第16話「レオ」
星が天を埋め尽くすころ、ユー達は報酬の受け取りと、シルバクルーザーの補給品の買い出しを済ませて旅立とうとしていた。
しかし、ユーの心全体をあることが支配していた。彼女の感覚は内部に集中し、外部の情報は遮断されていった……
トン、誰かに肩を叩かれユーの意識は、外部と再びつながりを取り戻す。
「ユー、レオのことが気になるのか?」
「う、うん……」
《相手は海賊ですよ?》
「だよね……」
後ろ髪を引かれながらもユーは、シルバークルーザーに乗った。アルブレヒトの操艦でシルバークルーザーは薄い雪を散らしながら発進した。
しばらく航行を続けたときのことだった……ドーン!シルバークルーザーの周辺の雪が巻き上げられる。
「て、敵襲?」
「ライカ見てくる!」
《頼むぞ!》
ライカは二階に駆け上がり、上部ハッチを空けると、船体の右舷側にランドクルーザーが見えた。
《てめぇら!ただですむと思ってたのか?》
「この前絡んできたやつら!」
《マーセナリーですね》
ライカの言葉を聞いた途端、ユー達は急いでウェポンハンガーに駆け寄り、仕舞ってあった武器を取り出した。
《しつこい奴らだ、な!》
操艦席の水色のホログラムに照らされたアルブレヒトは舵を切り、敵弾を交わしていく。
《ハイドロランドライバーを頼む》
「わ、分かった!」
甲板にそろった3人はシールドを持ったトロンを先頭に敵船に攻撃を仕掛けた。
しかし、相手側の甲板にも3人が乗り出していた――先頭に立つ男は巨大なバリアを張っていた。てらてらと波打つように光るそれはユー達の前に立ちふさがった。
「私がハイドロランドライバーの照準をつけるから!」
ユーがハイドロランドライバーへと滑り込むと、二人はうなづいた。ライカ達が敵を撃つが、波打ち、飛沫を上げたバリアは即座に再生していった……
「そんな攻撃が通るかよ、叩きこめ!」
マーセナリー達はトロンのシールドに攻撃を打ち込む。猛攻によって衝撃が重なり、トロンのシールドは揺らいで、表面が削れていく……
ドライバーへのハイドロラン供給はとても間に合うレベルではなかった。
(このままじゃ……)
ドゥラァァァン!マーセナリー達のランドクルーザーを掠めるようにハイドロランの奔流が迸った――大気にハイドロランの粒子の残り香が溶けていく。
「くそ誰だ!」
「ここは俺達の領域だ!好き勝手させねぇ!」
「レオ君!?」
ユー達から見てマーセナリー達のランドクルーザーの向こう側に、シルバークルーザーより一回り大きいランドクルーザーが駆け抜けていた。
船体は藍色でオレンジのラインが駆け抜けている――ところどころにスパイクが取り付けられ、とげとげしい印象を放っていた。
「ナグルファルに会った奴は必ず沈める……行くぞ野郎ども!」
「「アイアイキャプテン!」」
「畜生!主砲、ミサイル撃ちまくれ!」
シルバークルーザーとナグルファルに挟まれたマーセナリー達は、半ばやけくそ気味にナグルファルに攻撃を仕掛けた。
しかし、レオ達は巧みな操船で主砲を躱し、接近するミサイルは船体を覆うバリアで弾いていた。
レオは甲板から肩に担いだミサイルランチャーのトリガーを引いた。水色の推進剤をまき散らしながらミサイルは突き進む――ドラァァァァン!ハイドロランの爆発である水色の爆風は、マーセナリー達のバリアを吹き飛ばした。
「くそ!」
《ユー!チャンスだぞ》
「う、うん!」
ユーは瞳を閉じ、深呼吸をすると、再び瞳を開いてハイドロランランチャーの照準を合わせた。集中力が増すのと同時に、ドライバーのチャンバー内で、水色に煌めくハイドロランが渦を巻く――
ドライバーのデバイスには《charged》の文字が並んでいた。
(行ける――!)
