第7話 夕暮の光
■―――――
ニルと別れてからもテオは依頼票の貼ってある掲示板を見ていた。
常設依頼を見ているようだ。
『換金って現金で貰わないんだね。』
『現金は重いだろう。今は貨幣価値の変動がそうそうないから現金は持っていないんだ。大きな町なら皆カードで生活しているからやり取りも簡単だ。』
『おおっ進んでるう。』
『お前は現金を持って生活しているのか?』
『みんな基本スマホだけど私は現金派かな。電車も買い物も家賃もタッチ決済だけど、実家の田舎に行ったら現金だよ。』
『...すまほ?魔道具か?』
『あー。うむ。あれこそ人間の英知の結晶よ。』
『移転はできるのか?』
『いや移転は無理。だけどほとんどの商品を取り寄せる事はできるよ。』
『...それはすごいな。』
『だよねー。』
私も訳わかんなくなってきた。
『そのギルドカードで買い物とか色々できるんでしょう?ごはん買った時は現金だったよね?』
絶品燻製スープを買った時は硬貨を出していたはずだ。
『ああ。手持ちの現金を減らすためにこの国に入ってからは硬貨を使っている。物は少ない方がいい。鞄に穴が開いてるし、またいつスられるか分からんしな。手に持つには重いし。』
ああ。屑鉄少年。スる財布を間違えたんだな。
『さっき持ってたカードって皆持ってるの?』
『冒険者は冒険者ギルドで、商人は商人ギルド、その他の国民も10歳になったら属する町の役所で発行してもらえる。現金もあるが、カードの方が楽だし確実だな。
あー。常設依頼は目ぼしいものはないな。どうしたもんか。』
『スラムの人たちは?』
『何?カードか?国に依るが、商人や冒険者見習いになって保証人を得て発行は可能だ。この国はしっかりしてそうだが、何処でも、どうしようもない仕事をして金を稼ぐ奴がいるにはいる。不正発行出来ないようになってるはずだ。それでも作れないやつは犯罪者か奴隷だな。』
『ど、奴隷。』
中々のパワーワードだ。
私の頭の中では今ボンテージを着たおねーさんが鞭をパシパシ叩いている。
『借金奴隷とか犯罪奴隷とか色々いるぞ。』
『へゑ。』奴隷か。
『もう夕方だし、宿に戻るか。』
『もうそんな時間?
え?なんで分かるの?』
『ギルドには時計があるからな。』
そんなものあっただろうか?
この世界に時間の概念があるの?
初耳ー。
『上。』
え?
『!!』
指を刺された所をたどると、
中央の吹き抜け部分に丸い球体が浮いている。
少し光りながら支柱なしに浮いている。階段が光っていると思ったが、この光か!
『マージック!!!!!!』
今年一番大きな声を出しと思う。声帯があるのかは謎だが。
「っ!?」
耳を抑える男。耳を抑えても意味ないだろうに。
『もう少し静かにしろ!頭に響く!』
『ああ、ごめん。何アレ!すごい!』
この世界で初めて時計を見た。
空中に浮かぶ金の球体。あれが時計だ。
ダンジョン籠るときに持つ砂時計のような物は見たことあるが、あれとは違う。これは完全に時計だ。文字盤はこちらの数字だが、秒針が滑らかに円を描いている。
恐らく日付や天気のマークみたいなものや他にも色々何かが表示されており、金の球体の周りを金の細い帯が交差しながらクルクル回っている。何をしているのかは分からないが、時折光って神秘的だ。
一度目に入ると存在感がぐっと増すような気がした。
あんなに大きいのに今まで見逃していたなんて。
『魅了、魔法?』
時計に目を奪われながら聞いてみる。
『あれは感知魔法だ。時計にかけられていて、1回見たら嫌でも目に入る。時間の感覚がマヒしがちな冒険者や交代制の職員の為に置いてあるらしい。商業ギルドや役所にもあるぞ。この世の時計には時の神ヨグ神の加護が掛けられている。』
『...まーじっく。』
時間に神にその名前。
忘れよう。触らぬ神に祟りなし。宗教関係には近寄らない。
『帰りしな飯いくか。』
『...うん。』
時計に目を奪われながら、最高沸点に達したテンションはすっかり冷めてしまった。
ギルドを出て広場を歩いている時に、グォ~ンと重厚な音が聞こえた気がしてギルドを振り返ったが緑の扉はぴったりと閉じていて、変わった感じは何もなく、空耳だろう。
『ギルドの扉って不思議だよね』
『ああ。確かに。冒険者になった時に無駄に出たり入ったりしたな。』
ギルドの扉は深い緑色をしており、いつも閉じている。近くに行くといつの間にか建物の中に入ってるのだ。いつでも閉まっているが開いている。不思議な扉だ。ギルド内の食堂の喧騒も一切聞こえない。
中央区広場を後にして露店街を歩き、夕暮れの緩やかな坂を上りながらぼちぼち店仕舞いの準備をしている露店に目をやる。紫色に変化している空を見上げると何かチカッと光った。
