第21話「痛みの価値」
シルバークルーザーの治療室でアルブレヒトは、治療台の上でユーの修理を待っていた。ライトで照らし出された腹部からはハイドロランが漏れ、痛々しい姿をさらしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
《大丈夫だユー……この業界ならよくあることだ》
治療台の上のアルブレヒトはユーの手を握る――機械のその手は冷たく、凍り付くような感覚をユーにもたらしていた。
動揺しながらも、ユーはアルブレヒトの腹部の壊れたハイドロランのチューブを交換し、修理に集中した……
――
雨が降りしきる中、廃墟となった市街地で銃声と爆風が辺りを包んでいた。
ユー達は瓦礫や土嚢の後ろに隠れて身を隠していた――彼女達は泥まみれになりながら、攻撃の機会をうかがっていた。
少し遮蔽から顔を出したアルブレヒトの頭部を弾が霞める――
《ユー!プラズマライフルの弾薬を!》
「分かった!」
「ユー!こっちはスモークグレネード弾!」
「今やってる!」
ユーはおおきなバックから、注文に沿った弾薬を2人に投げ渡した。それを済ませるとユーは、レーザーライフルの弾倉から泥をこすり落とし、リロードした。
「奴さん、ビビッてやがる!畳みかけろ!」
敵のマーセナリーの巨漢のタンクが、ヘビーマシンガンを構え、バリアを張りながら突進してきた――他のマーセナリーもそれに続く……
ユー達はその動きを見計らったかのように、左右に展開して敵を包囲するような形になった。正面に残ったのはトロンだけだった。
(よ、予想どうり……)
右にアルブレヒトと共に展開したユーは、予想通りの展開に安堵し、同時に心の紐が緩む――遮蔽から甘い動きで敵を覗き込んでしまった。
《危ないユー!》
「え――」
ユーの体はアルブレヒトに押し倒され、地面に打ちつけられた。泥と共にハイドロランの匂いがそこら中に充満した。
ユーが恐る恐るアルブレヒトの体を見ると腹部に被弾していた。彼女の心に冷水が浸されたような感覚がしみわたる――
「あ、アルブ――」
《ユー、構わず追撃しろ!レオが待ってる!》
ユーは素早く立ち上がりレーザーライフルを構えると、敵のサポーターらしき男の足を撃ち抜く――ディーン!独特な音と共に男の片足は溶けつくした。
ドラァァァァン!同時に反対側からレオの撃ったであろうグレネードランチャーの弾がさく裂し、敵の後衛は壊滅状態にまで追い込まれた。
残ったアタッカーらしき男は背後から忍び寄ったライカのマチェットで切り刻まれた。
「くそ……降参だ」
敵のタンクはヘビーマシンガンを下すと手を頭の後ろに置いて膝をついた。
残った敵を拘束すると、皆一斉にアルブレヒトに駆け寄った。
「だ、だ、大丈夫、アルブレヒト!?」
「おい、おっさん!しっかりしろ!」
《大丈夫だ……少しオイル漏――》
そこまで言うとアルブレヒトはゆらりと壁に倒れ掛かってしまった。
――
カチャカチャ……静かな治療室でユーは驚愕した。アルブレヒトの体は、サイボーグでありながら神経の一部を残していたのだ。
「わ、私は医者じゃないから……」
《分かってる、機械に置き換えてくれ》
ディーン!レーザーカッターの音が鳴り響き、アルブレヒトの腹部は徐々に新しいパーツに置き換えられていった。
その様子を見たアルブレヒトが、少し寂しそうな表情をしたようにユーには見えた。
「あ、アルブレヒトはなんで神経を残していたの?」
「――痛みを忘れないためだ」
――
「くそ、痛ってぇー」
「訓練番号879!何をやっている!早く持ち場に戻れ!」
少年は擦りむいた脛から伝わる、じんじんとした痛みを抱えながらある野望に胸を燃やしていた。
(大人になったら絶対に全身サイボーグになってやる!)
少年は走り、訓練用ライフルを構えると的を撃ち続けた。
――
《そのときは感覚なんか余計で煩わしいと思ってたんだよ》
「じゃぁ、どうして今は神経を残しているの?」
《ある人に会ってな》
アルブレヒトは腕を上げると、手を強く握りしめた。
――
広場に集まった若き訓練生たちは、教官が来ると一斉に整列した。教官の隣にはサイボーグの男が立っていた。
「この方は10年前にここを卒業されたマーセナリーだ、故あってここにしばらく滞在することになる、そこで――」
教官の言葉は少年の耳には届いていなかった。彼の視線は、憧れの対象であるサイボーグに注がれていた。
一通りの訓練が終わると、レクリエーションと称してそのマーセナリーと会話できる機会が少年に訪れた。
素早く駆け寄ると、彼はキラキラした目でサイボーグに質問した。
「俺も成人したらあなたみたいなサイボーグになりたいんです!」
《――ほう、これがそんなにうらやましいか?》
「?そうですけど」
ポカンとした表情の少年に、サイボーグの男は視線を合わせると語りだした。
《確かにサイボーグになれば痛みも感じない、精神だって安定する……》
「ならなんで……」
《代わりに、食事は味気のないバッテリーになるし、肌触りや感覚って大事なものを忘れちまう》
「……」
《悪いことは言わない、サイボーグになるのはやめておけ、やるにしても神経を少し残しておけ……》
サイボーグの男は立ち上がると、あっさりと去っていった。
――
《俺がそのことを実感したのはサイボーグになってからだ》
「どうして?」
《現場で味方が負傷するたびに、お前に何が分かるんだって言われるんだ》
「……」
ユーは少し目を伏せると、黙り込んでしまった。それを見たアルブレヒトは少し体を起した。
《湿っぽくなっちまったな……悪い》
「いつもやってるバッテリーはまずいの?」
《まずくもうまくもないさ……どんな高級品もな》
ユーは自分のおなかを見て、その部分に手を当てた。慣れたぬくもりと肌触りがユーの手に伝わった。
「わ、私も正直、昔のアルブレヒトみたいに、サイボーグになってみたいって思うときがあるの……痛いのは嫌だし」
《だがな……その痛みを忘れてしまったら、俺達は終わりなんだ……》
「どうして?」
アルブレヒトは胸に手を当てると、その手をユーへと向けた。
《心っていう大事なものを失っちまうからだ》
「……」
アルブレヒトの手を掴んだユーは、その手を握りしめる。冷たいはずなのに、どこか暖かい感触ユーの手から全体に染みわたった……しばし2人の間沈黙が続いた。
《各地を回っていた時も、生身ならそこの空気のうまさも分かったかもなって》
「……じゃあ教えてあげる」
《何をだ?》
「これからいろんなところに行くと思うから、そこの空気の味を……」
《ハハ、ハハハハ!》
「何がおかしいの?」
アルブレヒトは完全に体を起すと、ユーと視線を通わせた。ユーは一瞬視線を逸らそうとしたが、食いとどまった。
《じゃあ、約束だな》
「う、うん……」
治療室で小さな誓いが交わされた――
――END
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