第3話 屑鉄少年
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名残惜しくスープを飲んだ後に残りのエールも飲み切って、
『満足満足!美味しかった!スープもだけど、さすがビールの町だよね。クラフトビール程独特の香りは強くないのにガツンとコクがあって、飲んだ後に爽やかに鼻から何かが抜けていくんだよ。何かが!』
『エールの事か?確かに最後の香りがすっきりとしているな。薬草か?』
二人であーだこーだと言いながら、話は鞄に移っていく。
『ねえ、腰の鞄新調するの?それ以外の鞄見たことないけど。』
この男はとても身軽だ。
魔法陣の描かれた某お猫様のような4次元風ポケットが付いているらしい。
何分触れないもので見ることしかできない。羨ましい。伝説のポケットに手を入れてみたい・・・
『冒険者になった時に世話になった商会で買ったのだが、国を越える際に魔獣に爪で引掻かれてしまった。付与も小さい鞄だからそろそろ新しい物を買おうと思ってこの国に来たんだ。』
『付与かあ。異世界っぽいなあ。』
『そうか?魔法の値段にもよるが、ある程度の時間経過と重さの軽減と容量拡張はしたいところだ。』
『お金。』
『まあまあ掛かるかもな。
こないだのダンジョンで時空魔法の宝珠が出たからそれを使おうと思う。』
頭にその宝珠が出てきた時の映像のようなものが流れてきた。
思い返しているのだろう。
『そんな宝珠出てたのね。』
『ああ。お前が来る前にな。』
この世界と言っていいのか、この男に入る時間軸には規則性がない。
私にとっては彼がダンジョンに行ってたのは昨日の事だが、こちらでは数日経っているようだ。
そして私は日をまたいでいるのに、彼にとっては、同じ日に2回お邪魔することもある。
今のところまずいタイミングで入ることはないが、まぁこやつも男なもんで、夜にお邪魔した時は、毎回ひやひやしていたりする。
男が寝ている時に入ってしまうと本当にやることがなくて、天井が時々顔に見えたりしてヒヤッとすることもあった。
『そろそろ表の露店に向かうか。』
そう言って円形広場を出ようとしたところで、何かがぶつかってきた。
「おい。」
男が咄嗟に足にぶつかってきた男の子の腕を取って、持ち上げる。
この男が怪力なのか少年が貧弱なのか。
「おいっ離せよ!」
「それは置いていけ。」
そう言ってぶらんと持ち上げられている少年のポケットから小銭入れの巾着取り出す。
ああ、スリか!すごいな。どちらも手早い。
私なら取られたことにも気づかないだろう。早業だった。
『おお!』
思わず無い手を叩いてしまった。叩けてはいないが雰囲気だ。
「なにすんだ!それはオレんだ!」
お前の物はオレの物的な考え方か?嫌いじゃない。元気少年だな。
「はぁ。」
男のため息にその目を見た少年はビクッとする。
「いくらだ?」
「え?」
「この袋の中には幾ら入ってる?」
「えっ」
因みにだが私はこの世界のお金をちゃんと分かっていない。教えて貰ったが、材質とか為替とかの話になってギブアップした。
「はぁ。」2回目のため息。
「・・・」
「ほら開けてみろ。」
少年をおろして袋を持たせる。
「入ってても5偽(ギ)メダくらいだろう。」
『え?』
私でも分かる銅色の鉄貨と言われる最小単位の皿に下。屑鉄貨。
所謂、今はない「銭」と言われるようなものだ。
消費税が上がって複雑になって繰り下げされるような、
ex.)紙袋代10.14円の0.14円の部分だ。
直径小指の第一関節位のお金がじゃらじゃらと入っているのが隙間から見える。
鉄以下の素材から作られる硬貨で100枚で鉄貨と交換される最弱コイン。
このお金は知っている。衝撃的だったから。
交換が貨幣価値じゃなく枚数という所に。
