第15話「シーライオン」
補給所を抜けた4人はシティN42の、ゲートエリアにシルバークルーザーを停止させた。
ユーとライカの鼻はすぐに赤くなっていった。アルブレヒトを先頭に彼らはゲートをくぐっていく。
街の中にはちらほら薄く雪が積もっていて、空は灰色の雲に覆われ、ノースセクターの厳しい気候の片鱗をみせつけていた。
「よう……嬢ちゃん達」
ユーが気づいたときには、数人の男達に囲まれていた。全員が武装していて、ただの市民には見えなかった……
《町の歓迎ってわけじゃないっぽいな》
《マーセナリーでしょうね》
「ど、ど、どうしよう」
「ちょっと待ちな!」
ユー達を囲んでいた男たちは、一気に声のした方に振り向いた――そこにはハイドロランの刃を持つ戦斧を担いだ少年を先頭とした、屈強な男達が睨みを利かせていた。
先頭の少年にユーは見覚えがあった……イーストセクターのホログラム広告で、レオと呼ばれていた賞金首だった。
「シーライオンがなんのようだ!?」
「お前らこそ俺達のシマで何をやってる?」
「もういい、やっちまえ!」
マーセナリー達は一斉に銃器を抜くとレオに向かってトリガーを引いた――無数の弾丸がレオに迫っていく。
ドワァァン!レオへと迫った弾丸はしかし、彼のハイドロランのバリアを波のように揺らめかせる程度にとどまった。
「これだけか!?なら今度はこっちの番だ!」
レオはニヤリと笑うと、一瞬でマーセナリー達の集団に近づき、その大きな戦斧を横に薙いだ――
「こっちにだってバリアが――」
ドラァァァァン!マーセナリー達を包んでいたバリアはレオの戦斧の刃に触れると一瞬のうちに霧のように解けていった。さらに彼らの体は、戦斧の衝撃で彼方へと吹き飛んでいく。
「な、なんてパワー……」
《私のシールドでも受けきれるかどうかというレベルですね……》
戦意を喪失したマーセナリー達は、蜘蛛の子を散らすように去っていった。代わりにレオ達がぞろぞろとユー達に近づく……
一歩一歩と、近づくたびにユーの鼓動は高鳴っていった――
「……碧獅子のレオ」
「よく知ってんな嬢ちゃん……」
《賞金首がなんの用だ?》
「ここは俺達が仕切ってる……」
アルブレヒトが腕を組んで睨んだが、レオはたじろぐ様子を一切見せなかった。それどころか不敵な笑みを浮かべた。
「ここで進んで荒事をする気はねぇ、俺達なりの流儀がある」
「り、流儀……」
――
「「かんぱーい!」」
ユー達は町の大きな酒場で、宴に参加していた。暗い室内は暖色のライトに淡く包まれていた。シーライオンの大人達は、酒を片手にアルブレヒトにつるんでいた。
ライカはトロンのバッテリー供給に夢中なのか、キャッキャとはしゃいでいる。
その宴の隅でレオが、一人でソフトドリンクを飲んでいるのを見たユーは、恐る恐る彼に歩み寄った……
「ほ、他の人達と一緒に居ないの?」
「あ?」
「ひぃ……」
ユーがたじろいだのを見ると、レオは仕方なさげに近くの席を引いた。恐る恐るその席にユーは座る……
「俺は、こういうのを眺めてるだけでいいんだよ……」
「そ、その気持ちちょっと分かるかも……」
「そうか……」
二人の間に静寂が訪れる。周りの喧騒がユーの耳に届かなくなった時、ユーは話を切り出す。
「ど、どうして海賊をやってるの?」
「なんでそんなことをお前に……」
「そ、そんな人には見えないから……」
「――俺は……俺達はノースセクターの脱走兵なんだよ」
「脱走兵?」
レオは水色に光るソフトドリンクの瓶を見つめ続ける――
――
空は灰色に染まり、レオ達を運ぶランドクルーザーは、ハイドロランの推進剤をまき散らしながらモンスターの百鬼夜行と化した戦地へと向かっていた。
船内の座席に座るレオの額には汗が伝い、落ち着かないのか6連装リボルバー式グレネードランチャーの弾倉を何度も確認していた――水色に光る弾薬のシリンダーが彼の視界を支配する……
そんなレオを見た向かいの屈強な男は、ニヤリと笑った。
「大丈夫かよ、レオ特務少尉!ちびっちまったか?」
「いえ、そんなことは――」
