第21話 厨房は戦場

 厨房では、皆が軽くパニックに陥っていた。


「お嬢様、本気ですか」


「何が」


「今からお誕生日用のケーキと料理を作るって。間に合いませんよ」


「あなた、コック長でしょう。時短のメニューくらい頭使って考えなさいよ」


「そんな…無慈悲な」


使用人たちが、ざわつきはじめた。


「恐っ、コック長を叱りつけたぞ」


「今度来た婚約者さんは、旦那様だって、執事だって、叱りつけていたぞ。俺は聞いた」


「こんな婚約者初めてだな。

叱られたほうも、グウの音もでないくらい論破するらしい」


家政婦のモンテローザが使用人たちにカツを入れた。


「だけど、お嬢様のおかげで、いろんなことが改善されていますでしょう。

あなたたちの食事内容だって、よくなったと思いませんか?」


「それは、もう」


「長らく忘れられていた誕生日会が復活するかもしれませんよ。

さあ、みんなで協力しましょう」


モンテローザが使用人たちを説得にかかっている間、

わたしはパントリーの中で使える食材を片っ端からかき集めながら、

同時にメニューを考えていた。


いかに、時短で美味しいものを大量生産できるか。


修道院の療養院で子どもたちのために作ったメニューを思い出した。

うん、これならいけるかも。


「お嬢様、オーブンを温めておきましょうか?」


「ありがとう。でもたぶん使わないわ」


「スポンジケーキを焼くときはどうするんですか」


「オーブンは使いません。

とにかく短時間でできるものに限定します。」


「生肉がありません。今から肉屋まで走りますか?」


「走っている時間がもったいない。

そう、ベーコンがあったわ、あとソーセージ。

肉類はこれでいきます」


「一体、ここにある物だけで何を作るんですか」


わたしは、メニューを紙に書きだして、皆が見えるパントリーの扉に貼り付けた。


バーン!


「これでいきます!」


・ほうれん草とベーコンのクリームパスタ

・ソーセージとざく切り野菜のポトフ

・グリンピースのハーブ風味

・フルーツどっさりミルクレープ

・ドリンク

 ワイン

 エールビール

 ティ


「わたしはミルクレープを作ります。

グリンピースのハーブ風味は、わたしが教えるから

誰か作ってみたい人いませんか?」


「はい、わたくしが」


真っ先にマリアが手を挙げてくれた。

マリアが手を挙げてくれたおかげで、みんながポジティブに参加し始めた。


「マリア、ありがとう。コック長、パスタは得意ですか?」


「おう、任せてくれ」


「じゃ、パスタはコック長ね。

ポトフは材料切って、鍋に放り込むだけだから誰でもできますよ。

挑戦したい人。早い者勝ちでーす」


「おいら、やらせてください」


「ありがとう。それから……、

モンテローザは全体を見て、みなが無駄なく動くように指揮してください」


「お任せください」


「さあ、時短でパーティ料理、リアルタイムアタックよ!」


「「おおー!」」



厨房は戦場になった。


「最初に溶かしバターを作ってね。あなたにお願いするわ、できる?」


「はい、できます」


「玉ねぎ、にんにく、みじん切りを誰かお願いします。

パスタ用とグリンピース用にたくさん作ってほしいの」


「おい、パスタを茹でる湯を沸かしてくれー。

こっちはホワイトソース作る」


「あ、そうだ。フルーツを切ってくれる人、いませんかー?」


こんな調子で、厨房は戦場のようにあわただしくなった。

わたしはクレープをどんどん焼いていく。


「こんな薄焼きパンを何枚も焼いてどうするんですか?」


「一枚、一枚の間に生クリームとカットフルーツをはさんで重ねていくのよ。

そうすればケーキみたいに見えるでしょう」


「そんなことで、ケーキみたいになるんですか?」


「見てのお楽しみよ」


「お嬢様、グリンピースが茹で上がりましたーー!」


「鍋にオリーブオイルを入れて、

刻んだ玉ねぎとにんにくを香りが出るまで炒めてちょうだい」


わたしが担当するミルクレープのスタッフが足りなくなった。


「誰か生クリーム作るのが得意な人いる?」


「それなら、わたしが」


「お願いします。ここに材料を置きますね」


「材料を切ったので、ポトフ煮込みまーす」


「お願いしまーす」

 他では、使用人たちが連携よく調理をすすめていた。


「パスタ、茹で上がりました。コック長、歯ごたえを確認してください」


「んー、いいだろう。おーい、パスタが一番先に出来上がるぞー」


「計画通りです。パスタができたら運んでください。盛り付けきれいにね」



マリアが担当した、グリンピースのハーブ風味が順調に仕上げにかかった。


「お嬢様、グリンピースを炒めた次は?」


「白ワインと水をひたひたに入れて、

沸騰したら刻んだハーブと塩を入れて蓋をして。

そのあとは弱火ね」


「了解」



わたしは、クレープを十五枚くらい焼いてから、ポトフの味見をしに行った。


「うん、いいでしょう」


「塩分足りなくないですか?」


「ソーセージの塩分があるから、食べたら丁度いいかも」


「お嬢様、グリンピースも味見してください」


「うん、そうねえ。塩よりもパセリをもうちょい足してみて」


「これくらいですか」


「うん、味がしまったかんじ。いいわね。器に盛ってちょうだい」



さてと、クレープの熱がとれたところで、重ねていくわよ。

クレープ+生クリーム+カットフルーツ、

クレープ+生クリーム+カットフルーツ……

この繰り返しで、一番上に大きなクレープを重ねたら、生クリームで全体を覆っていった。


「スゲー! どう見てもバースデーケーキだ」


「あれ? ろうそくの数って何本かしら」


「え、知らないなぁ」


誰も主人の年齢を知らないのか!


「誰か、侯爵の年齢知らないの?」


モンテローザが手を挙げた。


「二十四歳でございます」


「え、誕生日だからひとつ足して、二十五歳だろ」


「二十五か、多いわね」


キャンドルが二十五本……、想像しただけで恐ろしい。


「どうします? お嬢様」


「そこにある小さなキャンドルは何本?」


「八本でございます」


「いっか、八本で」


「よろしいんですか? お嬢様、本当に八本で……」


「無いものはしょうがない。いいんじゃない? 

どうせ精神年齢は八歳だから」


「え?」


「なんでもない。わたしのひとりごとです」

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