第4話 露店街の下り坂

「おはようございます。」

今日は雪が降り始めて電車が遅れているようでフロアには数えるくらいしか人がいない。

皆在宅か。そうすればよかった。


昼休憩の後、内輪の会議を終えて戻るとアナウンスが入る。

積雪の警報が出たらしい。

この時期に積もるのか?と思ったが、電車が止まると大変だ。

キリのいいところで帰ろうと仕事を進める。


「あっ。早く帰らないと家に辿りつかなくなっちゃうかもしれないから先に帰るね。みんなも早く帰ってね!」


部長が一番先に退社した。いや。あんた一番家近いだろうが!

と思ったがいつもの事なので何も言わない。


「主任すみませんっ!修正入ったんですけど、私の電車止まりそうでっ」


帰ろうとしたところにそう言われたが仕方ない。

彼女は山岳方面の電車を使っているので、止まる可能性が高い。在宅申請をし忘れたようだ。しょうがない、受け持とう。


「メール転送しました!すみません!先に帰らせていただきます!」

そう言って慌てて帰っていった。


仕事を終え、電車も止まらない内に家にたどり着いた。

鍵を閉めるとその場で一気に服を脱ぐ。今日もシャワーだけでいいか。


簡単な夕食を済ませて、明日は休みだし、

晩酌晩酌!パックの日本酒を温めて熱燗、誰が何を言おうとこれは熱燗だ。


 


■―――――

クワッと引き寄せられる感じがして意識がはっきりする。


『知らいない天井だ。』

最近読んだ小説に書いてあった言葉だ。

あの主人公もこんな不思議な気持ちだったのかもしれない。


この男は、まだ起きていないね。

しかし男は起きていないのに、なぜ私は目が見えるのか。謎だ。


中に入っていると思っていたが、違うのか?あれか?憑いているのか?幽霊的な?


縁起悪い感じがするから、守護霊だと思うようにしよう。激弱だがな。


つらつらとそんな事を考えていると体が左右に揺れて起きるようだと身構える。


『おはよう』

ビクッと小さく体が動いてさらにもう少し待つと

「来てたのか」

と声が聞こえる。


完全に男の意識がはっきりする間に鐘が鳴った。おそらくあれは1の鐘だろう。


整えて食堂に降りて行くと、

「空いてるところに座ってね」ドワーフ女将に言われる。


家族連れや2組のパーティーらしき冒険者達が食事が終わったのか談笑している。

皆朝早いな。


出された朝食は硬いパンと卵とトマトの炒めたものとスープ。

このスープも燻製のいい香りがする。



卵の炒め物を匙ですくって男が口に入れると、

『バジルだ』

『この薬草はバジルというのか。』


青っぽいが爽やかな風味が口に広がる。

人の手が入った料理だ。美味しい。


『美味いな。』


『硬いパンに卵乗せて食べてみて』


やはりボソボソしているがトマトの水分でいくらか柔らかくなる。


この男はこのトマトが好きだ。

『アメーラが美味い。』

トマトはアメーラと言うのか。いや前にも聞いたような気がする。

難しいな。覚えられそうにない。


『スープも燻製肉が効いていて美味しいね。』


『そうだな。この町はスープに燻製肉を入れるのが主流なのかもしれない。旨い。』



朝食を堪能した後は、

『ギルドに行く』


早いな。多分まだ7時にもなっていない。私的には早朝だが、良い依頼は朝一で無くなるとのことなので、この時間では良い報酬の依頼はないらしい。


冒険者って粗野なイメージだが健康的だな。


ギルドという場所には何度か行ったことがあっる。いわゆる仕事斡旋所だ。

ハローワークだと思うと一気に異世界感がなくなるが、仕事内容は魔獣討伐や護衛、人探しに採取系と単発依頼から長期依頼と多岐にわたる。


今まで受けた仕事の話を聞きながら、ギルドに向かう。

この男は元騎士の冒険者だ。何があったのか聞いたことはないが、

まあ、騎士団が嫌になったのだろう。話すときの声が一層低くなる。


カラマンドスネイルの粘液採取で直に粘液を触ってしまい、そこから3日程手に持ったものが全て滑り落ちた失敗話やマンドラゴラの採取に遮音結界を使ったら土の中の方向にマンドラゴラの悲鳴が響いてしまい、冬眠していた虫系のピーパスが錯乱し地上に出てきてしまった故の時期外れの討伐をした話を聞いた。


