第24話「絶たれた輪を繋ぎ直して」

 ドン!シルバークルーザーの壁を、激しい怒りと共に叩きつける音が、船内に響いた。壁を叩いた主の手には血が滲み、壁にもこすりつけたように血がついていた。


《怪我しますよ、レオ……》

「トロン、なんでそんなに平気なんだよ……ユーの腕が切られたんだぞ!」


 レオが振り返ると、穏やかな顔をしたトロンが正面に立っていた。その穏やかさが癪に障ったのか、レオの怒りはさらに増した。しかし、その怒りの矛先はトロンだけではなかった。


「俺がしっかりあのバイザーの女を抑えてりゃ!」

《レオのせいではありません、空中の敵にグレネードを当てることなど不可能です……》

「それでも……なんかあったろ!」


 ガシ!レオがもう一度壁を殴ろうとしたところを、トロンが抑えた。彼女の腕に、レオの腕の震えが伝わる――怒りからの震えは、力なき悲壮の震えへと変わっていった。

 力が抜けたレオはトロンの手を振りほどくと、片膝を立ててその場に座り込んだ。トロンもその横に座り込む――


「ユーの腕のサイボーグ化……いくら掛かんだよ」

《質の悪いもので20万……いいもので70万オズはかかりますね》


 トロンの回答を聞くと、レオはその場でうなだれた。しかし、拳には力が入り、じりじりと燻る感情を隠しきれていなかった。


「どんだけ依頼をこなせばいいんだよ……」

《これは受け売りなのですが……》

「なんだよ……」

《世の中に最高でスマートな解決方法などないか、あってもできません》

「おっさんか……」

《バレましたか》


 トロンは少し口角を上げると、遠くを見つめた。対照的にレオは眉間にしわを寄せ、正面を睨むように見つめていた。しばらくすると彼は立ち上がり、操縦桿の方へと歩もうとする。


《どこへ行くんですか?》

「とりあえず片っ端から報酬の高い依頼を受けて――」

《1人で行くんですか?》


 トロンに行動を先読みされたのが意外だったのか、一瞬目を丸くしたレオだったが、すぐにいつもの仏頂面に戻ると、トロンの方を向いた。


――


 シルバークルーザーのリビングの隅で、ライカはうずくまっていた。いつもの快活な表情は曇り、その目は以前、自分が描いた絵を見据えていた――絵に描かれた5人は楽しそうに笑っていた。

 そんなライカのそばをアルブレヒトが通りかかる――


《どうした?いつもの元気はどこに行った?》

「ライカ、馬鹿だからどうすればいいかわからない……」

《ライカはライカらしいやり方があるんじゃないか?》


 ライカは顔だけをアルブレヒトの方に向け、その鬱屈とした表情を彼に見せた。目の下にはクマが出来、顔色もいくらか悪くなっていた。


「ライカが元気な体見せて、ユーが傷ついたらって……」

《ほう……》

「でもこのままじゃユーはどんどん元気なくなって、それがみんなにも伝わって……」


 アルブレヒトはあごに手を当てると、感心するようにライカの話に耳を傾けた。


《そこまで相手の立場を考えられるやつを馬鹿とは言わない》


 アルブレヒトはライカの隣に座ると、彼女の肩を叩いた。冷たいはずの機械の腕は、なぜかライカにとって少し暖かく感じられた。


「あれから皆元気なくなって、ばらばらになって――」

《そこでライカは何ができると思う?》


 ライカはしばらく逡巡したのち、ふらふらと立ち上がると、操縦桿の方へと歩もうとした。

 

《待て……》


 アルブレヒトが引き留めると、ライカはふらふらと倒れそうになりながら振り向いた。


「なんだ?」

《俺も行く》


――


 シルバークルーザーの操縦桿では青いホログラムの依頼書が現れては消え、現れては消えていた。トロンとレオの瞳は、青いホログラムを映していた……


「これも受けられそうだな」

《ですね……あと、これも》

《よう!》


 彼らの後ろから聞きなれた機械音声が鳴り響く――2人が振り向くとそこには手を挙げたアルブレヒトと、うつむいたライカが立っていた。


「おっさん、俺達はこれから70万オズを稼ぐ……」

《エメラルドシティには当分行けそうもないな》

《それでも、私達はユーをあのままにはしておけません》

「……ライカもユーをあのままにはしたくない!」


 瞳に鮮やかさを取り戻したライカを見て、3人は微笑んだ。全員の顔が引き締まったところで、レオが依頼書に指をさした。


「まず受けるのは賞金首のレイダーの討伐だ、これで10万は稼げる」

《次に受けるのがシースパイダーの討伐、これで20万》

「最後に受けるのが……」


 トロンは神妙な面持ちで最後の依頼書を指さす――そこには《スコーチワイバーンの討伐――報酬金額40万オズ》と書かれていた。


《――他はいいとして最後に受けるのは、どういうものか分かっているのか?》


 アルブレヒトの言葉に、トロンとレオは目を伏せて黙り込んだ……その沈黙がこの依頼の意味を物語っていた。しばらくすると視線を上げたレオが、真摯な目でアルブレヒトを見つめた。


「ワイバーン退治がどれだけ危険か分かってる……それでも受けてみたい」


 アルブレヒトが視線をトロンに移すと、彼女も黙ってうなづいた。その後にライカにも目を移したが、同じようにうなづいた。

 アルブレヒトが黙り込むと全員が息をのんだ……


《――まったく、手間のかかるガキどもだな!》

「じゃあ……!」

《このプランで行こう……ユーがいない間は俺がサポーターを務める》

「よし!これで決まったな!」


 レオが両手の拳を突き合わせると、皆うなづいた――


――


 真っ白な治療室に、窓から差し込む橙の光を、ベッドに居たユーは眺めていた。鬱屈とした表情は、黄昏時の光を浴びてより哀愁を漂わせていてた…… 


「ユー、入っていいか?」

「いいよ、レオ……」


 レオが治療室に入っても、ユーは窓の外を眺めていた。レオはベッドの近くにある椅子に座る……


「ユーの腕の件、皆で金を稼ぐことに決まったんだ」

「そう……」

「お前の気持ちは俺には分からない……けど」

「けど?」

「俺達のやれることは全てする……」


 レオがそう言うと、ユーはやっと彼の方を振りいた。2人の視線がやっとかみ合う――いきなり目が合ったレオは顔が少し紅潮した……


「……」

「とにかく!お前は堂々とここで待ってればいい!」

「皆迷惑かけてるのに……?」

「――皆、お前がエメラルドシティに行くって言ったからここまで来たんだ」

「……分かった、レオ達のこと、ここで待ってる」


 ユーの表情はいくらか和らいだ。それを見たレオの表情も快活なものになっていた。彼は立ち上がると踵を返す……


「じゃあな、また飯の時間になったら来るからよ」

「……ありがとう、レオ」


  立ち去るレオの姿がユーの心に仄かに熱い火を灯した……


――END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る