『お金?』
『なんだ?』
『空が光った気がする。』
『紋光だろう。』
『モンコウ?』
『共和国にはその土地毎に、防御魔法陣が組み込まれている。魔力の多い種族の漏れ出た魔力で発動してるんだと。空からの攻撃に備える為に結界を張ってるんだ。
共和国は山や森が至る所にあるし、中には飛行する魔獣がいるからな。光の具合で魔法陣の紋が見えることがあるらしい。
光るからって金とは限らんだろう。...金って。』
クツクツと笑う声が聞こえる。
『....へーソウナンダ。モノシリー。』
しばらく歩いているとあの串焼きの広場が見えて来た。人がいない広場に無造作に置いてある酒樽がやけに物寂しい。
『地味に足に来るなこの坂。行きしなは下りでまだ楽だったのに。』
『すまんねえ。楽して。』
『ドワーフ種はがっしりしている者が多いと思っていたが、この坂で鍛え上げられたものかもしれない。』
『っはは!確かに筋肉すごそうだったっ!』
暫くすると、完全に日が落ちて、露店街も人気が少なくなってきた。足元の街灯が道を照らしているので暗くはないが、朝の賑わいが嘘みたいだ。ちょっと行くと、自警団らしい集団とすれ違う。
国の騎士団と同じような組織だとテオに教えて貰った。
『あっちの方が明るいんじゃない?』
左手の何本か入った通りが光っている。こちらが暗いからやけに光って見える。
『あれは職人工房街か。露店街は内輪でやっている飲み屋しかないようだし、腹も減ったから食べて帰るか。宿にも頼めんしな。』
テオはそう言いながら明るい通りへと向かっていった。
近づくにつれて明るさが強くなると、気分も段々上がってくる。
光の強いその通りに入った瞬間、幕をめくる感覚がした。その一瞬、大きく騒がしい音が耳に入ってきた。
騒がしい話し声と重なるテンポの良い音楽、綺麗なお姉さんが何人もクルクル踊っている。
歩行者天国ってこんな感じだった気がする。
『さっきまで明るいだけで声も聞こえなかったのに。』
「遮音結界か。」テオがつぶやく。
『工房は稼働している時煩くなるのは当たり前だ。だから通りと言うか区画で結界魔法陣を布いているんだ。すごいな。』
この男、テオは驚いて固まり、感動しても固まる。魔法の国で生活しているのに、思いがけない魔法陣の使い方に出会うと固まるんだ。これは、最近理解した。
今このとき、声のトーンは変わらないのにテンションは爆上がりだろう。そうは見えないけど...
『ねえねえ。どこかに入ろうよ。』
『おい!おにいさーん。』
『止まってるぞ。これも時魔法の一種か!』
『おーい。』
『まったく感動屋ボーイなんだから。照れちゃってえ。』
『いいかげん起きろよ!!!!!』
こういう時は活動再開するまでつらつらと思ったままに独り言を言う。
・
・
・
「おい。そんなところで突っ立ってんな。邪魔だ。」
テオの体がビクッと跳ねた。
おお!起こしてくれる人が現れたぞ!
長すぎてこちとら眠りかけたぞ。本体は夢の中のはずなのに。
「っすまない。」
再起動したテオが避けるとその男性は私たちが来た方向に姿を消した。ここよりも暗い通りだからか、姿が消えたように見えた。
おおっ、まーじっく。
『とりあえず、どこか入ろう。お腹すいたよ。』
『すまない。そうだな。』
この通りは日中の露店街並みに人がひしめいている。荷馬車が通るであろう広い道路に馬が一頭もおらず、立ち飲み用のテーブルや酒樽が点々と置かれている。時折ワァっと声が上がる。喧嘩か!?いやぁっ!実に楽しげな通りだ!
ドワーフが多いが、喧騒の中には、人間種もエルフも獣人もあれは虫系か?触覚と畳んだ羽が見える。小さく羽を生やした人が踊り子さんとキラキラした鱗粉を撒きながら一緒に舞っており、如何わしい雰囲気の集団もちらほら。そこのお姉さんポロリとしてしまいそうですよっ!
『わっ!祭りだ。祭り会場だったのか!ここは!』
『確かに祭りみたいだ。』
『わしは!わしは旨い飯を所望するぞ!』
テンションは再度爆上がりでどこもかしこもキラキラして見える。
『その半分位の期待で構えてくれ。・・・ああ。あの店を探そう。今朝聞いた―』
『蛇っぽい亭か!』
かぶせ気味に言ってしまったが名前が出てこない。
『蟒蛇亭だ。職人工房街と言っていたからあるはずなんだが。』
そうだった! 探そう。えーっと。トーチだ!トーチとやらの燻製を出してくれるはずだ。
明るく騒がしい通りを練り歩く。あっちに行こうと歩き出したが少し下り坂だったので、方向的には中央広場方向に向かっているのだろう。
歩こう。
まだ見ぬトーチを目指して!
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