第18話「ライカの願い」

 シルバークルーザーの船体は照り返しで真っ白に輝き、表面で肉がやけるほどだった。

船内では色とりどりの粉が削れ、作業台の上の紙面を彩っていた。

 ライカとトロンは二人で絵を描くことにふけっていた。目の前には紫の美しい花が生けられていた。


「うーん、ライカが描きたいのなんか違う」

《どうしてでしょうか、ほとんどそのまま描けていると思いますが》」


 ライカの描いた絵は、トロンの描画システムにそん色ないものだった。それどころか、その解像度はトロンの最小ピクセルに迫るほどだった。

きめ細やかな色彩はライカの観察力を大いに物語っていた。


《ああ、そうか。線が黒で描かれているのがいけないのでは?》

「あ!そっか」

 

 トロンがそう言った時には、ライカはすでに新たに描き始めていた。何度もクレパスを入れ替え、線の内側の面に沿った線の色で色彩を構成した。


《……やはり、ライカは上手いですね影と光を色としてとらえられている》

「でも……なんか違う」


 ライカの目的をとらえかねたトロンは、絵をスキャンすることしかできなかった。自身のセンスのない行動にトロンは嫌気がさした。

 ぎゅむ、ぎゅむ。聞きなれた音がトロン達の耳に届いた。戦闘用のブーツをはき、スーツを上半身だけはだけさせたユーが近づいてきたのだ。


「ん?お絵描き?」


 ユーは自身の問いかけにトロンがうなづいたのを見ると、ごそっとライカの隣に座った。嗅ぎなれた汗のにおいにライカは頬が緩んだ。


《ライカの絵はよくかけていると思うのですが、本人は納得できないようなのです》

「う、うーん、なんだろう……ライカの描きたい絵ってどんなの?」

「楽しい絵」


 ライカの率直な要求にユーは思わず笑ってしまった。そのあとトロンは目を瞑り、スキャンシステムを切った。そして真っ白な――少し船内のモニターの光を浴びて、ほんのり青く輝く紙を作業台の上に置いた。紙はふわりと風を起こし、三人の髪をなでた。

 

《描いてみましょう。今度は目の前の花でなくともいい。ないものでもいいのです》

「わかった!」


 ライカは紙面にクレパスを走らせる。ごそ、ごそー。様々な間隔でクレパスは静かな音色を奏でる。そんなライカの姿を頬杖をついたユーと、姿勢を正して微動だにしないトロンが見守っていた。


「うーん……」


 しばらくするとライカは不満げに紙面を見渡す――二人はそんなライカの顔を覗き込んだ。


――


「欲しいクレパスの色が足りないから買いに行きたいだぁ!?エメラルドシティはまだ遠いんだぞ!」


 レオの素っ頓狂な声に、トロンを除くユー達はびくりとすくんだ。物怖じしなかったトロンは、レオをじっと見つめた。しかし、レオの顔は依然として訝し気なものだった。

  

《いいんじゃないか?たまにはそいうのも》

「おっさん……」


 不機嫌なレオの後ろから出てきたアルブレヒトは、彼の肩に組み付いた。

 

《近くのゴールドレーンにそういった品を取り揃えている店がある》

「ほんとか!」

「い、行ってみる価値はあるかも……!」

《それにレオとライカのマーセナリー登録もまだ済んでない》

「たっく……」


 アルブレヒトの操縦でシルバークルザーは目視できるゴールドレーンへといざなわれていった……


――


ゴールドレーンに到着したとき、マーセナリー登録の受付所では、多くの人だかりができていた。人だかりが減り、レオの順番がやってきた。


《まずはレオのマーセナリー登録だな》

「そちらのお客様の適性は――」

「タンク……だろ」

「よくわかりましたね、ご自分から言う方は珍しいので」


 次にライカが前に出ると、受付係の女性はスキャン装置を彼女にかざした。


「こちらの方はアタッカーに向いていますね」

《だそうだ……どうする、ライカ?》

「ライカよくわからないけどそれで」

  

 レオとライカの態度に受付係は目を丸くしながらも、手慣れた手つきで登録を済ませた。


――


 ゴールドレーンの画材店に足を運んだユー達は、その品揃えの良さに感嘆を隠し切れなかかった。特にライカは食い入るように商品を見つめていた。

 

「うわぁぁ!」

「どうでしょう、お気に召すものはあるでしょうか?」


 店主が自信満々に手を広げると、ライカは夢中になってクレパスを手に取ってはその色を眺めていた。

 ライカのキラキラした目に、その場に居る誰もが頬を緩ませた……しばらく探した後、ライカはいくつかの色のクレパスを握りしめていた。


《それが欲しいのか?ライカ》

「うん!」


 ライカの元気な返事を聞くとアルブレヒトはデバイスを起動し、会計を済ませた。

 ライカはゴールドレーンの通りを、ステップを踏みながら上機嫌に駆け抜けていた。その姿を見守る4人の顔は暖か気なものだった。


「確かに、たまにはこういうのも悪くなかったのかもな……」

《そうだろう、特にお前みたいな仏頂面にはいい薬だ》

「喧嘩撃ってんのか、おっさん?」

「ふふ……」



 仲間たちの暖かな談笑に、ユーの胸の奥に暖かなベールが舞い降りた。それは彼女の心を優しく包んだ……

 

――


 ゴールドレーンを離れ、シルバークルーザーに戻った5人は、エメラルドシティへと向かう道へと戻っていった。

 船内では、紙袋に入ったクレパスを大事に抱えたライカが作業台に、足早に駆け寄って紙袋の中身を広げた。

 ごそーごそー……しばらくするとまた、クレパスが紙面を削れる音が船内に静かに響いた。今度はレオやアルブレヒトもその様子を見守っていた。


「おっさん、操縦は――」

《大丈夫だ、しばらく自動操縦で何とかなる》


 そんな会話に一切目もくれず、ライカは前のめりになって絵を描き続けた。束の間の静寂の後、ライカは満足そうに体を起す。


「できた!」

「こ、これって私達?」

《現実の色にとらわれず、個性的な仕上がりですね》

「俺らこんな風に見えてんのか?」

《いいじゃないか、かわいくてな》


 ライカの絵にはユー達5人が描かれていた。前の写実的な絵よりはいくらか不格好だったが、それでも美しい仕上がりだった。影は黄色だったり、青だったり。光の当たるところは赤だったり、ピンクなどの色彩で彩られていたりした。ライカの独特な色彩センスがふんだんにその絵に現れていた。


《せっかくですから、飾っておきましょうか》

「うん!」

「い、一番見やすそうなところは……あそことか」


 ユーはあたりを見渡すと、いつもみんなが食事をとっている場所を指さした。リビングのように使われていたその場所を見た4人は、満足そうにうなづいた。


「おあつらえ向きだな……」

「ライカ、飾ってくる!」


 ライカはピンを素早く手に取ると、意気揚々と駆け出し、リビングの壁に絵を張り付けた。

 こうして5人が食事をとるたび、ライカの絵が皆の目に留まるようになった――

 

――END

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