集めても重いだけのガラクタコイン。
最安の硬パン1個も買えない。
まあそれ以下のパンもあることにはあるらしいが。
確か硬パン1つ鉄貨70と言っていた。多分鉄貨1枚で1円くらいだと思う。
『金欠・・・』
思わずつぶやいてしまった私。
「金がないわけじゃない。」
「えっ?」
袋を持たされた少年も困惑気味に返す。
「いや。とりあえずそれがお前の物だというなら、お前にやろう。袋の方がまだ価値があるがな。」
「・・・」
完全に狙う相手を間違った少年。まさかの金欠男だとは。
何も言えなくなってしまうくらいテンションも気持ち顔も下を向いて黙っている。
『さっき頼み過ぎたかも。』
『何言ってるんだ。』
『だって。』
『働いているから金はある。』
『だって。』
『あれは換金待ちの釣銭だ。鞄の破れたポケットに入れていたようだ。俺も忘れていたが、袋を破れた箇所から引き抜いたんだろう。』
少年から目を離さず話しかけて来る男に、
『なるほど!そうか!びっくりしたよ!』
彼の生活にお邪魔している身としては本当に安堵した。
「お前スラムの孤児だな。」
スラム。スラムか。あるんだなぁ。あるよなぁ。
中東に行った時に見たことがある。
「・・孤児じゃない。」
消えそうな声でつぶやく声が聞こえた。
「そうかそれ持って、さっさと行け。」
言いやってその場を離れる。
少年を見るとまだ下を向いていた。
今度はもっとお金を持っている人にバレないようにやるんだよ。捕まらないようにね。少年に向かって念を飛ばす。
『鞄屋さん。鞄屋さん。』
切り替えるように言ってみる。
「そうだな。」
彼は静かに答える。
露店街まで戻って来た私たちは鞄を見て回った。品質はどれも良い物だったが、やはりこれといった決め手がないらしい。
どれも良い商品だったように思うが?奇抜な物をお探しなのか?
『今日は宿に帰ろうと思う。』
『うん。まだ時間じゃないから付き合うよ。』
この男を離れるタイミングはなんとなく分ってきた。
だんだん霞掛かったようになるのだ。時々違うパターンもある。
『じゃあ宿に戻る。』
露店街の2本左の通りが宿場街のようだ。
因みに露店街よりも右側の一帯が裏通りと呼ばれる職人工房街だ。
オレンジ屋根にどっしりとしたこげ茶色の外壁。
木の丸扉を開けると、
カランカランと鳴った音に気付いて奥から女性が出て来る。
「お帰りなさい。」
ドワーフの女将さんだ。
「夕食は昨日と同じく頼む。」
「はーい。」
一言告げて鍵を受け取って廊下の奥の階段を上がった。
『いい部屋だね』
2階の入った部屋には、シンプルにベッドとランプの乗ったサイドテーブルと一人用ソファーと丸テーブルが置いてある。この宿は基本素泊まりで前もって言っておくと夕食を出してくれるらしい。
さっきのは今日の夕食の事?この時間で間に合うのか。“前もって”の時間ってすっごいアバウトだなぁ
『あ。もうそろそろかも。』
しばらく話していると目の前がかすむように周りがぼやけてきた。
『そうか。またな。』
『うん。ありがとう。いい鞄買えるといいね。』
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ピピッピピッピピッピピピピピピピ.....
「・・・っ」
寒い。日々冬が近づいている気がする。朝は特にそれを感じる。
もう少しいいかな。いや。このアラームは最終警告の気がする。
もうちょっとだけ。いや。だめだだめだ。
3分程葛藤して一気にカーテンを開く。
あっ。
勢いでフックが抜けた。
起き上がり、ケトルに水を入れてスイッチオン。
『屑鉄少年/鞄/テールスープ』メモして冷蔵庫へ。
洗面台へ向かう。
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