能的な何かが仕事してるのか?



その後も、酔っ払いに絡まれながらも道を進み、

『あれじゃないか?』

酒樽に蛇が巻き付いている彫刻が彫ってある店に辿り着いた。



『蟒蛇ってあんな感じかもね!お酒大好きなイメージだよ』


お目当ての店に近づこうとすると、

ドンっと横から何かにぶつかって来られて、テオの体が少しブレた。

「う゛っ」


結構タッパのあるテオの鳩尾に荷物らしき四角い鞄がめり込んだ。


クリーンヒット。


「すまん。」

下の方から声が聞こえた。


「お前。  さっき突っ立てた奴か。」



ああ!さっきの再起動させてくれたドワーフだ!


「ああ。こっちも見ていなかった。失礼した。」

「堅ぇな。どっかの騎士様と話してるみてぇだ。」


ビクっと少し体が揺れた

「いや。冒険者だ。」



「フンッ。ここいらに用事か?」


「ああ。あの店は蟒蛇亭だろうか」

彫りを指さして聞く。


「ああ。そうだが。」



「そうかよかった。今朝聞いたんだ。なんでもトーチの処理が巧いと。」


「ふーん。なるほどな。付いてこい。」


何故かジロっと見られた。何か気に障ったのか?



ドワーフに付いて店に入った。


「いらっしゃい!空いてる所に掛けとくれ!」

店員の人間種の女性が声を張る。


「こっちだ。」

ドワーフが席を避けて進み、振り返ってカウンターをくいッと顎で指す。


「アンタが客を連れてきたのかい?」

さっきの女性が近寄ってきて話しかける。


「ああ。 ここに座ってろ。食わせてやる。」

そう言って店の奥に行ってしまったドワーフ。


女性と目が合って、

「とりあえず、エールを貰おう。」


「はいよっ」

明るく返事をしてくれるとカウンターの中に入って行く。

エールを準備してくれるのかな?


『トーチ食べれるみたいだね。』

『ああ。』

『捌くって言うのが気になるけど楽しみだなあ。あのドワーフのおじさん何か急いでたみたいだね。』


『まさかもう一回合うとは思わなかった。』

『ははっ怒られたしね。』

『まあな。』

あまり気にしない男。テオ;@*である。



カウンターからエールを貰ってグイッと飲む。

喉を伝う冷たい液体。

生命の水とはまさにこれだ。

歩き回ったのはテオだが、五臓六腑に染み渡り乾いた細胞の一つ一つが張を取り戻していく感覚が体を巡る。


「うまいっ。」

「今日は暑かっただろう?一気に冷える季節だけど、今日は冷やしてるんだ。」



「生き返るな。」

「ドワーフみたいな事言うねっ!」

笑って女性は給仕に戻っていった。



つまみとエールを楽しんでいると皿を持ったあのドワーフがこちらへ向かって来た。


「ほらよ。」


差し出された皿を見ると


これは・・・



『生だ!』

『生?』

テオが困惑気味に聞いて来る。



まごうこと無きホルモン。キレイな乳白色の動物の内臓がキレイにスライスされて皿に並んでいる。



この香りはディルか?


「トーチのカルパッチョだ。食ってみな。」



カルパッチョ。生の食材に香草とドレッシングとオイルを掛けたもの。

生の魚が使われるが鶏肉だったり馬肉だったり色々だ。本家は赤身肉らしい。


素材本来の新鮮な肉の味、爽やかな香草とドレッシングそしてそれらをまとめ上げるオイル。どれ一つ欠けてはいけない、



鮮度命の料理。



『それがカルパッチョ。』

『なんだ。これは?  奇形な物体だな。何かソースがかかっているのか?』

『新鮮な食材のみに通ずる料理よ。』


『よくわからんが食べれられるのか』



いつの間にか店内の喧騒は静かになる。この男、テオに皆が視線を集めている。

変な料理が出てきたからか、はたまたこのドワーフが出てきたからか。それとも“トーチ”という言葉が出てきたからか。



皆の視線を集めながら、

フォークで艶々と輝く物体を口に含む。フォークの軌道がまるでスローモーションのように口へと入っていった。。



目をつぶり、咀嚼し、 ふぅ。っと息を吐く男。


目をそっと開いて、一言。

「もう一皿くれ。」

そう言ってから黙々と食す。



ワァっとざわめきが戻り、こっちにもくれ!こっちもトーチだ!俺が先だ!などと言い合う声が聞こえてくる。



食した瞬間鼻に抜けるのディルの香りと複雑な柑橘系のソース。薄く切ってあるが、一度に噛み切れない弾力のあるホルモンは、噛みしめる度に内側から味が溢れて来る。口の中に美味しさが広がる。