ドゥラァァァァァン!!ハイドロランの奔流は、マーセナリー達の船体の後部に命中し、ブースターを溶かしつくした。推進力を失ったマーセナリー達のランドクルーザーはしばらくすると停止した。
《もう追いつかれませんね……》
「か、勝った……」
薄く空が明るくなっていく中、シルバークルーザーはナグルファルから遠ざかっていく――甲板の上ではユー達がレオ達に向かって手を振っていた。
レオの目は去っていくユー達をじっと見つめていた。その瞳は、どこか羨望を宿したものだった。
「船長、行かなくていいのか?」
「ハァ?何言ってんだ?」
「いい加減自分をだますのはやめろ」
「てめぇ、船長に向かってなんて――」
バシン!レオの頬は副長に打ち抜かれる――彼の頬は赤く腫れ、目じりには涙がすぐににじんだ。彼は他の船員をすがるように見たが、誰も助け船を出さなかった。
誰もがレオに厳しいまなざしを向けた。皆、怒りに任せたようには見えない静かなまなざしだった。
「俺は仲間のために……」
「……俺から……俺達からすればあんたはただの世間知らずのガキだ。仲間でもなんでもない」
「……!」
副長は甲板の手すりに乗りかかり、遠くを見ていた。その目じりにはしわがいくつもより――折り重なった落ち葉のように、その年季を語っていた。
「確かに戦争が終わった当時は、あんたの怒りに賛同していた。みんな同じ思いだった……」
「ならなんでだよ……」
バツが悪いのか、震えたままステラは下を向いていた。
「気づいたんだよ……結果が悪かったくらいで、全部否定しちまうような大馬鹿だってな」
「あの戦いに意味があったってのかよ……」
「切り開こうとしたことに意味があったんだ。それが分からないからガキなんだ、あんたは」
副長は胸元から煙草を取り出すと、火をつけて口にくわえた。煙草の煙は、夜明けを待つ冷たい空に溶けていった。
「じゃあなんで俺に従っていた?」
すっかり先ほどの痛みを忘れたレオは気丈な態度に戻っていた。そんな彼に態度を変えることなく副長は語り続けた。
「俺達にとって息子のようなあんたが救いだった。クソな戦争もこのためにあったんだと……」
「続けろよ……」
「でも俺たちの祈りが、あんたが立ち直るのを邪魔しちまったんだ」
「俺は、俺はそんなんじゃ!」
「そろそろ自分の人生を生きていいんだ。誰かの怨念を背負わなくていい――」
副長はゆっくりとレオに近づき、彼のベルトに素早くアンカーワイヤー取り付けた。
「アンカーをぶち込め!」
船員は待っていたかのように、遠ざかり始めたシルバークルーザーに、アンカー射出機の照準を向けた。
バシュン!アンカーが射出され、手を伸ばそうとしたレオの体がものすごい勢いで引っ張られた。
「なぁ――!」
遠ざかっていくレオを船員たちはずっと細めた目で追うしかなかった……
――
ガザァァァァン!鉄を裂くような音がシルバークルーザーの船内に響き渡り、ユーの体中の毛が逆立った。
「ふぇぁ!な、なに!?」
「敵か?」
《わかりません、ユーとライカで見てきてください》
ユーとライカは操艦室にいるトロンを置いて、上部のハッチを開け、あたりを見渡した。船の舷側に巨大なアンカーが突き刺さっていた。アンカーの少し下で見知った少年が、バツが悪そうな顔で宙ぶらりんになっていた。
「レオ君!?どうして?」
「い、色々あって、部下に船から引きずりおろされた……から」
「ライカ知ってる。オヤカタとおんなじ気持ち」
「お前……黙ってろ」
「と、とりあえず引き上げるから、じっとしててね……」
バイオスーツを着たレオは重く、2人でやっと引き上げることができた。ユーは彼の目じりが赤くなっていたのに気づいたが、何も言わなかった。
引き上げられたレオは、改まった様子で2人に向き直った。シルバークルーザーは東から登る太陽の輝きを反射し、レオを彩っていた。
「――改めて自己紹介したい。俺はレオ・ぶ、ブレイブハートだ!どうかこの船に乗せてほしい」
「ん?もう乗ってるぞ?」
「うん、乗ってる……から、もう仲間かな……」
黎明を告げる太陽は、若き獅子の再誕を静かに見届けていた――
――END
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