第20話 侯爵の幼馴染、カルロの訪問

一週間後、

カンパニーレ侯爵は元気に仕事復帰した。

そして執務室の侯爵は、相変わらずのピリピリしたムードの中、膨大な業務量をこなしていた。


「侯爵、印刷機を買いましょうよ」


「そんな高価なものを手にいられると思っているのですか。

行政文書は手書きです。手書きでお願いします」


「それなら、書記官を雇いませんか?」


「前にも言ったはずです。仕事を教える時間も資金もありません。

書記官? そうですね。あなたが書記官になれば良いのでは」


「えっと、わたしは、そのために来たんじゃなくて……」


「では、今から任命します。クレメンティ伯爵令嬢、あなたを書記官に任命します」


わたしが言いたいのは、そういうことじゃない。


修道院には手動の印刷機があった。

それで会報や、教育に必要な教科書を印刷していたから、印刷機があれば便利なのにと提案してみたのだけど。

全然とりあってもらえない。

それどころか、その提案は自分の首を絞めることになった。


わたしが書記官?

違うでしょ。わたしは侯爵の婚約者という契約でしたよね。

でも、口に出して不満は言わない。

だって、「いつでも契約解除できます」って言われるに決まっているから。

それは、嫌だ。

嫌…なのか?

あれ?わたしは、なぜ嫌なんだろう。

こんなにパワハラ受けているのに。


「旦那様、横から口出しするのは失礼とは存じますが……、

モニカお嬢様は、書記官ではございません。

結婚契約書に書いてある通り、婚約者でございます」


ナイス! ジョバンニ。

あなたって、やっぱり天使だわ。


「そうか。じゃ、わかった。

それなら、兼務ということでお願いします」


兼務? 侯爵、全然わかってないじゃない!


その時、執務室の扉を従者がノックした。




「旦那様、来客でございます」


「来客? 珍しいな。誰ですか?」


「ルチアーノ領のカルロ様です」


「わかりました。今行きます」


カンパニーレ侯爵は執務室を出て行った。

きっと行政のお仕事だわ。

お忙しいのね。

さて、書記官に任命されたからには、任務遂行するか。


仕方なくペンをとったら、ジョバンニは言った。


「わたくしも下に降りますが、モニカお嬢様もご一緒に参りませんか?」


「ジョバンニ、わたしにお仕事の話はムリ、ムリ、ムリ、ムリ」


「たぶん、お仕事の話ではないと思います。

モニカお嬢様はお顔を出された方がよろしいかと」


「えー、気が進まないわねぇ」





ジョバンニに促されて、下の応接間に顔を出した。

そこに立っていた来客は、侯爵と同じくらいの年恰好の好青年だった。


「おや、ロリー、こちらのかわいいお嬢さんはどなたかな?」


侯爵の事を親しげにロリーと呼んだその人は、ブロンドのショートカットに大きな瞳が印象的だった。


「紹介します。わたしの婚約者書記官、

 モニカ・クレメンティ伯爵令嬢です」


「兼? 婚約者、兼? 何それ。ロリー、

今度の婚約者には仕事もさせているのか」


「それだけ、業務がひっ迫して人手が足りないのです」


カンパニーレ侯爵は、内実を青年に打ち明けた。

内輪の話を打ち明けるほど、この青年を信用しているんだ。


「クレメンティ伯爵令嬢、こちらは、わたしの幼馴染でカルロ・ルチアーノ公子」


侯爵は、わたしにその青年を幼馴染と紹介した。


「はじめまして、モニカ・クレメンティと申します。

婚約者、書記官、看護師、料理人、農婦、それから……」


カンパニーレ侯爵が慌てて止めに入った。


「何のつもりですか。クレメンティ伯爵令嬢、そんなに多くを任命した覚えはありませんよ」


「あら、失礼しました。わたくしの記憶ちがいでしたかしら。

要するに何でも屋でございます」


ツン、

日ごろのパワハラのお返しです。


「何それ、超おもしろい! 

モニカお嬢様、わたしは、カルロ・ルチアーノ。

隣の領地を守っているルチアーノ伯爵の長子です。

親父がまだ現役で頑張っているので、爵位は継いでいませんが、

ロリー……、ロレンツィオとは幼馴染で長く付き合いをさせていただいております」


だから、親しげにロリーと呼ぶんだ。

侯爵が更にカルロ様についての説明を付け加えた。


「カルロとわたしは一緒に辺境地の国境を防衛しています。軍備で連帯しているのです」


そうか。

そういえば、前に業務の一部を友に助けてもらっているって言っていたわ。

このカルロ様のことだったのね。


「今日はね、美味しいワインが手に入ったからお祝いに持ってきたんだ」


お祝い? 何の?


「なんだ、なんだ? この白けたムードは。全然盛り上がってないなぁ。

どうしたんだ、せっかく誕生日パーティを盛り上げようと思って来たのに」


「カルロ、わたしの誕生日のことなら、毎年誰も祝わないから、わからないのです」


「え? ロリーは誕生日パーティとかしないのか?」


何! 侯爵様の誕生日ですって? どうして誰も教えてくれないのよ。

言ってよ! そんな大事なことを屋敷全体でスルーしているってどういうことよ。

ここは、スルーしていないふりだけでもしないと…


「カルロ様、そんなことはございません。

これからケーキを焼こうかと思っていたところです。

カルロ様もゆっくりしていってくださいね。

腕によりをかけて美味しいケーキを焼きますから」


「君、ほんとに、料理人なんだ」


「はい、やることがたくさんあって楽しいですよ。

では、準備に取り掛かりますので失礼いたしまーす」


とびっきりの笑顔でわたしは応接室を出た。


何よ、言ってよ! 誕生日ぐらい。

さあ、こうしちゃいられないわ。

モンテローザ、コック長、マリア、やるわよ!

修道院の調理場経験者、本領発揮よ!


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