『美味しい!』


表現力のなさには定評がある私。これ以外の言葉が出てこない。


『なんだこれは。美味い!』黙々と嚙み抜いていくテオ。


『カルパッチョだって。美味しすぎる!ホルモンの生食はおいそれと食べれられないんだよ!』

現代社会ではご法度な食べ方だ。肝機能障害になるから。ダメ。ゼッタイ。



噛み進めたまま、


『ホルモンってなんだ??』


『え? 動物の内臓。』




ピシッ




テオの固まる音が聞こえた。



固まりながらも咀嚼はしてくれているおかげで私は料理を楽しむ。

美味しい。本当に美味しい。

ワーワー言っている店内と時の止まるこの男テオ。


無意識ながらも咀嚼している所が本当にありがたい。

二皿目が出され、変な顔をしながらドワーフは厨房へ戻っていった。


しばらくして

ガッと体が前後に揺れた。


『戻ったかね。』


「ああ。」

動揺を隠せぬおのこ。


『ホルモンは焼かないと食ベれないはずなのに、生でも美味しいんだね。』


『内臓なんて初めて食べた。』


なんてと言いよったが、こちらでは基本煮るか焼くかのどっちかなのだ。

海を見たことが無いと言っていたので、生食初体験なのだろう。こちらの港町には生食文化はあるんだろうか??


しかし、今はホルモンだ。


内臓はドラゴンのような高位の魔物でもない限り換金価値が無い。その場で捌いた際は燃やすことをギルドで教わったらしい。



『こんなに美味かったのか。今まで捨てていたものが。。。。』



『いやいや。鮮度と処理がピカイチじゃあないとだめだよ。職人ではない素人は手を出してはいけない領域なんだ。』



『そうだな。もっと解体スキルが上がったらオレにも。』

新たに出された皿を空にして、パンで残りのソースもしっかり頂いたテオは、

空になった皿をじっと見つめている。


テオ君。「オレにも。」じゃないよ!

解体スキルの腕が上がったらやるつもりなの?

食べるつもり?


『やるときは前もって言ってね。』


各種ポーションを準備するように言おう。解毒と回復ポーションで行けるのだろうか。

まぁ。忘れずに言おう。



ドワーフが再び奥から出て来た。

「ほら。」

差し出されたのはスープだ。


「ここ最近じゃ燻製を出すのが流行りらしいが、元々はスープが有名だったんだ。」




キラキラ光る黄金のスープにミートボールのような肉塊が3つ沈んでいる。


スプーンですくい口にいれた瞬間、意識が霞んだ。


「旨い!」『美味しい!』


椅子を倒して立ち上がった。

言葉はもう追いつかない。ただ、旨い。立ったままスプーンを進める。


ホルモンとひき肉の混ざった肉玉だ。崩れた肉塊がスープと混ざると更になんとも言えない旨味が口に流れ込んでくる。


周りが騒がしいが、そんなことは気にならない。意識が持っていかれる目の前のスープに必死に食らいつく。


そして、何もなくなった皿をぼんやり見つめる。

これがトーチ。


『なんて食べ物だ。』『トーチ。』


そのあと再度煩くなった店内に別れを告げた。



気づいたら宿屋に着いていた。


『おやすみ。』もう寝よう。いや起きるんだったか?

霞んでいく意識はもうトーチだった。








スッキリと目が覚める。


トーチ。寝ても覚めてもトーチに頭を支配されている。


今日何度トーチと言ったのか。

なんだか笑えてくる。


「っし」勢いをつけて起き上がり過去最速でケトルのスイッチを入れる。


メモを書いてバンッと冷蔵庫に叩き貼る。


「トーチ旨し!!/テオ〇〇?」と。





ーーーーーーーーーーーーーーーーー

次回はまた2日後に。






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