第19話「最初の一歩」

 シルバークルザーの船内でユーは、レーザーライフルに新しいチャンバーとレーザーサイトを取り付けるカスタム作業に没頭していた。

 彼女が神経を研ぎ澄まし、周囲の音が聞こえなくなっていった矢先だった……

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然悲鳴が船内に響き渡り、ユーの集中はそがれた。彼女は声のした2階に、一目散に駆け出した。

 ユーが到着したころには、全員がそこに集まっていた。その中心にいたのはレオだった。


「おい!だれかこいつを何とかしろよ!」


 レオが指さす先には、一匹の虫がかさかさと動いていた。集まった4人は拍子抜けした。


《戦闘力でいえばレオの方が格段に上ですが?》

「戦闘力とかそういう問題じゃねぇ!」

《まさかレオ、ビビってるのか?虫に》

「び、ビビってねぇよ!」


 そんなレオの脇をライカはすっと通り抜けると、素早く動く虫を掴んでレオに見せつけた――レオの顔が一気に青ざめる。


「ほら、掴んでも何ともないぞ?」

「お、お前――!」


 ライカが一歩踏み出すたびに、レオは一歩退いた。一歩……一歩近づけば、レオは壁際まで追い込まれていた。


《まさか、海賊の親玉だった奴が虫にびびるとはなぁ!》

「うるせぇ!茶化してないでこの野生児を止めろ!」

「ふふ」


 レオ達のやり取りを見ていたユーの口元がふと緩んだ。しかし、レオの過去を思い出した彼女は、少し申し訳なさそうな表情になった。


――

 

 リビングで食事をしていたレオの隣に、食事の置かれたトレーを持ったユーは座る――クラフタースーツのすれる音が響く。


「なんだ……お前も俺のこと笑いに来たのか?」

「そ、そうじゃなくて……虫が怖い理由を聞きたくて」

「――なんとなく察しはついてんだろ?」

「うん……」

 

 ユーは、うつむいたまま食事に手を付け始めた。食器のカチャカチャとした音がしばらく鳴り響いた。

 

「……今でも手が震えんだよ、虫をみるとな……なさけねぇ」


 レオは震える右手を握りしめると……その拳を見つめた。


「あ、あんまり無責任なこと言えないけど、心の傷は必ず癒えると思う……」

「どうだろうな……」


 レオは少しはにかむと食事を進めた。ユーもそれに続くように口に食事を運ぶ。


「レオは頑張ってるよ……」

「そうか……」


 レオはスプーンに映った自分の顔をしばらく見つめ、目を伏せるとスプーンを置き、トレーを取ってその場を立った。

 

――


《レオが虫を克服できるのを手伝ってほしいだぁ?》

「うん、レオが過去を克服するのに必要なの」

《なんで虫が関係してるんだ?》

「それは……」


 リビングの椅子にふんぞり返っていたアルブレヒトだったが、ユーの真摯なまなざしを受けると、態度を変えた。

 そこに通りがかったライカとトロンは2人の話に興味を持ったのか近づいていった。


――

 

《ぎゃぁぁあぁぁぁ!》


 シルバークルーザーの船内に、機械音声の悲鳴が響き渡った。それを聞きつけたレオは、一目散に悲鳴のした倉庫に向かった。

 レオが到着するとアルブレヒトは仰天し、ライカとトロンは頭を抱えて隅の方にかがんでいた。

 ユーはレオを見つけると、一目散に駆け出した。


「なんの騒ぎだよ……」

「じ、実は倉庫にカマキリが出て、皆困ってるの……」

「か、カマキリ!?お、おっさんが何とかできるだろ」

《む、無理だー!カマキリだけは無理なんだー!》


 アルブレヒトはそう言うと倉庫の端にかがみこんでしまった。


「ライカも前平気で掴んでたろ!?」

「あ、そっか……あ、じゃなくて!ライカも無理だ―!」


 ライカも一瞬立ち上がったが、トロンが手を引くと再び屈みこんでしまった。


「頼れるのはレオだけなの!お願い!」

「――わ、分かった、や、やってやる……!」


 そうは言ったものの、レオの手の震えに違いは現れず、カマキリがハサミを上げると、レオは後退してしまった。

 

「レオ!頑張って!」

「ん……んがぁぁぁあぁぁ!」


 やけくそ気味のレオは、カマキリの胴体を一気につかみ取り、そして天高く持ち上げた。天井の光に照らされたカマキリは逆光で彼にはよく見えなかった。

 拍手の音が聞こえた時、レオはやっと自分がカマキリを掴めたことに気づいたのか大はしゃぎした。


「やったぞ!俺、カマキリ掴めたぞ!」

「すごいよ!レオ!」 

《大したもんだ》

「ライカもすごいと思う!」

《戦闘力の向上が見て取れます》


 屈んでいた3人は立ち上がり、はしゃぐレオを囲みながら拍手を続けた。


――


 カチャカチャ……シルバークルーザーのリビングでレオは食事をとっていた。いつもは仏頂面だった彼も、今は心なしか上機嫌だった。

 その隣にトレーを置き、座り込んだのはユーだった。彼女とレオは、顔を見合わせると笑いあった。


「この前のアレ、仕掛けたのお前だろ?」

「や、やっぱりバレちゃった?」

「おっさんが怖がる分けねぇし、ライカだってそうだ……でも」

「でも?」

「感謝してる……」


 今までにないレオの神妙な表情にユーは息をのんだ――2人の間につかの間の静寂が訪れる……


「で、でも良かった、今のレオの表情かなりいい感じだよ」

「そ、そうか?」


 レオは紅潮した頬を隠すように、トレーの上の料理を食べた。


「少しでもレオが前に進めたのなら私は嬉しい」

「昔の俺じゃ考えられなかったことだ……逃げ続けてきた俺じゃ」

「ん……」

「半ば、行きづりでお前らについてきちまったけど……」

「けど?」

「お前らの目指すエメラルドシティに行けば、答えが見つかる気がするんだ……」

 

 レオはそう言うとトレーを持って立ち上がり、悠々とシンクの方へと歩んでいった。


――END

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