「あまりレオをからかうなよ」
「冗談だって隊長!」
レオの隣に居た分隊長は、彼の肩を叩いた。その時、通信が船内に入る――隊員達の軽口は収まった……
《こちらエインヘリアル第3中隊から第5分隊に告ぐ――これより第25次フロンティア作戦を開始する!》
「とのことだ、我々第5分隊は――」
ガシャーン!ランドクルーザーは何かの衝撃を受け、大きく船体を揺り動かされた――それと同時にレオの心も揺り動かされる。
「た、隊長!一体何に……!」
「あわてるな、カメラから何が見える?」
「――まずい、ジェネラルマンティスだ……」
その報告を聞いた途端、レオを除いた全員の表情が一変した。その異様な雰囲気にレオの額から汗が落ちる。
「そんなにまずいんですか……」
「やってみりゃわかるよレオ……」
ドラァァァァァン!ランドクルーザーの主砲であるハイドロランキャノンが火を吹く――が、その攻撃はジェネラルマンティスを捉えきれずにいた。
ガァァァン!耳をつんざく鉄が切れるような音と共に、船内が激しく揺れた。レオの体は、その音に全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
「くそ――主砲がぶった切られた、隊長!」
「あいつが拠点に向かうのはまずい――」
「ここで食い止めるんですか、隊長?」
「そういうことだ!船外で迎撃するぞ!」
ランドクルーザーの後部ハッチが開くと、レオ達は船外へと飛び出した。
外は地獄絵図だった。多くの隊員とモンスターの死体が辺り一帯に広がっていた。血と硝煙と、大気に散ったハイドロランの匂いがレオの鼻腔の奥に一気に迫った……
レオの体から力が抜けた……そこには人間の三倍ほどの体長と、黒い体表を持つカマキリのようなモンスターが立ちふさがっていたからだ。
ザァァン!分隊はプラズマライフルで応戦するが、ジェネラルマンティスの表皮を少し溶かすだけだった。
「レオ!お前も応戦しろ!」
「は、はい!」
隊長の声で全身の感覚を取り戻したレオは、グレネードランチャーのトリガーを引き、ブラックマンティスに榴弾を打ち込む――ハイドロラン特有の水色の爆炎がその全体を包んだ……
「やったか……」
分隊員達が息をついた瞬間だった。サン……風を掠める音と共に、分隊員の頭がするりと地面に落ちた。
「な――!」
サン、サン……次々に分隊員達の首は落とされ、地面に転がっていく。レオの膝はガクガクと震え、動けなくなっていた。
「レオ、お前だけでも逃げろ!」
「でも隊長!」
分隊長は、レオに小型のテレポートデバイスを投げる――レオの体は粒子となって解けていく……
その最中、分隊長は自分の肩のワッペンを引きはがし、レオに投げた。
「そんな!俺だけ!」
「お前は大事な……」
獅子の刺繍が施されたワッペンを握りしめた、レオの掠れ行く視界に、ジェネラルマンティスに首を落とされる隊長の姿が見えた……
――
「それで第25次フロンティア作戦は失敗した――多くの脱走兵が出たんだ……」
レオは陰鬱とした表情でボロボロになったワッペンを握りしめた……
「それでも海賊になる理由には――」
「俺達はノースセクターの大義に、無駄な代償を払わされたんだ……勇敢だったやつから死んでいった!」
バン!レオがテーブルを叩くと周りは静まった……バツが悪くなったと思ったのか、彼は酒場を出ていった。外は雪が降り積もり、真っ白になった町は色を持つレオをくっきりと切り取り、その孤独を強くした……
後ろに感じる気配に気づいたレオは振りむいた。そこには白い息を吐きながら彼をじっと見つめるユーがいた。
「なんか用かよ……」
「わ、私はその時の様子を知らないからうまくは言えないけど……」
「けど?」
「レオ君のこれから次第で、無駄じゃなくなるかもって……」
「……」
レオはしばらく立ち止まる……拳を握りしめると踵を返してその場を去った――
――END
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