第19話 チェックメイト

カモミールの花はかごの半分くらいまでになった。


「そろそろ戻りましょう、カンパニーレ侯爵。これ以上はお体に障りますよ」


「摘んだ花はどうするのですか」


「一週間ぐらいかけて乾燥させます。

それは、後でわたしがしますから、侯爵はもう休んでください」


「……」


あれ?無言。

さっきまで楽しそうに笑っていたのに。


「クレメンティ伯爵令嬢は、これからどうするのですか。予定は?」


「どうって、別に…」


「わたしの部屋に行きませんか」


えっと、それはどういう意図……、


「クレメンティ伯爵令嬢、あなたに部屋まで来て欲しいのです」


昨日の脈拍と検温がよみがえった。

まさか、また熱を測ってと言われたら……

そいうのは困るんですけど、どうしよう。





―カンパニーレ侯爵の部屋。

10分後、わたしと侯爵は苦悩の表情を浮かべていた。

お互い、相手の手の動きに注目しながら。



テーブルの上には、チェスが置いてあった。


そういうことね。

侯爵はわたしとチェスをしたくて、部屋に誘ったのだ。


そうよね。

先日、気まずくなった原因と同じことをするわけないか。

勘違いした自分が恥ずかしい。

恥を知れ、わたし!


「チェックメイト」


え? ちょっと待って、考え事していて油断していたわ!

得意げにカンパニーレ侯爵は、どや顔をして見せた。

なんですって!

このわたしがチェスに負けるなんて…ありえない。


「クレメンティ伯爵令嬢、もっと頭を使いましょう。

最初は難しいかもしれませんが、チェスは頭脳ゲームですから」


うっ、何をチクチクと……、今のゲームは、完全にわたしの油断だった。


「侯爵! もう一回勝負お願いします。今度は、わたしの本当の力をお見せしますわ」


「無理しなくていいですよ」


無理はしていない。

実は、修道院ではチェスの腕も磨いてきたのよ。

なんでも、修道院仕込みかですって?

その通り!

余暇の時間にチェスがめちゃくちゃ強いシスターがいて、そこでチェスの技を叩き込まれたのよ。



―20分後


「う……、うーーーん」


フフフ、カンパニーレ侯爵が、めっちゃ苦悩している。

苦悩している顔も素敵!

やっぱ、イケメンは何やってもイケメンなんだわ。

おっと、いけない、いけない。

対戦相手の顔に見惚れて、また油断するところだった。

頭脳の戦いに油断は禁物よ。

わたしは容赦しないからね。

うむ、この調子ならチェックメイトまであと一手ね。


今度はわたしから、


「チェックメイト」


「つ、強い…」


ハハハハハ、みたかこれがシスターから教わった修道女のチェスの戦い方よ。

かんらかんら……、


「クレメンティ伯爵令嬢! もう一回やりましょう。次は負けません」


ふふふ、悔しがっている。

侯爵って負けず嫌いなのね。

わたしだって、絶対に負けないんだから。


「いいですよ。何回やってもわたし負けませんから」


「それにしても、モニカ嬢がチェスに強いなんて、謎ですね」


「謎とは、なんですか」


「てっきり頭脳戦は弱いかと」


「失礼な!」



―さらに1時間後


何回対戦しても、結局、わたしが勝ち続けた。


「もう、侯爵、ベッドでお休みください。これ以上やったら、お体に毒です」


「そんなことはありません。あともう一回、もう一回だけ…」


「いけません。もうお休みください。また熱があがりますよ」


「熱が上がったら、またあなたに治してもらいますからいいです」


ドキッ! 侯爵がわたしを熱く見つめた。

わたしの中の悪魔が囁く


(全然OKです。またわたしが治しますわ!)


黙れ、もうひとりのわたし!


「ああ、そうだったわ。ライスプディングを作る約束でしたね。

ほらほら、ベッドに入って待っていてください」


急き立てるように侯爵をベッドに寝かしつけた。

侯爵は子供かよ。


「じゃ、わたしは厨房に行ってきますね」


「……」


ちょっ……待って、その顔なに?

なんて悲しそうな目でわたしを見るの。

まるで捨てられた子犬みたい。

そんなにチェスに負けたことが悔しいのかしら。


「また、具合がよかったら食堂までおりてきてくださいね」


「……、もう降りません。ジョバンニに持って来てもらいます」


はぁ? 何よ、そこまで悔しがらなくてもいいじゃない。


侯爵は毛布を頭から被ってベッドにもぐりこんでしまった。


わたしが療養院でよく見た駄々っ子そっくりだわ。


しまった。わたし、手加減するべきだった。

つい本気出してしまった。


まずったなぁ。





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