第17話「導きを失いし者達」

 曇天が空を包む中、シルバークルーザーは荒野の砂をかき分け、エメラルドシティのエメラルドの輝きを目指していた。

 内部ではトロンが操艦を担当し、ユー達はそれぞれの作業に没頭していた。

 途中シルバークルーザーのレーダーに詳細不明な反応が発生した。


《アルブレヒト、レーダーに謎の熱反応がありました》

《どれどれ……ほんとだな》

 

 アルブレヒトはトロンに近づくと、あごを手でこすりながらレーダーに映った赤い点を凝視した。その様子を見るとユー達も集まった。


「なんだよこれ?」

「ち、近づけば何か分かるかな」

《トロン、少し近寄ってみてくれ》



 アルブレヒトの指示を受けると、トロンはレーダーに映る熱源反応のある場所に舵を切った。

 しばらくすると廃工場のようなものが見えてくる――あまりにも古いのか建物は崩れかかっていた。

 建物が近づくほどレオの表情は険しいものになっていった。


「レイダーのアジトじゃねぇだろうな?厄介ごとはごめんだぜ」

「レオ、ビビってるのか?」

「うるせぇ」


 廃工場が近づくほど、その不気味なシルエットは鮮明なものとなっていった……

 至近距離まで近づくとシルバークルーザーは停止し、船内からユー達はぞろぞろと出てきた。

 廃工場の入り口にはホログラム式の看板があったが、壊れているのかビリビリと電流が流れるばかりだった。

 中に入ったユー達は外から見るより、広く静かな内部に唖然とした。


「ほ、ほんとに人気がないね……」

「だな、気色悪いくらいだ……」

《――!正面に熱反応!》


 トロンが警告すると全員が一斉に武器を構えた……が、熱源の正体が分かると皆武器を下した。目の前に現れたのは小さなエスコートボットだった。


《オキャクサマ、ヨウコソ、ハイドロランセイセイコウジョウヘ》

「は、ハイドロラン精製工場?」

《ケンガクノヨヤクハ、カクニンデキマセンガ、アンナイシマス》

「いつの時代のロボットだよ……」

「でも、ちっちゃくてかわいいぞ!」

《とりあえず、案内ってのをしてもらおうか》


 ユー達の会話を聞くと、エスコートボットはガタガタ震えながら、ホバーで移動し始めた。ユー達もそれに続いた……

 しばらくすると水色に発光する流体状のハイドロランがレールの上を滑り、大きなタンクに収納されていくのが見えた。

 タンクから出たハイドロランを、ロボット達がシリンジに詰め込んでいた。

 ロボット達は精製されたハイドロランをせっせと運んでいる……


《コチラデハ、ユウシュツシタハイドロランヲ、セイセイスルサギョウヲオコナッテイマス》 

《精製されたハイドロランはどこへ運ばれるのですか?》

《……カンリシャサマニオキキクダサイ》

《ではその管理者の元へ案内してくれますか?》

《……ハイ》


 ロボットの反応は悪かったが、ユー達は彼の後に続いた……

 最後尾にいたライカは何かに気づいたのか後ろを振り向いたが、そこには何もなかった。

 しばらくするとユー達はまた別の部屋に案内された。

 

《ココデハ、スティック二ツメタハイドロランヲ、シュッカスルタメニハコヅメニシマス》

《それはいいのですが、ここの管理者と話がしたいのです》

「やっぱりおかしいんじゃねぇか?そのロボット」

「れ、レオくん言い方が……」

《いや、レオの言葉は正しい……早く管理者に会わせてくれ》


 エスコートボットはしばらく黙り込むと、ユー達を再び案内し始めた。暗い通路は、壊れてチカチカと点灯する照明が導くだけで、他に何もなかった……

 不気味な通路を進むユー達は、一歩一歩進むたびに妙な違和感を覚えた。

 また先ほどの違和感を覚えたライカは振り返るが、そこにはやはり何もなかった。

 暗い通路を抜けて、大きな部屋に出るとエスコートボットは停止した。

 

《コチラガ、カンリシャサマデス……》


 エスコートボットの言葉にユー達は困惑した――そこにはヒビの入った無数のモニターとデバイスとデスク、そして中央奥に無数のチューブでつながれた台座があった。

 トロンは真っ先に駆け出すと、バックパックから伸ばしたコードをデバイスに接続する――しばらく彼女は操作をしていたが、諦めたかのように振り返った。


「ど、どうだったの、トロン?」

《ここの中枢AIはもう10年も前に停止しています……セクターとの輸送レーンも途絶えています》

「じゃあこいつらは何のために働いてたんだよ……」

[俺達のために働いてるんだよ]

