第2話 燻製とエールとドワーフの国

今日は先輩の送別会があって家に着いたのは11時過ぎだった。

部屋の鍵を閉めたと同時にその場で服を脱いで左手にある洗濯籠へポイっと投げる。

あ。靴下落ちた。まあいいか。


今日は簡単にシャワーだけ浴びて、ちょっとだけお酒飲もうかな。

飲み会だったからちょっとだけ。

今日の居酒屋の蓮根のはさみ揚げが美味しかったな。

と思い出しながら、焼酎を舐める。


揚げ物は家でやると匂いがなあ。買うの一択だもんな。蓮根レンコン。そういえば家で調理したことないな。。。




■ーーーーー



ふっと意識が持ち上がる感じがして目を開ける。瞼はないが感覚的にそんな感じ。


ガヤガヤと結構な人数が周りに居る音がする。。


ブレていた焦点が合ってきた。


商店街?

煉瓦のような固そうな灰色の石畳の上に簡易的に丸太を組んでカラフルな布を天幕にした店が道の両脇にずらっと軒を連ねている。ランプが色々吊り下げられていたり宝石やペンダントみたいな装飾品からナイフやあれは金槌⁇色々だなぁ。



男の視線が左右に行ったり来たりしており、何かを探しているような気配がする。


基本的に男の向いている方向を見るようになるが、ある程度なら視界を男と別に広げることが出来る。


『何か探してるの?』

居候先の男の肩が少しビクッと揺れる。


「っ」『なんだ。今来たのか。』


この男はいつも私の事を来るとか帰ると言う。

自分の体に誰かが来るとか帰るとか、あまりにも動じない。


言葉が通じなくて、認識もされなかった最初の頃よりこの世界が身近に感じる。



そういえば、単語が通じるようになって慣れてきた時に、周りの目線でこの男が割と大きめの独り言を言っているような状況になっていると気が付いて、慌てて指摘してみれば、いきなり道の真ん中で活動停止してしまった。


『おいおい勘弁してくれ・・・

 こんなところで止まんないでよ! 

 あ、キレーなお姉さんが変な目でこっち見てる・・・』


つらつら出た独り言はちゃんと聞こえていたらしい。固まってたのに聞こえてるのか。他人が中にお邪魔してる事といい、謎な体だよね。



あの後持ち直してすぐにその街を出たのには笑ってしまったが、分からんわけではない。



今では大分意思疎通ができるようになった。

まだ聞き取れない言葉もあるが、固有名詞だったりするので余り気にしてない。


『こないだ行ったダンジョンで毛皮が手に入っただろう?あれで鞄を新調しようと思ってな。』

『へえ。鞄も露店で売ってるのか。』


『いや。露店では裏通りの職人工房街の見習いや大店の下っ端が店番して商品を売っていることが多いんだ。だから露店で気に入った商品を探して、その工房か店を紹介してもらう予定だ。』


『なるほど。結構時間掛かりそうだね。』


『既製品でもいいが、中々おさまりが悪くてな。』


有名な長距離商店街以上に長い露店だ。出店も毎日変わるようで良いものが欲しいなら毎日日参するのが基本らしい。この男も近くに宿を取っているそうだ。


『それで?いいお店あった?』


男は少し唸った後で、


『いや。作りの丁寧な店を見つけたんだが、質がいい店が何件かあって何処に頼めばいいのか・・・』


『こんなに店が多いと大変だね。好きな感覚で選んでいいんじゃない?そんで、ちょっと休んだら?今って昼?』


『そうだな。4の鐘が鳴る前位か。』


4の鐘は大体15時くらいだと前に教えてもらった。

この場所では時計を持っている人間はごく僅かで、鐘で活動時間を知らせるらしい。鐘の鳴らし方で時間を教えてくれるそうだが、私にはどの鐘も同じに聞こえる。


6時 「1の鐘」

10時 「2の鐘」

12時 「3の鐘」

15時 「4の鐘」

18時 「5の鐘」

20時 「6の鐘」 


1の鐘で起きて、2の鐘で仕事始め。

3の鐘で昼休み。

4の鐘から午後の仕事始め、5の鐘か6の鐘で閉まる店が多いとのこと。


まあ時間ピッタリに事が起こることは稀で、目安で鳴らしているらしい。結構適当だなぁ。



『そういえば腹減ったな。何か食べるか。』

『この町の名物とか食べてみようよ!』

『俺の腹だが。まあいいか。』

『ここなんて町?』

『リイヤックだ。前に居たセルリオン帝国を抜けて、オクトクバルツ共和国に入った。』


『国越えしてたのか。知らなかった。』


聞いてなんだが、国名に馴染みが無さすぎて覚えていられそうにない。


『オクトクバルツ共和国はいくつかの種族が一緒になってできた国だ。法律も細かく分かれていて人間種が住むのは大変そうだが、物作りを得意としている種族が多いからとても品質がいい。リイヤックはドワーフ種が多い』


ドワーフ・・・以前、酒場で喧嘩しているドワーフを初めて見たときに『おお!』っとテンションが上がって叫んでしまい、びっくりしたこの男はエールを盛大に溢して、酒を無駄にするなと店主のドワーフに怒られた。


あの時はすまない。


『名物はトーチの燻製と酒だそうだ。』

『燻製と酒!なんて罪深い組み合わせ! あっちの方からいい香りが!』


露店街を外れた少し先に公園のような円形の広場が見える。食べ物の出店が集まっているようだ。肉を焼いたいい匂いがする。


『そうだな。とりあえず何か腹に入れるか。』


広場にはいたるところに大きな酒樽が並び、それをテーブルにする様に各々食事を楽しんでいる。


一通り露店を見て回ったがトーチの燻製はどの店も売り切れで食べることができなかった。


『悔しいなあ。売り切れってことは美味しいものだと思うんだけど、トーチの謎が深まるばかり。』

『今度また探してみよう。』


色々店を冷やかして回り、美味しそうなものを手当たり次第買ってもらった。

食べるのはこの男なのだ。

あっちこっちに、あれは?これは?と質問していく。


「おい。もうそのくらいで。」

思わず声を出してしまったようで、


『あ。』

「あ。」


「何だい兄ちゃん。まだ炙りたりないだろう?腹壊すからもうちょっと焼かせろ。」


注文した串焼きを待っているタイミングで声に出してしまったらしい。店のおっちゃんがこの男を見上げて笑った。


『セーッフ!セーフだよ。相棒!』

『っ』


「そうか、すまない。」


『ごめんよ。調子乗って。この串焼きで最後にするから。』

少しだまった後で、

『そうしてくれ。』

と言われた。

はい、気を付けます。

あの変人を見る目は慣れたくないもんだ。


男が食べるとじぶんが食べたかのように頭の中に、口の中に味が広がる。

何を言っているのかと思われるが、感覚的にはそんな感じなのだ。

その中でもスープは絶品だった。


・エレヴィータのテールスープ

火山付近のエレヴィという火トカゲの雌をエレヴィータと言い、そのテール(しっぽ)肉を焼いてから燻してスープに使っているらしい。


何のチップを使っているのか不明だが、とにかく香りが絶品だった。もう少し堪能したかったが、腹具合も9分目位だったのでなにも言わずにいた。


また今度お願いしよう。





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