魔物の名前は一切頭に残らなかったが、切っても切っても虫だらけ。人くらいの大きさな虫が積み上がるのは結構グロいな。ダンジョンみたいに土に還ればいいのに。


魔物って冬眠するのか。



マンドラゴラにはスリープ魔法か聖魔法をかけるのが正解らしい。

討伐方法の基本書はギルドの図書館にあるらしいが、持ち出し厳禁で、そもそも字が読める人が少ないから最初は手探りで討伐するらしい。


初心者冒険者はギルドで講習を受けるか荷物持ちとして上位のパーティに参加するのが基本らしい。


へえ。


話をしているとやっと露店街を抜けて中央区広場に出た。

露店どんだけあるんだよ!時間的にまだ出てない露店もあるというが、

食品系やポーション等の薬系の露店はもう営業を開始していた。


この泊っている宿も中央区内だが、この広場がこの国の本当の中心地だ。ここに来るまで結構時間がかかったので、仕事を受ける際は大分早起きをしなければならない。リイヤックの中心地であり、主要施設が集まっている場所らしい。


その場でぐるりと視線を一周させる。


『コロッセオみたい!』

『コロ?俺はお椀みたいな国があると聞いていた。先ほどから見えてはいたがこれはすごいな。』


このリイヤックはもともと1つの国家で共和国になった今も王は居るし城もある。

岩山をえぐり取って作られたような地形をしている事で有名で、中心地である中央区がある場所が一番標高が低い。


さっき歩いてきた露店街も実は下り坂で、どの通りもこの広場にたどり着くように長く緩く下り坂になっている。


三ノ宮駅から異人館を見上げるように、

来た道の先、中央区のこの広場の先、北側を見上げる。

圧巻だ。

立ち入り禁止区域の貴族街は、要塞のような家々が反り立っており、どの家の外壁もドワーフの粋を尽くした豪華な装飾がしてあるのが見える。外壁に色はなく、灰白色の石を使っているようだ。


立体的な装飾は、一軒一軒テーマがあるのか違いがあり、それぞれが主張している。しかしながら、貴族街を一つとして見れば調和がとれた絵画のように見える。

その一番上の山頂にある城の外壁は遠目に見ても一際大きく、左右に翼を広げるように立った建物細かな素晴らしい装飾が施されている。



『絵が描いてあるみたい不思議。』

『凄いな。これがドワーフの国だと、知らしめているようだ。』



しばらく貴族街を見て呆けてしまった。


「観光かい?」

下の方から声が聞こえた。いつの間にか男性が隣に立っていた。


「すごいだろう。毎年装飾を増やしていくんだ。」


年嵩の男性だろう。しかしドワーフは見た目の年齢が分かりずらいな。


「毎年か?」

「ああ。大会みたいなのがあって、今回優勝した工房が、ああ。あそこだ。」

男性が右手を貴族街の東側に向ける。


蔦の外壁が特徴の屋敷の屋根からロープを下して何人かが外壁で作業しているのが見える遠いし小さすぎて何をしているのかは全くわからないが。ぶらんぶらん。と揺れている。


『ひえー!落ちそうで怖い!』


「歴史ある壁に新たに手を入れるのは職人の誉れだ。わしの手はもうノミもうまく握れないが、あそこ。王家の城の2つ下に花の外壁がみえるだろう?80年も前になるのか。あの一等大きな花を入れさせて貰ったのよ。現場を離れても作ったものが残っているのは嬉しいものよ。」


『あのつぼみがたくさん並んでる花だよね?』

馬酔木(あせび)っぽい花だ。


『多分そうだ。ここからでも結構な大きさだな』


「美しいな。」



「ありがとう。どこかへ行くつもりだったんだろう?引き留めてすまんな。」


「ああ。冒険者ギルドと露店に。」

「冒険者だったのか。出で立ちが商人かと思った。」


「いや。冒険者だ。・・・そうだ。トーチの燻製はどこで食べるのがおすすめか聞いてもいいか?」


『まだ見ぬトーチよ!』

少し忘れていた事は言わない。確かメモにも書かなかった気がする。


「・・・トーチのう。あれは露店よりも店で食べた方が鮮度が良いのお。職人街にある、蟒蛇(うわばみ)亭に行くといい。あそこはいい処理をする。」


「ありがたい。行ってみる。」


自慢話に付き合ってくれたお礼だといってご老人は去って行った。


『80年前だって。』

『ドワーフは300年程生きるからな。』

『生命の神秘!酒は百薬の長だからか。』

『なんだそれは。』

『酒は薬よりも効くって言った人がいるんだよ。』

『エルフ族は寿命1000年越えだが酒はほどほどだぞ』

『気の持ちようよ。』

『そうか。』



ここから目と鼻の先にギルドはある。どっしりとした岩をくりぬいたような建物がギルドだ。国によって建物に違いはあれど、ギルドの扉はどの国に行っても同じ緑色に盾の紋章が彫ってある。


余談だが、この広場はセントラルパーク並みにデカいのだ。


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