「――!」


 突如後ろから聞こえた中年男性の声に、ユー達は一斉に振り向いた。そこには声の主と思われる中年の男を先頭に、5人の武装した男達が立ちふさがっていた。

 先頭の男はくわえていた煙草を捨てて踏みつけると、前に歩み出た。


「ここのブリキどものOSを少しいじってやったら――」

《あなた達レイダーのためにハイドロランを精製するようになったと……》

「キャップの嬢ちゃん、察しがいいじゃねぇか……?」


 レイダーのリーダーはトロンをまじまじと見る……トロンは珍しく人に憎悪を宿したまなざしを返した。彼は彼女の虹彩が回転したのを見ると、高らかと笑い出した。


《何がおかしいのですか?》

《ハハハ!あぁ?だってよ、ブリキがさも人間ですって顔してやがるからだよ!》


 トロンはうつむき、ぎりぎりと拳を握りしめる……男の高笑いはそれでも止まなかった。


「と、トロンはブリキじゃない!」


 ユーが叫ぶと、その場の全員が彼女に注目した。レイダーのリーダーはきょとんとした顔で彼女を見ていたが、すぐに表情を整えた。口元はにやついていたが、その目は笑っていなかった。


「まぁいい……今持ってる武装を全部渡して、外にあるランドクルーザーの物資を渡せば見逃してやる」

「てめぇら、調子に――」


 レオが額の血管に血を上らせながら前に歩み出ようとしたとき、ユーがそれを遮った。


「なんだ嬢ちゃん……」

「トロンに謝ってください」

「謝らなけりゃ?」

「こうする――」


 ディーン!ユーはレーザーライフルのトリガーを引き、レイダーの顔を掠めた。唖然としていた彼だったが、焦げ付いた頬を撫でるとすぐにこめかみが赤くなり、鬼の形相になった。


「いいだろう、嬢ちゃん!後悔するんじゃないぞ!」


 レイダーは素早く銃を構え、ユーにトリガーを引いた。心拍数は一気に上がり、本能は死を予感していた――

 ガン!しかし、彼女に迫った鉛の弾は大きなシールドによって防がれていた――トロンがユーの前に立ちふさがっていたのだ。


「トロン!」

《戦闘準備を!》

「う、うん!」


 トロンの掛け声で両者は距離を取り、障害物に隠れると互いの銃弾やレーザーが飛び交いあった。部屋全体に硝煙とレーザーがものを焦がす匂いが広がった。

 トロンのシールドを銃弾が掠めるたびに、大きな振動がシールドから伝わり、彼女の体を震わせた。


「結局ブリキは囮にしてるじゃねぇか!俺達と何が違う!?」

《――!》


 レイダーの言葉にトロンの思考は揺り動かされる。演算装置に熱がたまり、処理能力は落ちていった。同時に彼女の安定性は揺らぎ、体制を崩しかけた……


「と、トロンは友達だから!」

《――!》


 ユーの一言がトロンの演算装置を越えた何かに響き渡る――その瞬間、熱を上げていた演算装置は急に冷め、彼女の奥底にある何かはわずかに熱を帯びた。彼女の瞳は普段の冷徹さを取り戻し、スキャン機能は敵の隙を探し出した―― 


「あぁ!?友達?何を言って――」

《お前を倒す……》

「――!」


 トロンはブースターをふかすと、遮蔽物に隠れていレイダーのリーダーに、一気に迫る――彼はうろたえ、アサルトライフルを連射したが、彼女のシールドにすべて弾かれていった。

 トロンはそのままシールドをレイダーのリーダーに叩きつけ、エレクトロハンドガンのトリガーを引いた。連射された電撃弾は彼の体を痺れさせ、地に伏せさせた。

 トロンが残ったレイダー達をにらみつけると、彼らは一目散に逃げていった。 

 ユー達がその場を離れようとしたが、トロンはキャップを目深にかぶると、その場で立ち尽くした……

 珍しいトロンの行動にユー達は驚いたが、彼女はその場を一歩も動かなかった。

 

《私達は人々と共存するために作られたはず……》

《うまくかみ合わないこともある……》


 アルブレヒトの一言に、トロンは立ち尽くすだけだった……そんな中ユーがトロンの元へと駆け出した。


「こ、ここではうまくいかなかったけど、機械と人間の関係はこういったものだけじゃないと思う」

《そうでしょうか……》

「少なくとも、私達は上手くいってる」

《――!》


 ユーの言葉にトロンはうつむいていた顔を上げた――上げた先には、ユーの真摯な視線が待っていた。その視線を受け取ったトロンはわずかに微笑んだ……


――END

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